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朝から大変 

 早朝に起きだして、そっとルーガ王子の部屋に入る。

 カーテンの引かれた薄暗い部屋では、静かな寝息が聞こえてた。


 覗き込んだ王子はよく眠ってて、額に触れてみたけど熱もない。

 ——良かった。


 そのまま部屋を出ようとしたら、手首を掴まれて引っ張られる。


「!!!」


 思わず叫びそうになった私に、ラベナの声が聞こえた。

「静かにしてくれ。殿下をおこしちゃうだろ?」

「……び、びっくりさせないで」


 そのままペタンとソファーの横にヘタリ込んだ私を、毛布を被って横になったままのラベナが面白そうに見てた。


「驚かせて、ごめん。殿下はどう?」

「大丈夫、熱もないみたい。よく寝てる」


 彼はホッとしたように息をついた。


「良かった。イベントの後は、すぐに発作を起こす子だったからさ。……本当に丈夫になってきたんだな」


 なんだかんだと、ラベナはルーガ王子をとても大切にしてる。

 こんなふうに大切にしてくれる人が側にいるって、子供にはすごく大切な事だね。


「ねぇ……ラベナって、どのくらい殿下の側付きしてるの?」

「殿下が五つの時からだから、七年になるねぇ」

「七年? もうすでに兄弟みたいなもんだね」


 私が関心すると、彼は少し照れたような笑みを見せた。


「王太子と兄弟なんて言われると面映ゆい。でも、まあ、彼の成長は楽しみだよ」


 そのまま、スッと私の首に手を伸ばしてきた。


「君が来てくれて本当に良かったよ。殿下も健康になってきたし。キスしていいかな?」

「ブチ殺されたいと?」


 私が睨み付けると、彼は喉の奥でクククッと本当に嬉しそうに笑った。

 ——変態め。


「いつものマローだね。昨日は少し変だったから」

「変だった?」

「ああ。あの伯爵に捕まってからね」

「……あの人、何者なの?」

「俺もよく知らないんだ。ただ、トランス王国って最近になって交流が盛んになった国のはず。そこの伯爵だってことしか知らないな」

「…ふぅん」


 ジェラルド伯爵って不気味だ。


 大した情報も漏らさずに王族のパーティーにまで参加してるのか。

 なんだか、本当に胡乱な人物だな。


 ラベナが少し眠そうに目を瞬かせた。


「それにしても、マローって朝が早いんだな」

「今朝は畑を見に行こうと思って」

「……畑なんか作ってるの?」

「女官長様に猫の額くらいの畑を貸してもらった。薬草を作るのにね」

「仕入れればいいのに」

「それだとタイムラグ起こるし。欲しい薬草を欲しいだけ手に入れたかったら、自分で作るのが早いでしょ」

「今から畑か、殊勝だな。……俺は寝なおすよ」

「うん。おやすみ」

「ああ」


 私が立ち上がると、ラベナは毛布を引っ張り上げて軽く手を振って微笑んだ。

 この人も変態じゃなければ、優しいし、格好いいのにね。

 残念な人だな。


 ☆


 畑は殿下の部屋のすぐ下に借りてる。側付きとしては、あまり殿下から離れないでいられる場所が良いからね。女官長様は怖いけど話の分かる人だ。


 夏場の畑は雑草の伸びが早くてムカつく。


「あんた達にも薬効があれば、大量の薬が作れるのに」


 私は一日放って置いただけで、これでもかと伸びてきた雑草を引き抜き、石の上に広げた。こうして置けば乾燥してカピカピに乾く。


 井戸から水を運んで水やりをする。乾いた土はグングンと水を吸い込んだ。なぜに早朝に起きたかといえば、この水やりのためだ。夏場は早朝か夕方にしか水がやれない。日中に水をやると、高い気温で根が蒸されてしまったりするからね。


「朝から働き者だね」

「!!!!」


 急に耳元で囁かれて、私は文字通り飛び上がって驚いた。


「ジ、ジェラルド伯爵様?!」


 彼は薬草畑に立っていても、そこだけキラキラ光ってる。

 恐ろしい麗人ぶりだよ。


「おはよう。マロー」

「な、なぜ、ここにいらっしゃるのでしょうか?」


 淡いブルーのシャツに黒い細身のズボンで、すごくラフ。長い銀髪はそのまま垂らしてて、微かな風にサラサラなびいてる。


「今日の午後には自国へ帰らなきゃいけなくてさ。昨晩は貴賓室に泊めてもらったんだよ」

「左様ですか。では、私はこれで」

「待ちなさい、マロー。君は客に対して少しの時間もさけないのかい?」

「いえ、ええと。殿下! そう、殿下の様子を見に行かなければなりませんので」


 彼はスッと目を細める。

 なんか、やっぱり怖いよ、この人。


「丁寧語もいらないし、回りくどいのもいらない。痣がないって本当か?」

「昨日もそう言いましたけど?」

「見せてよ」

「は?」

「本当に痣がないのか、僕が確かめる」


 ——この人、変態二号かな?


「脱げってことですか?」

「そいうこと」

「冗談じゃありません。これでも嫁入り前の乙女なんですよ!」

「なら僕の嫁になりな」

「い、嫌です!」


 彼は不服そうに唇を突き出す。

 なに、この子供みたいな顔は——。


「昨日も思ったけどね。君は僕の容姿が気に入らないわけ?」

「は? お姿ですか?」


 彼は片手で長い髪を掻き揚げ、艶っぽく笑った。

「女の子なら、僕から目を離すなんて考えられないけど?」


 ——ごめん、ラベナ。こんなのと一緒にして。


「申し訳ありませんが、一刻も早く目を離したいです」

「マロー。何が気に入らないんだよ。僕の家は爵位も持ってるし、資産もけっこうあるよ?」

「爵位や資産と結婚したい方を誘って下さい」

「美貌も持ってるけどね?」

「そうですね。確かにお美しい」

「……本気にしてないね?」


 ジェラルド伯爵は、いきなり私を抱き竦めると顔を近づけた。


「僕は本気で君に求婚してるんだけどね?」

「き、昨日、今日、あった人に、そんな事を言われて頷けるわけないでしょ!」

「覚えてないの?」

「はい?」

「僕たちは小さい頃に出会ってるよ」

「………え?」


 淡い緑の目が懐かしそうに細められた時、背後から殿下の声がした。


「俺の側付きを離してもらおうか」


 ルーガ殿下はジェラルド伯爵を睨み付けると、大股で歩いて来て私の腕を引いた。


「これはルーガ王太子殿下。朝から外に出て大丈夫なのですか?」

「お前に心配される必要はないな。ジェラルド伯爵。早朝の庭で、女を口説くとは随分と育ちがいいことだ」

「彼女が女神のように美しかったものでね。マロー、では、また。必ず会おうね」


 やっと伯爵の腕から解放されたと思ったら、殿下が私の腕をグイグイ引っ張って歩き出す。


「で、殿下。そんなに引っ張ったら痛い」

「煩せぇ。朝から、なに男に抱きつかれてんだよ!」

「ふ、不可抗力でしょ! 突然の襲撃だったんだから!」

「お前が隙だらけなのが悪いんだろ!」


 私は殿下の手を振り払って足を止めた。

 すっごく理不尽な物言いだよね。


 ——けっこう伯爵が怖かったのにさ。


 足を止めた私を振り返った殿下は、大きく肩で息をついた。


「悪かったよ。そういう顔すんな」

「………」

「ごめん」

「……はい」


 私が歩いて行って隣に並ぶと、こっちを見ないで小さく呟いた。


「お前は俺の側付きだからな。誰かにチョッカイ出されたら言え」

「はい?」


 殿下は軽く唇を噛むと、少し頬を染めて上目遣いに言った。


「ソイツは、俺がぶっ飛ばしてやる」


 ——やだ、もう。またキュンとしたじゃない。殿下ってば女たらしの素質ありありね。


「なに笑ってんだよ」

「いえ、頼もしいなって」


 彼はフンッと前を向いて歩き出したけど、耳まで赤くなってる。

 可っ愛いー。


 黙っとくけどね。

 可愛いなんて言ったら、それこそ、ぶっ飛ばされそうだし。


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