井の中の蛙大海を知らず
「今日の授業、つまらんかったなぁ」
高校1年生、3学期。
2年の分野選択も終わると、各授業に対してのモチベも人によって変化してくる。理系の生徒は国語や家庭科の授業が、文系の生徒は数学や理科の授業で飽きと退屈が来る。もちろん1年の内は全て受けなければいけないため、愚痴が出るのは致し方ない。
ちなみに俺は理系だ。
「現代文ってなんの意味があるの?昔の人が書いた文なんて読んでも無意味じゃん」
対する友人は文系である。
「いやいや、数学こそ意味わからんぞ。計算なんていつ使うんだ、四則演算出来れば充分にだろ」
こうなると口論の収集がつかない。
「数学は解くまでの工程に楽しさがあるんよ。難問をどうにか今の知識でチャレンジして、解けた時の達成感がいいんだって」
「アホか。それなら誰かが書いた小説は、自分では思いつかなかった意見とかを知ることに繋がるんだぞ。それこそ勉強の楽しさってやつだろ」
「他人の意見なんて無数にあるだろうが。数学は結論はひとつなんだ。全員の答えがひとつになるその瞬間が勉強してて良かったと思えるんだよ」
「同じ結果になるのなら初めから答えを知っていればいいだろ?答えが無い所から自分の意見を出し、他人の意見を知ることこそ至高だ」
放課後のこの時間、教室の隅でくだらない口論をし合う俺らを気にする輩は居ない。
よって結論が出ることも有り得ない。
「分かってないな〜過程も何も無い文章に面白みなんて無い。数学には1つの結論と多数の過程がある」
「そっちこそ分かってない。人の数だけ答えがあって然るべき。既に答えのある問題に意味はないだろ」
終わりがあるとすれば、互いに文系理系の楽しさに気がついた時だろう。
片側にしか興味のない今、この答えが出ることは永遠に訪れない。
井の中の蛙大海を知らず : 自分が今見えている世界がすべてだと思っていて、他の視点や考え方があることを知らず、見識が狭いという意味の言葉。
何故か傘を持って歩いて出かける日に限って途中で雨が止むんです。
ギリギリ自転車で行けると思った日は雨が強くなる癖に。
どうも、出かける予定のある日に雨はやめて欲しい、深夜翔です。
雨どころか昼間は晴れてましたからね。ふざけやがって。
話は変わって今回の『井の中の蛙大海を知らず』、調べてみたら続きがあるそうで。
『井の中の蛙大海を知らず、されど空の蒼さを知る』だそうです。
意味は、自分が見ている世界しか知らないがその世界の事は他者よりも良く知っている、だそうです。
ネガティブな言葉ではなくて、それはそれで素晴らしいと言ったことわざのようですね。
私としてはそちらの方が気持ち的に良いです。
それではまた明日……さらば!




