鬼の目にも涙
この訓練施設には鬼教官と呼ばれる女性がいる。
俺たち訓練兵は皆その人を尊敬している。
厳しく、時に辛いことを強いられるが、俺たちのためを思っている事を知っているからだ。
当然、ここに入所した当初は誰もが教官を恐れ、訓練前には憂鬱な気分を隠しきれていなかった。
特に昼食後一発目の訓練は集中力が切れやすく、ミスが多くなる。つまり怒られる確率が上がる。
一人がミスをすれば連帯責任で全員が走らされる。この訓練所を3周追加で。
補足しておくと、この訓練施設は一周7キロはある大規模な範囲である。それを三周追加だ。
おかしいと思うだろう。おかしいのだ。
「早く走れっ!」
今日も今日とて教官の怒鳴り声が飛びかっている。
心臓に直接響くような声。
体力だけでなく精神面も削りに来ているのだ。
「お前らのような貧弱な者が戦場で活躍出来るはずがないっ!ここで参るような無様を晒す奴は一生走っていろ!」
聞こえるのは怒鳴り声だけ。
少しでも口を開けば教官によるお仕置きが待っているから。ただでさえ疲労した体に、夜飯抜きや訓練施設一周、朝まで無限筋トレなどこっちの体調など知らないような態度でそんな事まで口にする。
しかも冗談ではない。
実際にその罰を執行された人は両手では数えられないのだから。
「そこっ!何ボケっとしている。走りたいのか?」
「い、いえ!今やりますっ!」
「そうだ。お前らは何の役にも立たない無能共だ!ここで鍛えておかなければ無能のまま死ぬのだからな!」
結局、その日も練習終わりに訓練所1周の追加が入ったのだった。
そんな日々が続いたある日。
朝の支度を済ませ食堂に向かうため廊下を歩いていると、教官室から声が聞こえてきた。
「戦場は今ギリギリの状態にある。ここの訓練兵を駆り出す」
「少佐、お言葉ですがここの訓練兵にまだその実力は……」
「兵の実力などどうでもいい。本部隊の回復の間の時間稼ぎになれさえすればな」
それは俺たちが使い潰しにされると言った内容で、俺は思わず自室に走り出してしまった。
(ちくしょう…俺らは死ぬためにここにいるわけじゃ無い)
午前中の訓練が始まるまでの時間、俺は布団に頭をうずめて一人そう叫んでいた。
訓練に参加しない訳にはいかない。
他の人の迷惑になる。
そんなネガティブな感情が俺を訓練に参加させた。
しかし来てみるといつもと違い教官の姿が違う。普段は動きやすいジャージ姿なのに、今日はスーツを纏いシャキッとしていた。
「今日はお前たちに朗報がある。初めての戦場に連れて行くことが決まった。喜べ、今までの訓練の成果を見せる時だ」
そこで一瞬、口篭り間が空く。
「だがお前らはまだ半人前。そのしょーもない人生を終えられるほど立派な人間では無い。お前たちを産んでしまった親のためにも……死ぬんじゃないぞ」
最後の言葉が震えていた事に気がついたのは果たしてどれくらいいたのか。
戦場に行けるという喜びにで聞いていなかった人の方が多かったのではないか。俺はここで初めて教官が鬼ではないように感じてならなかった。
初の戦場。
そして俺が聞いてしまった少佐と呼ばれた者の発言。
正直その時は腹が立った。
しかしそれは事実だったと知らしめられた。
訓練施設を出た時には100人以上はいた兵。
再び帰ってきた時にはボロボロで、半数近くを失って戻ってきた。
ありえない。
おかしい。
そんな感情ばかりが頭の中をぐるぐると往来し、戦場に行けると喜んでいた奴らも、今や絶望の色一色であった。
「お前たち……よく生きて戻ってきた」
帰ってきた俺たちを見て教官はそう言った。
それだけだった。
そうして次に運ばれてきた元々兵だった者の亡骸達。
無残にも誰だかわかる者は一人としていなかった。
教官はビニールシートが被さった亡骸の前にしゃがみこむと、涙を押し殺して言った。
「だから……言ったはずだ…死ぬんじゃないと…まだまだ未熟だと……」
生き残った俺たちは驚愕した。
泣いていたのだ。教官が。涙を押し殺していても分かる。まるで親が子供の死を悲しむように。
全員がここで知ったのだ。
この人は俺たちを死なせないために、ああして心を文字通り鬼にして訓練をさせていたのだと。
戦場の辛さを知っているから、生徒に死んで欲しくないと心から思っていたから。
「教官………」
俺たちは声をかけれなかった。
でも、決心した。
この人について行くと。
この人ならば俺たちを良い方へ導いてくれると。
それが教官を尊敬した瞬間であった。
鬼の目にも涙 : 普段は鬼のような無慈悲な人であっても、時には情け深い心を起こして、涙を流すことがある。
どうも、1週間ぶりに外に出た、深夜翔です。
久しぶりに陽の光を感じました。
知ってました…?太陽って…眩しいんですよ。
別に引きこもっていた訳では無いですけど、外に出る用事が無かったもので。
不健康な生活をしているのです。……定期的に外に出ようかな。
話は変わって、私深夜、Twitterにて更新のお知らせを毎日しているのですが、そこに今回のことわざ(タイトル)を載せた方がいいと今更気が付きまして。
改善していく次第でございます。
良ければフォローをよろしくお願いいたします。
ではまた明日……さらば!




