35話 警備隊長(4)
シーンとした訓練所で、俺は呆然と立ち尽くしていた。
目の前で起きた現実を受け入れるのに時間がかかったからだ。
まさか一瞬で勝負がつくとは――。
あ! 死んでないよな?
俺は慌ててしゃがみ込み、目の前に倒れていた隊長さんを抱きかかえ彼女の鼻に俺の耳を近付けた。
「すーすー」と呼吸音が聞こえ、俺は安堵した。
さて、この後はどうすれば――。
《詰所の隊長室にてベッドの存在を確認しております》
(うーん……他に無いかなぁ、怪我人等を処置するための部屋とか?)
隊長室にあるということは、隊長さんが普段使いしているベッドということ。
女性の寝室に無断で入るような行為は避けたい。
恥ずかしい――っていうか、隊長さんに失礼だし、面倒事しか生まない気がする。
《処置室は詰所一階、入口から入って直ぐ右にあります》
(なんだ、あるじゃないか。ならそこに――って、初めて来た所だよね? なんでそんなに詳しいの?)
《詰所入口付近の壁にあった案内図や注意書等で確認しております》
(えっ! そんなのあった?)
《はい。それに、前に何度か来たことがあります。千年前ですが》
(あ、そう……ひょっとして、俺の与り知らぬところで現在もありとあらゆる情報を入手し続けてるってこと?)
《はい》
(……そっかぁ……)
つまり、俺が見逃してしまってもサリーさんがちゃんとフォローしてるってこと。
ほんと、チートだね。
まぁいいや、取り敢えず処置室のベッドに隊長さんを寝かせて様子を見よう。
俺は現在の状態――隊長さんを抱きかかえたまま立ち上がった。
日本にいるときのオヤジの状態の俺ならこんな事はしない。
立ち上がろうとした瞬間、腰をいわし、そのまま崩れ落ちて動けなくなったに違いない。
俺が隊長さんをお姫様抱っこしている状態にも拘わらず、周りは静かなままだ。
固唾を呑むってやつかな?
誰か一人くらい、隊長さんを心配してこちらに駆け寄ってもいいのにね。
そんなことを考えつつ、俺は詰所のある方向を向いた。
その瞬間――何かが俺の頭や首などに絡みつくと同時に視界を遮られ、何かが俺の唇に触れた。
想定外の事が起きて数秒ほど固まってしまった。
先程まで静かだった野次馬連中から発せられた怒号や悲鳴で我に返った俺は、隊長さんに唇を奪われたのだと直ぐに理解した。
軽いキスで終わるかと思いきや、さらに強く抱きつかれ、鼻息を荒くして口を尖らせながら掃除機のごとく吸い付いてきた。
俺は咄嗟にダブロスに搭載されたヘルプ機能の「離脱」を使用した。
瞬間移動や転移魔法を応用した「離脱」は敵に包囲されたり拘束されたりと、ピンチになったときに使用可能なダブロスに搭載されたヘルプ機能で、使用するとサリーさんの状況判断のもとに選出された地点に一瞬で移動して危機回避するというものである。
今回は先程までいた場所から1メートル後方に瞬間転移したようだ。
「い、いきなり何するんですか!」
俺は、支えを失って地面へと落下した隊長さんに文句を言った。
「あいたたた……いやぁー、私なりの愛情表現だったのだが……」
何事もなかったように、起き上がりながらそう答える隊長さん。
「な、何を言って――」
「私は予てより自分より強い者との子が欲しいと思っておったのだ。私と――」
「申し訳ありません。マキエル様との契約魔法により生殖機能が停止状態にあるので、貴女の希望は叶わないかと」
返答に迷う俺を見越して、サリーさんが俺を操って代わりに答えてくれた。
――っていうか、初耳なんだけど……。
《元々ダブロスに生殖機能はありません。ただ、正直に答えることもできないため先程のような設定にしてみました》
(まあ、俺がダブロスなのは秘密にしなきゃいけないから仕方ないよね。でも……そっか――)
《生殖機能が無いだけですので、行為自体は何の問題もなく可能です》
(………………)




