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【官能演習その二:官能小説の読書感想文を書き、それを異性に読んでもらう】
放課後、小鳥遊の部屋で俺は本棚を眺めていた。よく見るとそこに並んでいるものは大半がジュブナイルポルノなのだった。女性らしい部屋の中、そこだけが異彩を放っている。この空間そのものが、まるで彼女の性格のようだ。
「できましたわ!」
机に向かってしこしこと鉛筆を動かしていた小鳥遊が振り返って叫ぶ。そう、読書感想文だ。四百字詰め原稿用紙にして、一枚。それは俺が定めた枚数だった。彼女のことだ、書こうと思えばいくらでも書けるのだろうが、短くまとめる技術も必要だ云々と説得して一枚ということに落ち着いた。本音? もちろん、長い感想文なんて読みたくもない、だ。
「早速読んでください」
彼女は原稿用紙を俺に突きつける。
「わかったわかった」
さて、鬼が出るか蛇が出るか……。
『変態魔王のハーレム講座』を読んで 小鳥遊操
素晴らしい内容の作品である。魔王の変態っぷりが突き抜けている点が特に良い。自らは挿入せず、主に玩具を用いて女性を昇天へと導くことに心血を注ぐというキャラクター設定は類例がなく、発明ではないかと思う。
ハーレムを構成する三人のメインヒロインには、はっきり言ってアンバランスさが感じ取れる。リース、カナンに対してコルトの扱いが良すぎるのだ。褐色ロリータという要素が作者の性癖に嵌ったのだと推測される。逆に言えば、欲望に正直だということであり、それだけ作者が本作に自らの魂を込めた証左ではなかろうか。
ただ、これは非常に残念なことなのだが、私は本作で性的興奮を覚えなかった。こればかりは仕方がない。私に褐色ロリ属性はないのだ。
うーん、鬼と蛇の合体キメラが出たかー。
「まさかここまで真面目に書いてくるとは……」
「私はエロに対してはいつだって真面目ですわ」
彼女は胸を張る。胸を張るタイミングではないと思う。
「では、感想を教えてください」
俺はしばし思案する。
「基本的には良く書けてると思うぜ。文章はちょっと硬いが達者だし、作品の長所と短所を短くわかりやすくまとめてる。ただ、疑問に思うところもあるな」
「どこでしょうか?」
「まず魔王のキャラ設定に類例がないと書いてるだろ? ほんとか?」
「ええ、私の知る限りですけれど……」
「そこだよ。ひと一人が知ってる情報なんてたかが知れてる。世間は広いんだ。類例がないと断定するのはちょっとな」
「なるほど……」
「それから『褐色ロリータという要素が作者の性癖に嵌った』って部分、これも疑問だな。証拠がない」
「だから推察だと書きました」
「推察としても最低限の根拠は必要だろ。この文章じゃあんたの空想の範疇を出てない。例えばよ、作者が『褐色ロリが一番読者にウケる』と思った可能性だってあるわけだ」
「ううむ……」
「重箱の隅をつつくようで悪いな。ま、これが俺の感想だ」
何だか否定的になってしまった気がする。気を悪くしてなければいいが。いや、そこまで気を使わなくてもいい相手ではあるんだが……
「なるほど、なるほど、なるほどですわ」
彼女の表情は、明るかった。
「やっぱり他人に読んでもらうと自分では気づかなかった視点を得られて有益ですわ。ありがとうございます」
「そりゃ良かった」
満足してもらえたらしい。その事実に、ホッとしている自分に俺は気づいてしまう。いや、何かの間違いにきまっている。俺にお嬢様属性はないのだから。