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あの冬

 気づけば朝。

 お日様が眩しい。


 深夜近くに部屋へ戻ったら崩れ落ちるようにベッドへ潜り込んで、全身に治癒魔法をかけて電池切れのように意識が途切れる。


 そんな日が続いて、すでに今が何日目かも分からなくなってた。


 たぶん、全部、お婆ちゃんのせい。


 大魔女として名を馳せたお婆ちゃんは、息子夫婦の事故死をきっかけにして王宮の仕事から引退すると、田舎の村に引っ込んだ。その村で薬師として収入を得て、二人の忘れ形見である幼い私を引き取ってくれた。


 何でも知ってるお婆ちゃんと、優しい村の人たちに囲まれて私は育った。


 牧場から牛を借りてロデオしたり、裏山に生息してたヒグマと相撲をとったり、森のアチコチにトラップを仕掛けて山賊を一掃したこともあったかな。


 そのたびに叱られたり、褒められたり。

 たぶん、私は愛されていたんだと思う。


 幸せな生活は私が16歳の時、急激に終わった。


 お婆ちゃんも寿命には勝てなかったみたいで、この冬は越せないだろうと死の床で笑う。


「マロー。あたしが死んだらこの村を出て王都に行くんだ」

「へ? 王都なんてやだよ」

「いいかい、あんたはこれから王太子殿下のお守りをするんだ」

「何を言ってんの、お婆ちゃん。ボケてるの?」


 いよいよダメかと死に水を取りに行こうとしたら怒られた。


「どこに行くんだ、大バカ者。治癒系魔法で王子を健康に育てる依頼が来てるんだよ」


 王宮から手紙が来ていたのは知っていたが、そんな内容だったのか。

 さすが大魔女と世に謳われたお婆ちゃんだ。


「これはあんたが一人で生きるための仕事の話だよ」

 楽しそうにケケケと笑って、そのあとむせた。

「なにせ、あんたはあたしが知る中でも指折りの治癒系魔法使いだからねぇ」

 ぜいぜいとした呼吸の中で、お婆ちゃんは優しい目を私に向ける。


 自慢気に言ってもらえるのは嬉しいけれど。


「王太子殿下のお守りなんか、私に努まるわけないでしょ?」


 何しろ、みんな顔見知りの狭い村で育ったのだ。

 王族なんて遠くから見たことすらない。

 会ったこともない人物のお守りとか言われてもねぇ。


「あんたに務まらなかったら、王太子を助けられる人間はクーネル王国には——待て、こら。なんであんたはさっきから喋っている私の口に水を流し込むんだい」


 言いながらお婆ちゃんは激しくむせる。

 苦しげな息の下で、彼女は声を絞り出す。


「あんたは……聖痕の乙女なんだから」


 たぶん私の左胸にある痣の事を言っているのだろう。

 幼い頃から『これだけは誰にも見せるな』と厳しく言われ続けて来た。

 おかげで私は川遊びをしたことがない。


 聖痕の乙女というのは、クーネル王国建国のお話に出てくる姫君だ。

 初代国王のお妃様で、神話の時代に出てくる女性。


 彼女を手に入れた者は何でも一つだけ願いが叶うと言われてる。


 私が、その聖痕の乙女だと言われた時には、ありえなさに笑い転げてしまった。あんまり可笑しくて、呼吸が止まるかと思ったくらい。


 何でも願いが叶うなんて、そんな都合の良い話はないと思うんだけど、王国では未だに聖痕の乙女を信じている人が多いんだって。


 万が一にも聖痕の乙女と判断されれば——どんな目に合うか分からない——と、お婆ちゃんに口を酸っぱくして言われた。


 人の欲望は、どんな魔物より恐ろしいものだよ、と。


 お婆ちゃんは、皺々になった手で私の手をそっと握る。

 たぶん、本人は強く握ったつもりなのだろう。


「いいかい、聖痕のことは絶対にバレちゃいけないよ。だがね、あんたしか、王太子は救えない。王太子には弟もいるけれど、この国を背負うのは王太子だと占いにも出ている。彼を丈夫に育てなければ、国が滅ぶよ」


 私の顔が引きつるのを、彼女は面白そうに見つめていた。

「いいね、マロー。お前の一命を賭してでも、王太子を立派な王にするんだ」


 あまりに真剣な顔で言うので、私は曖昧に頷いてみせた。

 死を前にしたお婆ちゃんの、最後のお願いになるだろうし。


 そしたらお婆ちゃんは満足そうに微笑んで、

「朝に太陽が昇り、夜に月が輝くように」

 突然ハッキリとした口調で《運命を決定する呪文》を口にした。

「ま、待って、待って、おまじないなんか、かけないで!!」


 私は慌ててお婆ちゃんの口を塞ごうとしたけど、間に合わなかった。

 この呪文を唱えられた相手は、決められた運命から絶対に逃れる事ができなくなる。

 それがどんな過酷なものだとしても。


「人の口を塞いで。あんた、あたしを始末する気かい、マロー」

「だって……」


 大魔女リリサのまじないとくれば、私に解く方法はない。


「そんな顔しなさんな。とっくに返事は出してるし、これであんたが食うに困ることはなくなった。安心して忘却の川を流れていけるさ」


 そう言って笑い、またむせて、それからご飯を要求した。


 結局、祖母はその冬をなんとか過ごして、春になってから旅立った。

 さすが大魔女。死に際までしぶといと、村のみんなが関心してくれた。


 その冬はとても厳しい冬で、いつまでも地面が凍ったままだった。春になっても農作業が始められず、村のみんなも困り切ってた。


 村長が王都に嘆願書を送って、私の仕事の報酬が村へ先払いされた。これで、村人は飢えずに済むとみんなに感謝されたけど——要するに私は売られてしまったわけだ。


 この先の数年、私は逃げ出すことも、戻ってくることも出来ない。

 お婆ちゃんのかけた《運命を決定する呪文》の効力だと思う。


 どれだけ抗っても、運命はこうして私を捉えていくんだろう。


 いまから三ヶ月前の話である。

今回は、あまり書き溜まっていません。一日、一話、あげられるといいな。

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