お土産
殿下にもらった夏服は、私の危惧していた所をオールクリアしていた。
サラサラした涼しそうな生地の濃紺のキュロットに、胴部分が濃紺で袖と襟が白いブラウスだ。
生地がサラサラしてるから汗をかいても体に張り付かず、濃紺なら透ける心配もない。キュロットも踝まで長さがあって小型ナイフが隠せるし、何よりヒップラインがでない。
襟元についてる小さなリボンタイも可愛らしく、なんとも気の利いた夏服だ。しかも洗い替え込みで二組用意されてる。殿下——気が利きすぎじゃないかな。
少し浮かれた私は、髪を頭の高い位置に結んで首筋も涼しくした。
直通ドアではなく、廊下を出て隣にある殿下の部屋へゆく。
ノックに殿下の声が答える。
「入れ」
ラベナは居ないのかな。
「失礼します」
「マロー? なんで、わざわざそっちから?」
「直通ドアはノックが聞こえにくいので」
うん。軽く釘さしてるんだけど、分かってくれるかな。
彼はさっきのメイド姿を思い出したのか、少し顔を赤くした。
「あ、あぁ……ノックな」
「で、どうですか殿下?」
「何が?」
「夏服ですよ、夏服! 涼しくて、動きやすくて、すごく嬉しい!」
言われてもいないのに、私はクルっと回って見せた。
殿下がクスッと笑って椅子に座って頷く。
「良いんじゃない? そんなに喜ぶと思わなかったけど」
「本当にすごく嬉しいよ。ありがとう」
——と、殿下は少し照れた顔して笑った。
「そりゃ良かった」
こういう時、この子って本当に美形だなって思う。
笑顔が綺麗っていうか。
ドアの方からラベナの声が聞こえてくる。
「殿下、でんかー。あ、やっと見つけた」
ドアを開いたラベナが、ヘラっと笑いながら入って来た。
だから、どうしてノックしないのかな。
「お。マロー、さっそく着たのか? 似合うじゃん。可愛いよ」
「ありがと」
「ポニーテールにしたんだな」
ラベナがふっと手を伸ばして私の髪に触れると。
「ラベナ。マローだからって、気安く女の髪に触れんなよ」
なぜか殿下が釘を刺した。
——まあ、正論なんだけどね。
ラベナは少し目を丸くしてから、ヒョイっと首をすくめた。
「すみません。気安かったですね」
「で、どうかしたか?」
「ああ、これ、忘れてましたよ」
ラベナが出したのは、少し小さめの可愛い紙袋だった。
「ああ。それな。それも、お前にだ、マロー」
「え? 私にですか?」
少し微笑んだラベナが、袋を渡してくれる。
「砂糖菓子だってさ」
「お前には留守番させたからな」
私は受け取った袋を胸に抱え、二人を交互に見る。
——で、殿下。
私は思わず殿下の側によって膝をついて彼を覗き込んだ。
ギクッとした顔で身を引かれてしまったけど。
「どうしちゃったんですか?」
「何がだよ」
「こんなに気が回って、優しいのは殿下じゃない」
「お前、すっごい失礼だな」
「だけど——」
彼は不貞腐れた目で私を睨む。
「ラベナがそうしろって言ったんだよ」
「へ?」
「女の好きなもの、俺に分かるわけないだろ? 菓子を買ってこうってラベナが言ったの」
膝をついたままラベナを見上げると、彼は少し体裁が悪そうに微笑む。
「選んだのは殿下だし、金払ったのも殿下な」
なるほど。
それなら、少し納得もいくか。
立ち上がった私は、二人に向かって頭を下げた。
「お心遣いに感謝します。ありがとう」
「開けてみろよ。俺も、それは食ったことないんだ」
私はもらった袋を殿下から遠ざけて睨む。
「なんですか、殿下。人によこしたお土産を狙ってるんですか?」
「一つ食べてみたいだけだよ」
「なんで自分の分を買わなかったの?」
「勝手に菓子を買うと、ラベナが怒る」
「ラベナが?」
「虫歯になるとか、飯が入らなくなるとか」
私がラベナを見ると、分かるだろって顔された。
なんて苦労性な男だ。
「一つだけですよ?」
私は袋の中から小さな砂糖菓子を摘んだ。
スミレの花を砂糖漬けにしたものみたい。
ほんのりリキュールの香りがする。
綺麗で、可愛い。
殿下が嬉しそうに口を開く。
こういう時は、あーんとか言う必要もないのか。
彼は差し出した砂糖菓子をパクッと食べて、ニッと笑った。
「甘いな」
私は頭を撫でたい衝動をグッと抑え込む。
殿下は猫じゃない。
猫じゃない。




