おやすみなさい
ブックマークが嬉しいので、思わず今日も二回あげます(^ ^)
自転車創業のくせしてね。ふふ。
私が薬を調薬してる間にラベナが王子を着替えさせてくれた。楽な格好になって、気が緩んだらしい王子はベッドに座って胡座をかいてる。
「一応、俺が殿下の部屋で寝るから」
ラベナはソファーに毛布と枕を用意してた。
そんな彼を横目で見たルーガ王子は、呆れたような顔してる。
「お前じゃなくて、マローがこの部屋で寝ればいいだろ?」
「は? 私ですか?」
殿下がニッと悪戯そうに笑った。
「俺が用意したメイド服着て膝枕しろよ。なんなら、同じベッドで寝るか?」
「……ラベナ。メイド服着て、添い寝しろだって」
「誰がラベナに言ってんだ。気持ち悪い」
ラベナは殿下のそばに寄ってしゃがむと、言い聞かせるように彼の目を見る。
「軽口叩けるくらいには元気なんですね。ま、今は熱が下がってるから。とにかく、俺がここで寝ます。殿下は大きなイベントの後、必ず寝込んだの忘れたんですか?」
殿下が軽い溜息を漏らした。
「そこまで体はキツくない。あとは薬飲んで寝るだけだし」
「分かってますけどね。俺の気が済むようにさせて下さい」
私はベッドの枕とクッションを動かして、頭の方が高くなるように調整する。たぶん、大丈夫だとは思うけど、喘息が出たら上半身が高い方が楽なはずだ。
「殿下、ほら、お薬飲んで」
「……なんか、大げさなんだよな」
「これから熱が上がるかもしれないんだから」
諦めたように横になった殿下は、私の手をキュッと掴む。
「マローに側に居て欲しいんだけど?」
——うっ。
そういう、甘えるような目をしないで欲しいな。
「私は隣の部屋に居ますから」
慰めるように殿下が掴んでない方の手で頭を撫でる。
体調悪いから、甘えたいのかもしれないし。
殿下は小さく息を吐いて、私の手を離した。
「分かった。寝る」
私は横になったルーガ王子に毛布を被せた。
「お布団は暑いと思うから、これでいいかな。窓は開けないでね? 朝方に冷え込んだら困るから」
「……ああ」
「おやすみなさい、殿下」
「おやすみ」
自室に戻る前に、ラベナにも挨拶する。
「ラベナも、おやすみなさい」
「おやすみ」
私は、ハタっと気づいて王子のベッドに走り寄る。
軽く目を瞬いた王子は、不思議そうに私を見上げた。
「なんだよ?」
「言い忘れてました。お誕生日、おめでとうございます」
「………ああ」
王子は軽く瞬いて、小さく微笑んだ。
☆
自室に戻ってランプの灯りの中、ドレスを脱いでコルセットを外す。背中で締めるタイプじゃなくて、胸の下で締めるヤツだから自分でも外せる。
結い上げてた髪のピンを外して、髪飾りを外して、装飾品を外して——。
両手でクシャクシャと髪を掻き混ぜたら、少し気が抜けてきた。
「女装って、ほんと、面倒臭いな」
ブラシにオイルを垂らして髪を梳いて、クリームで化粧を落として——。
ついでに左胸のドーランも落とす。
塗りっぱなしにしてると、荒れてきて痒くなるからさ。
汲み置きの水にハーブオイルを垂らして体を拭く。
ミントの成分で体がスーッとして、気が晴れてくる。
体を拭いている時に自分の左胸にある痣を見て、少し暗い気分になったけど。
青い薔薇みたいな痣で、けっこう大きいんだよね。
左乳房の上方、脇に近い所にあって、人差し指くらいの直径がある。
——体に痣がないかい?
ジェラルド伯爵の声が聞こえたみたいで、私は軽く身を震わせる。
慌てて上下に分かれた男物の夜着を着た。
お婆ちゃんが誰かに話すはずないし、私も人に見られた覚えがない。
たぶん、カマをかけられたんだろうけど——その意図が分からないんだよね。
お婆ちゃんの声が聞こえたってことは、まじないが彼との接触を遠ざけたんだろうし。と、いうことは、王太子を育てるのに伯爵は障害になるってことだもんね。
「近寄らないに越したことない」
私は机の引き出しから日記を引っ張り出して、今日の出来事を記録していく。
日記は十歳の頃からつけてる。
ここへくる前の分は、お婆ちゃんの家に置いて来ちゃったけどね。
処分してくれば良かったかな。
けっこう赤裸々な日記になってるからさ。
聖痕のことも書いてあるし。
でも、すぐに人が見つけられるような場所には置いてない。
大丈夫かなって思うけど。
ほぼ、お婆ちゃんの闘病記だしね。
うん——たぶん、大丈夫。
私はランプの灯りを絞って、ベッドに潜り込んだ。
ほんの少しだけ不安を抱えたままで。




