夏服とメイド服
殿下とラベナが出かけてしまうと、私は降って湧いた自由時間に突入する。
「一人かぁ……」
王宮に来てから、まったくの一人って早朝と夜だけだったからな。
なんだか持て余す。
自室を片付けて、乾燥してた薬草で予備の解熱剤とか、痛み止めとか作った。
あと——何しようか。
殿下が国王に進言してくれたお陰で、薔薇も送られて来なくなったし。手紙だけは、まだ頻繁に来るけど読まずに捨ててる。伯爵にはかかわりたくないからね。だから、部屋もそこまで荒れてないし。
王太子のお部屋は午前中にメイドさんが掃除に入ってくれる。私の仕事は寝る前に不審物チェックをするくらいだし。読みたい本は確かにあるけど、最近は勉強時間も長かったから文章を読みたい欲求が少ない。
「畑でも見て来ようかな」
真夏の日差しを受けて、わさわさ伸びて来たハーブを間引くことにした。風を通さないと病気になるしね。強い品種が多いから放置してても元気だけど——時間あるから。
料理長にもらった、お古の麦わら帽子を被って、首にタオル巻いて畑仕事をすると気が晴れる。カゴ一杯のミントやセージ、マジョラム等々を持って、上機嫌で自室に戻ろうと思ってたら、訓練を終えた兵士達が歩いて来るのに遭遇した。
挨拶しようかと思ったんだけど——。
「そういや、殿下の側付きの娘さんさ」
「ああ、マローちゃん?」
自分の名前が出たので、思わず影に隠れてしまった。
「男装してるだろ? あれ、そそるな」
「馬鹿、お前、殿下に聞かれたら殴られるぞ。マローちゃんは殿下のお気に入りなんだから」
「そう言うけどな。ズボンって腰のラインでるじゃん。やっぱ男とは違うお尻のあたり、すげー良い」
「まぁな。少し汗かいてシャツとか透けてるとドキッとするけどさ」
「だろー? 良い目の保養になるよな」
——な、なんと。
「夏場はいいよな? メイドちゃん達のブラウスも薄くなって」
「胸元の汗とかなー」
「そういや、調理場に新しい娘が入ったじゃん?」
「あ、あの娘グラマーだよな」
彼らは私に気づかずに兵士の宿舎の方へ戻って行ったけど。
思わず汗と土で汚れた自分のシャツを見る。
「こ、これが? 彼らには扇情的に見えるの?」
全く、考えたこともなかったから、少し愕然とする。
そういう目で見られていたとは……。
自室に戻った私は、汲み置きの水で汗を拭き、洗い替えのシャツに着替えようと思って考えてしまう。できるだけ、そういう目で見られない為の男装なのに、それが逆に目を引いては意味がない。
「でも、他に着替えって——」
細いロッカーダンスの中には、女官長に用意してもらった男物の着替えが二枚。
あとは……殿下チョイスのフリフリメイド服のみ。
「腰のラインは出ないかな」
フリフリメイド服を、生まれて初めて試着してみる。
太ももが剥き出しだな。
ペチコートがフリルで密集してるから、中は見えなそうだけど。
こんなので動いたら、フリルは絶対に見えるだろ。
胸元もザックリ開いてて、さほど豊かでない私でも胸の谷間が見えるじゃん。
さすがに痣までは見えないけど、乳のラインが出過ぎだろ。
エプロンもくっついてるけど、あんまり意味がなさそうだな。
付属品のカチューシャをつけても、髪を抑える役割はこなせそうもない。
小型ナイフを隠しとく場所もないし。
「実用には向かないな」
などと一人で文句を言ってたら、直通ドアが開かれた。
「ただいま、マロー。土産が……」
殿下がドアノブに手をかけたまま固まった。
どういうリアクションなのさ。
君が選んだメイド服だろ。
殿下の部屋でラベナの声がした。
「殿下、そういえば……あれ? 殿下?」
すると彼は慌てて後ろ手に直通ドアを閉めた。殿下の部屋でドアが閉まる音がしたのを確認して、小さく息を吐いて言った。
「……なにしてんの?」
目を丸くして、私をガン見してる。
「いえ。せっかく殿下が用意してくれた物なので、一回くらい袖を通してみようかと思って」
私は短いスカートを摘んで、淑女の挨拶をしてみる。
「どうですか?」
殿下の顔が、みるみる赤く染まってく。
やはり、さすがに男装よりも扇情的なんだろうな。
殿下は足とか胸元とかウロウロと目を泳がせてる。
「……ど、どうって」
「殿下の趣味で用意したんでしょ?」
「じょ、冗談に決まってるだろ」
「似合わないですか」
「いや、まあ、その」
彼は湯気が出そうに赤くなりながら、絞り出すように言った。
「……似合うけど」
それから、ハッとした顔で続ける。
「だからって、その格好で部屋を出るなよ?」
「ダメですか」
「決まってんだろ」
「殿下の部屋ならいい?」
「え? いや……ダメだ」
彼は目を瞬かせて小さく言う。
「……ラベナがいるじゃん」
そうかぁ。
ダメか。
どうしようかな。
男装も良くないみたいだし。
殿下は持っていた紙袋を私に突き出した。
「ほら、土産。……夏物の服だから、これからはコッチを着ろ」
「え?」
「いま、暑いだろ? 少し涼しい服だから。お前、暑さで食欲落ちてるって言ってたし」
お、おお。
殿下ってば気がきく。
「ありがとうございます。さっそく着替えてみます」
「……ああ」
袋を受け取った私に、殿下が小さくリクエストした。
「着替える前にさ」
「はい?」
「回ってみろ」
「え?」
「後ろもみたいんだよ。クルッと一回り」
言われるままにクルッと回ると、殿下は真っ赤な顔でガン見してた。
……ふぅん。
やっぱり、自分で選んだだけあって、こういうの好きなわけね?
「膝枕しましょうか?」
揶揄ったら、ビクッと体を強張らせ。
「バカか!」
そう捨て台詞を残して自分の部屋に戻って行った。
つまんないな。
殿下になら、フリフリミニのメイド服で膝枕してあげてもよかったのに。




