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そら

作者: めとぬこ


 四月と言えば、出会いの季節だ。

 入学式やらなんやらで、人々は忙しく歩き回る。

 そして、出会いの季節と共にやってくるのが、別れの季節だ。

 卒業式やら上京やらで、これまた忙しく歩き回らなければならない。

 そんな四月のはじめ。

 私は、別れの季節に相当しい

 そんな来てほしくない「別れ」に会った。



 ――啓が、死んだ。



 それは病気で死んでしまった訳でもなく

 車に轢かれてしまったのでもなく

 階段から転げ落ちて、そのままぽっくりいってしまった。


「いい子だったのに、何で死んじゃったんだろうね」


 少し震えた声で、低く、低く、熊のように唸りながらそう言った啓のおばさんの顔は、涙でべたべたになっていた。

 おばさんだけじゃない。

 おじさんも、お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも、先生も、啓の友達も

 皆が皆、それぞれの思いに浸っていた。

 大声で泣いたり、涙をこらえていたり

 現実を受け入れていない人もいる。



 それでも皆、啓の死を悲しんでいた。



 ――啓を一言で言えば、「うっざいムードメーカー」だった。

 授業中だろーがなんだろーが、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと、マシンガンのような速さで喋りまくって、先生によく怒鳴られていた。

 それでも啓は、笑って受け流していた。

 そんな彼の周りには、沢山の人がいた。

 勿論、私も。

 彼の机に腰掛けて本を読みながら、彼の話に耳を傾けていた。

 「俺の話聞いてる?」と、聞かれた事もあった。

 私は適当にあしらってはいたけど、話しかけられた時は嬉しかった。

 それが多分、初恋というものだったのかもしれない。


 今も啓の周りには、沢山の人がいる。

 でもそれは、決して嬉しい賑わいではなく

 深い悲しみで賑わっていた。



 自然と、涙は出てこない。

 湧き上がるのは、現実を見ない罪の私。

 自分を納得させる、そんな奇麗事言いたくなかった。


 

  

 ――…… ――…… 



 突然、私に理解できない英語の歌が、静まり返った部屋に鳴り響いた。 

 少しざわめきが起こる。

 そんな思いをしってか知らずか、かわらずに歌は流れ続けた。



 ―Alas, my love

 ―……in……you do……



 英語は普通の理解力がある私の脳は、器用にも自分が分かる部分部分の歌詞だけを頭に入れていった。


 少し聞いた後、不意に頭の中の何かが弾けた。



 ……どこかで聴いた曲だ。



 そう頭が宣言すると、まだまだ十六年しか生きていない脳は、歌詞の入力を止め、猛然と記憶を探りに出かけた。



 どこで聴いた? どこに記憶がある?



 知ってる。絶対。

 なぜかそう断言できた。

 疲れを知らない心臓が、鼓動を早くする。



 早すぎて止まってしまうのかと思った時、やっと記憶が蘇ってきた。





 ……そうだ、あの時だ。



 啓が学校を休んだ時、プリントを持ってあいつの家に行ったときに聴いたんだ。

 私が啓の家の近くに住んでいた、ただそれだけの理由で届けに行ったんだっけ。


 「この曲好きなんだよな」と、私が部屋の中に入るなり、熱でほてった顔をふにゃっと崩しながら、啓は小さなオルゴールを取り出した。


 ガラスの箱の中に熊の人形が入った、綺麗なオルゴール。

 啓はネジを巻きながら、座っとけば? と、私に座るよう促した。


 ネジを巻き終わったのか、啓は散らかっている机の上に小さなスペースを見つけ、そこへオルゴールを置いた。

 キリキリといいながら、熊の人形は回りだした。


 

 オルゴールの細い音

 少し暗い曲調



 静まり返った部屋の中を

 ゆったりと流れるように、オルゴールは歌い続けた。


 綺麗な曲、としか思えなかった。

 少し暗い、それでもとっても綺麗な曲。

 私はただ純粋に、オルゴールから流れる小さな音に耳を傾けていた。


「な、綺麗だろ?」


 啓はそう言いながら、私が持っていたプリントに視線を移した。

 はっとして、私はさっきまで動かしていなかった手を啓の方に差し出した。

 ありがとう、と言いながら、啓はプリントを受け取った。



 それだけだった。

 私がこの曲を聴いたのは。



 人の記憶は、季節が消えるごとに色褪せる。

 それでも、たった一滴の水のように落ちてきた出来事で、薄れていたモノが一斉に色付く。


 多分、今の私もそう。

 ずいぶん前の事なのに、記憶がはっきりと目覚めている。



 ああ、こんな歌詞だったんだ。



 啓のオルゴールでは、伴奏だけが流れていた。

 だからその時は、歌詞が英語だなんて、なんていう題名かなんて、知らなかった。

 今も題名は分からないのだけど――……。


 この場に合ってない考えかもしれない。

 それでも私は思ってしまった。


 それにしても、誰がこの曲を流しているんだろうか。

 啓がこの曲を好き、って知ってる啓のお母さん? お父さん? おじいさん? おばあさん? 親戚の人?



 ――それとも、啓自身が流しているのだろうか?


 自分の葬式にひょっこり顔を出して、いたずらにこの曲を。


 うん、有り得ないことじゃない。

 だってあいつは、死んでもじっとしている性格じゃない。

 むしろ天国の空気を満喫しながら

 皆を驚かそうと企みながら忍び笑いする奴だろう。



 そう考えた時、私の顔は自然と笑っていた。


 はっとして顔を真顔に戻す。誰かに見られたら「葬式で笑う危険な女」と思われてしまう。


 辺りを見回し、誰も私を見ていないと分かり、胸を撫で下ろした。



 曲はまだ流れていた。

 それを止める人はいない。


 私はそっと葬式があっている啓の家を抜け出した。

 少し失礼だとは思いながらも。


 空は昨日より青かった。

 雲ひとつない、どこまでも駆け上がれるような空だった。


 私はその空を見上げた。


 太陽の光が私に降り注ぐ。

 眩しさで目を細めながら、この空にいるはずの啓に、大きく手を振った。


 ありがとう。

 これまで生きてくれて。

 ありがとう。

 自分の好きな曲、教えてくれて。

 ありがとう。

 私の初恋が貴方で。

 本当に、ありがとう。





ずっと前に書いていたものをうp。

今見るとほんっと恥ずかしいっていう、っていう

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― 新着の感想 ―
[一言] いいですね。。私は・・・小説かも歌手も目指してます
[一言] 楽しく読みました。 恥ずかしくすればするほど、読んでるほうとしては色々楽しかったりしますっていう、っていう
[一言] 非常に綺麗にまとめ上げた文章だと、私は思いました。イメージで言うと、流れのある風のようなカンジ、ですかね(上手く表現できず、すみません)。 ストーリーは、悲しみを受け止めながらも、それでも沈…
2009/08/06 21:06 退会済み
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