避暑地到着1
真夏の木々は深緑に色を変え、風に煽られると裏が白っぽくて、コントラストの強さが綺麗だと思う。新緑の青々しさも良いけれど、私は真夏の木々が好きだ。
——見上げれば沸き立つ白い雲、木々が落とす影、眩しい湖面。
王家の別荘地は、さすがに美しい。滞在する建物も、別荘というより邸宅だし。連れてく人数が少ないなと思ったけど、もともと別荘管理で人が何人も働いてるらしい。
「マロー」
カメオさんに手招きされ、別荘の部屋割りを支持された。
「お前、ここな」
「殿下の隣ですね」
「側付きだからな」
私はカメオさんの後ろで大人しくしてる馬が気になって仕方ない。
——いいなぁ、馬。
牛には乗ったことあるけど、馬に乗ったことはないからさ。
私がガン見してたからか、お馬さんの方が私に首を伸ばして鼻を鳴らしてくれた。
「疾風。気になるのか?」
「この馬は疾風という名なのですか?」
「ん? ああ」
私は灰色の馬の鼻先に手を伸ばす。
牛のつぶらな瞳も可愛いけど、お馬さんの優し気な目も可愛い。
「良い子だね、疾風」
「お前、馬好きなのか?」
「動物は全般に好きですよ」
「…………乗るか?」
「そうですね。馬には乗ったことがないので」
——と。
カメオさんが私の腰を掴んで、軽々と疾風に乗せてくれた。
さすが近衛兵、五、六人分。
華奢なくせして力持ち。
「お、おおおお!」
「走るわけには、いかないけどな」
「いえいえ。へぇえ。けっこう視界が開けるもんですね」
疾風が機嫌良さそうに軽く鼻を鳴らした。
私は思わず疾風に抱きつき、頬を擦り付ける。
「はやてぇ! 可愛い!」
「………」
私が褒めたのは疾風なのに、なぜかカメオさんが赤くなった。
そこに殿下が寄って来て、軽く睨まれる。
「降りろ」
「す、すみません。すぐに荷物を運びますから」
「いいから、降りろよ」
私が疾風から飛び降りると、殿下がちょいちょいと手招きした。
「……はい?」
彼は私の腰を掴んで、持ち上げようとしてプルプル震えてる。
ぐっと腰を掴んでる手に力が入ったと思ったら、数十センチは浮かんだ。
浮かんだけど——。
カメオさんが殿下の意図を察したらしい。
「誰か! 誰か、足台を持って来い!」
「足台?」
「殿下はお前を馬に乗せたいんだよ!」
「え、いえ、足台なくても一人で乗れますけど」
「いいから、乗せられてろ!」
——そんなこと言ったって、殿下の身長じゃ届かないし。
殿下は真っ赤になって、私をポイっと投げ捨てた。
「ひどっ! 投げるかな!」
「重いんだよ! もう少し体重減らせ!」
「それが乙女に言うセリフですか」
「煩せぇ!」
唇尖らせて、不機嫌な顔で睨まれてもなぁ。
殿下はフンッと鼻息荒く去って行った。
——何がしたいんだか。
カメオさんが届いた足台を持って項垂れてる。
「……しくじったな」
「何がですか?」
「殿下の自尊心を傷つけてしまった」
「カメオさんのせいじゃないでしょ」
そんな、ジト目で見られても、私のせいでもないじゃん。
やってみたかったなら、ポニーにローラちゃんを抱き上げて乗せれるとかすればいいのに。
それくらいなら、きっと余裕でこなせるはずだし。
私は立ち上がって、困惑顔の疾風の首を軽く叩く。
動物だって、人の気持ちを読むからね。
可哀想に……。
「酷い飛ばっちりだよね。よしよし。君は悪くないよ、疾風。そんな顔しなくて大丈夫」
疾風が私に鼻先を擦り付けてくれる。
人を気遣う優しい子だね。
「……お前、疾風に懐かれたな」
「そうですか? それなら嬉しいな」
カメオさんは、狐目を少し細めてクスッと笑った。
「仕事に戻れ。今度……乗せてやるから」
「!! 本当ですか。やった。楽しみだね、疾風!」
私は疾風に別れを告げて、荷物運びに加わった。
殿下の荷物を運ぼうと、ボストンバッグに手をかけたら。
「到着早々に、カメオとイチャつくことないんじゃない?」
ラベナが冷たい目で私を睨んだ。
「イチャついてないけど」
「側から見てたら、完全にイチャついて見えたけどね」
——なんなんだ。
「私が馬に乗った事が無いって言ったから、乗せてくれただけでしょ」
「疾風はカメオの愛馬で、馬番にすら任せないで奴が世話してる」
「さすがだね。それでこそ、信頼と友情が育まれるってものよ」
「……女なんか一度も乗せたことないはずだ」
「は?」
ラベナはツンッと顎を上げて、私が掴んでた殿下のボストンバッグをひったくった。
「気に入られて良かったな」
彼は、そのまま不機嫌に歩いて行ってしまった。
——ほんと、なんなんだ。




