人を殺す度に同じ時間に戻される殺人鬼の話。
私はずっと我慢をしていた。
でも、後何十年も我慢できる気はしなかった。
それならば早い方が良い。
そう囁く声がする。
生きている間中に、常に我慢を強いられる。
私はずっと我慢をしていた。
それなのに、どうしてこうも。
全てが、全てが、全てが私を導いていた。
誰も来ない場所。
私の手には凶器。
こちらが見えない位置。
私の顔には狂気。
あぁ、もう我慢の限界だ。
私は悪くない。
ずっと我慢してきたんだから。
君は悪くない。
どうしようもなく、運が悪かっただけだから……。
「はぁあああっ」
思わず口を突いて出てしまう歓喜。
死角の有利を捨てて、踊る様に駆けた。
「えっ……」
その少年が間抜けな声を上げると同時に、それが振り下ろされた。
少年は吹き飛ばされて横たわる。
「あはっ」
あぁ、この感触だ。
初めてなのに、再会したかの様な心地。
気持ちいい、解放されたのだ。
自分の欲から。
だがまだ足りない、全然全然全然全然全然全然全然全然。
私は、ひたすらそれを振り下ろした。
キーンと良い音がするそれを、何度も何度だって。
振り下ろした。
夏の暑い日。
誰も来ない用具室の中で。
血塗れの金属バットだけが、鈍く輝いていた。
「へ……?」
気が付くと、私は用具室の隅にいた。
移動した覚えはない。
手元の金属バットを見る。
血が付いていなかった。
おかしい、夢でも見ていたのだろうか?
しかし、体に残る痺れる感触。
肉を潰す感触が思い出される。
とても、夢とは思えなかった。
「あれー、何処に置いたかなー」
其処へ少年がやってくる。
そう、それは私がこの手で殺したはずの少年だった。
ドクンっと胸が高鳴る。
先程と同じシチュエーションだった。
まるで、同じことの繰り返しの様な瞬間。
私は思ってしまった。
また殺せるんだ!!
歓喜に染まった私は、大慌てで飛び出すとバットを振り下ろした。
「え……」
少年はまた間抜けな声を上げていた。
私は今度は違う殺し方を考える、二度目で楽しむ余裕が生まれていた。
何処から潰そう。
どうやって潰そう。
そればかりだ、脳内が汚染されていった。
いや、解放されていったのだった。
「なるほど」
私は再び用具室の隅に居た。
流石に、間違い無い様だ。
どうやら人を殺すと時間が巻き戻るらしい。
何という事だ、つまり私はいつでも人を殺せるのだ。
そんな力が私にあった何て、最高だ。
殺す為に生まれた、そう言われても納得してしまう。
「あれー、何処に置いたかなー」
またカモが来た。
今度はどうやって殺そうか。
「やぁ、少年」
「うわ、ビックリした。人が居たなんて」
「驚かせてすまない。物陰に隠れる習性があってね」
「何かの動物みたいですね」
少年はそう言って不器用そうに笑った。
「しかし、こんな所に1人で来るとは感心しないな。変質者が居たらどうする」
「ふふ。それは、こっちの台詞ですよ。お姉さん綺麗何だから気を付けないと」
「ふむ。ご忠告感謝するよ」
私が笑うと、少年は気恥ずかしそうに視線を外した。
「そうだ。良いものを見せてあげよう」
「え、な、何を!?」
私は服を脱いでいく。
「どうだい? 私も捨てたもんじゃないだろう?」
「そ、そういうのは好きな人と!?」
「そうは言っても視線は釘付けじゃないか」
「いや、あのこれは……」
「良いんだよ。私に身を委ねてみないか?」
「お姉さん……」
少年は蕩けた様な顔をしていた。
夏の暑さ、用具室の湿気、性的興奮。
視界が蕩けていた。
其処にズバーっと!!
「はひっ!?」
少年はまたも間抜けな声を上げていた。
バットの一撃!
思考を覚醒する嗜好の一撃!
「き、気持ちいい!?」
ただ殺すのも楽しめたが、これも違うな。
相手の感情や尊厳を踏みにじる。
なるほど、これは麻薬だ。
止められそうにない。
だが、我慢をする必要は無い。
私は好きなだけ。
殺せるのだから。
それから私は、少年を殺しまくった。
1000回を数える頃、回数を数えるのが面倒になった。
それに流石に飽きてきた。
少年は弱すぎるのだ。
私がハンデを上げても、余裕で殺せてしまう。
バットを渡したのに、素手の私に殺されていた。
よくこんなので、今まで生きてこれたものだと思った。
その頃には、人殺すのに何の躊躇いも無くなっていた。
少年以外も殺そうと思ったのだ。
夏休みの学校、他に居るのは用務員と当直の教師か。
私は隙を突いて殺してみた。
「雑魚過ぎる」
気が付けば、歯応えを求めていた。
案の定、用具室に戻される。
「え!?」
驚いている少年を尻目に、用務員を殺しに走る。
駆けつけ一番、そのままバット振り下ろしたら死んだ。
次はどうしよう。
私は殺してから時が戻るまでに、数秒のラグがある事に気付いた。
場所が近ければ2キルいけるかも!
私は用務員を誘惑して、用具室に誘き寄せた。
あっさり釣られたオッサンと、少年が鉢合わせる。
「え、お姉さん」
その少年の顔に、決意のバットがめり込んだ。
「ひ、ひぃ!?」
そのままの勢いで、用務員にも振り下ろす。
メキッと良い音がした、感触で分かる。
きっと死んだに違いない。
こうして2キル達成すると、ひと段落付いた気分だった。
飽きたのだ。
私は刺激を求めて、街へ出掛けた。
殺せさいすれば、全てなかった事にできるのだ。
ドンドン殺していこう。
私は色んな場所、人、武器で殺しまくった。
私のテクニックは、凄い勢いで磨かれていった。
今なら誰でも殺せそうだ。
しかし、いつまでも都合よくはいかなかった。
「犯人確保ー!!」
警察に取り押さえられたのだ。
まだ殺人は犯して無いのに、捕まるのはおかしい。
不当逮捕だと思う。
私は裁判にかけられる事になった。
其処でも殺せそうな人が居ないか探し続けた。
しかし、手錠をあっては無理だ。
自分の実力を過信していた様だ。
そしてしばらくして釈放された。
「敦子……」
弱り切った母を見て思った。
やれる!
そして私は、あの日の用具室に帰ってきた。
捕まるのは懲り懲りだったので、確実に殺せそうな時だけにする事にした。
仕方ないので、ループで得た情報で金を稼いだ。
豪遊をしてみる、散財、食事、旅行、すぐに飽きてしまった。
恋もしてみた。
相手を殺しちゃったけど。
そしてもう数え切れない時を駆けた後の、用具室だった。
リセットに慣れたせいか、またここかという気分だった。
もう見飽きた少年の顔。
また一から全部積み上げても、一度人を殺したら元通りになってしまう。
面倒だった。
一体どうすればいいんだろう?
私は考えた末に、我慢をしてみる事にした。
殺さない様に殺さない様に。
最初は難しかったけど、段々と距離が伸びてきた。
30年が過ぎて、ふと気付いた。
殺すのって何が楽しかったのだろう。
尊厳を踏みにじる事の、何が楽しかったのだろう。
私は自分の中の問いに、答えを持ってなかった。
ずっと行い続けてきた人殺しに、何の答えも持っていなかったのだ。
あぁ、私は何の為に人を殺してきたのだろう。
意味など無い、ただの欲。
悲しくなって、首を吊ってみた。
すると、もう見飽きた光景が映った。
私はまたここに居る。
その場で自分を殺したかった。
殺してきた分だけ殺したかった。
自分の喉を手で絞める。
死ねる気はしない、こんな事では……。
「駄目ですよ!?」
しかし、少年はそれを止めた。
「お願い、殺して」
「何があったかは知りませんが、生きてみましょう?」
少年は優しく笑った。
私は知らなかった、少年がこんな顔をする事を。
衝動で生きてきた人生では、知ることのなかった顔を見て。
一つだけ知りたい事が生まれた。
「君の名前は?」
余談だが、少年と結婚した私は天寿を全うする事ができた。
きっと1人だったら、何度も自殺していた事だろう。
私が用具室に戻る事は、二度となかった。
2時間で書きました。
途中からコメディーになってますね笑
不得手ジャンルだった様です。
思い付いた設定の供養はできたと思います!
深夜だから許して欲しいです!!