避暑地へ1
殿下とラベナが言ってた通り、王家は一週間ほど避暑へゆく事になった。馬車に数日分の荷物を積み込む。着替えとか、日用品とかさ。
国王様だけは、お仕事で城に残るのだそうだ。
「避暑は毎年の年中行事だけど、親父は三回に一回くらいしか来られないんだよな」
「そうなんだ。なんか、可哀想だね」
ラベナが笑った。
なぜ笑う。
一人だけお残りの陛下が寂しくないと思ってるんだろうか。
「いやいや、陛下は仕事の鬼だからね。お一人で仕事に集中するのは、いいリフレッシュじゃないか?」
そうなのかな。
けど、仕事っていうのはさ、家に帰って来たときに、お疲れ様って愛する家族が迎えてくれるから頑張れるものだよね。お婆ちゃんは、よく私にそう言ってくれたけどな。
殿下がラベナにふるふると首を振った。
「本人は来たがってたぞ。ベルナンドが小さいのなんか、今だけなのにとか言って。もし、仕事が早く終わったら合流するからって、お袋に念押ししてた」
「あぁ……それはそうか。子供の成長は早いからな。そういう意味では、陛下も寂しいかね」
ほらね。
やっぱり。
「ベルナンド様は三歳だっけ?」
「ああ。ちっともジッとしてないって、乳母のマリアがボヤいてたな」
「いうこと聞かない時期だよな。弟を思い出す」
「そういや、ラベナの弟、どうしてる?」
「騎馬兵になるって頑張ってるけど、どうなんだろうなー」
ふぅん。
ラベナって弟がいるのか。
確かお兄さんもいるよね。
「いいなぁ」
思わず呟いた言葉に、殿下もラベナも私を見た。
「いいか?」
「面倒だぞ」
「私は一人っ子だから。兄弟が欲しかったよ。そうだ、殿下!」
「なんだ?」
「弟(仮)になってくれないかな?」
なに、そのキツイ目。
「……ふざけんな」
「マロー。王太子を弟扱いとか、少し不遜かな?」
「なら、ラベナがお兄さん(仮)になってくれる?」
ラベナの顔がパァッと明るくなった。
「なら、呼んでみろよ、マロー」
「呼ぶって」
「お兄ちゃんって」
「え? お兄ちゃん?」
「!?」
——なんか、ラベナの顔が怖い。
緩み過ぎてる。
「い、いいね、マロー。じゃ、じゃあ、次は上に俺の名前を入れてさ」
「ごめん。やっぱいい」
「なんでだ? ほら、恥ずかしがらないで、呼んでみろって」
「………ラベナ…お兄ちゃん」
「うっ、おう」
なんでだ。
悶絶してる。
「もう一回、もう一回呼んでくれ、マロー!」
私は思わず一歩下がって、殿下の腕を引っ張った。
「殿下。ラベナが壊れた。怖い」
「……お前が悪いよ」
「なんでよ」
「呼んでやろうか?」
「え?」
殿下は腕に引っ付いてる私を横目で見て。
「マローお姉ちゃん」
って、言った。
——ぐっ。
なに、この破壊力。
心拍数上がるし、呼吸まで乱れてくる。
なのに、こう、甘酸っぱい感じ。
「お、おい。大丈夫か? お前、耳まで真っ赤になってるぞ」
「……もう一回」
「は?」
「殿下、お願い、もう一回」
「い、嫌だ! 離せ、変態女!!」
「ヤダ、ヤダ、もう一回!」
「ラベナ! お前の妹(仮)を引き剥がせ!」
「マローちゃん。ほら、殿下が困ってる。離れなさい」
「ヤダ! もう一回!!」
スパコーンと後頭部を叩かれ、殿下から引き剥がされ、宙に投げ捨てられた。ラベナも良い感じの蹴りを食らってもんどり打って転がってる。受け身を取って膝をつくと、鬼の形相のカメオさんが仁王立ちしてるのが見えた。
「お前ら、自分の立場とか役割とか放棄してんじゃないぞ!」
「……カメオさん」
「マロー! お前はルーガ王子の何だ?!」
「お守役でございます」
「いま、殿下に何をねだってた」
——思わず目を逸らして、自分の失態に恥じ入ってしまう。
「も、申し訳ございません。殿下のお言葉が、あまりに胸を鷲掴みに」
「私欲に我を忘れるな、浅ましい!!」
浅ましい。
うううううう。
「テメェもだ、ラベナ! 殿下のお守りと遊んで仕事を放棄してんじゃねぇ! 働け、バカ野郎!」
「イエッサー!!」
今回の避暑に参加するのは、王妃様と王太子殿下、第二王子のベルナンド様。王妃様付きのメイドさんが数名とカメオさん。ベルナンド様の乳母、マリアさん。ラベナ、私である。
カメオさんの乱入で、平静を取り戻した私は、馬車に荷物を運び込みながら、疑問に思ってた事を聞く。
「……ねえ、殿下。王家の娯楽にしては護衛が少なすぎません? まともに近衛兵なの、ラベナだけだけど?」
「カメオが付いたんだから大丈夫だろ。アレは普通の近衛兵、五、六人分の働きするからな。それに、お前と同じように、お袋の側付きメイドは多少の護身術が使えるはずだ」
カメオさんに蹴られたラベナも、平常心に戻ってて笑った。
「それにさ、王家の別荘ってのは、敷地が囲ってあって衛兵が守ってるんだよ」
「じゃあ、まずは衛兵を出し抜かないと敷地には入れないのね?」
「そういう事。それに加えて、俺とマローだろ? 突然の怪我や急患にも対応できるしな」
「なるほど」
まあ、そういう事なら良いのかな。
ちゃんと衛兵が守ってるならさ。
「まあ、万が一に備えて、小型ナイフは忘れんなよ?」
「分かってるよ。言われなくても、足首に一つ、腰に一つ、ちゃんとセットしてる」
私欲にまみれても、仕事はしてるぞ。
カメオ先生。




