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高校一年生の四月。入学式が終わればホームルームになる。そしてお決まりの自己紹介タイムだ。
「それじゃあ次、高城」
呼ばれた俺は軽く返事をして立ち上がる。
「一中から来た高城浩司っす。趣味はギターで、軽音部に入る予定っす。よろしく」
それだけ言って着席する。まあ、こんなもんだろ、自己紹介なんて。
「それじゃあ次、小鳥遊」
「はい」
やけにはっきりとした返事と共に彼女は立ち上がった。俺は振り返ってその顔を見る。
美人だった。
それも、とびきりの。
黒髪ロングのストレート。スッと切れた瞳。整った鼻筋に形の良い唇。肌は透明に近い色をしていた。
さらに、奇妙なことだが、どことなく懐かしい感じがした。
彼女はクラスの全員をゆっくりと見渡した。そして凛とした声で、こう言った。
「小鳥遊操と申します。エロスを探求することを生業としています」
クラスの全員が固まった。担任も口をぽかんと開けている。
そんなことおかまいなしに彼女は言葉を続ける。
「生物の三代欲求とは何かご存じですか? 食欲、睡眠欲、そして性欲です。食欲は体を生かすエネルギーを生成するために絶対的に必要なものです。睡眠欲は脳と体を休ませ健全な生活を送るために絶対的に必要なものです。性欲は自らの種を増やし繁栄をもたらすために絶対的に必要なものです。これらの欲を持たない生物というものは存在しません。たったひとつの例外を除いて。そう、それこそが人類です。もちろん、人間にも基本的には三つの欲が備わっています。食事をしない人はいませんし、眠らない人もいません。性欲に関しても、男性であれば定期的に精子を放出する必要がありますし、女性も月に一度は生理が訪れます。人間もまた生命体の一種なのですから、当然のことです。では、性交は? 本来性交とは子供を作るためにのものであるはずです。しかし皆さんご存じの通り、人間における性行為の大半は避妊具を併用して行われます。学校でも教育されますよね、コンドームだとか、避妊薬だとか。おかしいと思いませんか? 避妊するなんて種の本能に全く反しています。しかし実際、生涯子供を持たない方々もめずらしくありませんし、そもそも一度も性交をしないまま寿命を迎える方も、今後はどんどん増えていくはずです。いや、私はそれを問題視しているわけではありません。むしろ逆です。それこそが人間が他の生物と決定的に異なる点なのです。すなわち人間には本能を乗り越える意志の力がある。自然の摂理に逆らって自分の思い通りに生きる知能がある。それって、本当に奇跡的なことではありませんか! 人類に与えられた最大最高の特権、それこそがエロを自由に楽しむ心なのです!」
一気呵成。そしてふっと息を吐いて、すとんと椅子に座った。
それは、全くもって完璧な自己紹介だと言えた。
彼女の嗜好も、性格も、ばっちりと皆に伝わったのだから。