表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

いかないでよ


 いつだったか、聞いた気がする。お地蔵さんは子供の味方。苦しむ子供はみんなみんな、お地蔵さんが救ってくれるのだと。

 

 じゃあ、どうして。

 お地蔵さん。どうして希花(きはな)のことだけ、助けてくれなかったの――





 おまじない。何があっても大丈夫な、世界で最強のおまじない。

 少し低くて懐かしい声が、澄花(すみか)の名前を何度も呼ぶ。

 迷ってしまっても、ちゃんと、元の場所に戻ってこれるように。



「……お父さん、お母さん?」



 ありったけの気力を絞って、澄花は目をあけた。目に飛び込んできたのは、真っ白。久しぶりに見たせいか、目にしみて痛かった。



「澄花……よかった。目を覚ましたのね」



 澄花の真上に、見下ろすふたつの大きな影。端っこが震えたこの声は、お母さんの声だ。澄花は声の方へと手を伸ばす。



「覚えてる? お使いに行ってくれてたでしょう? その帰り道でね、木が倒れてきて……」



 澄花の手を強く握って、母親は言った。

 直撃はしなかったけれど、衝撃で吹き飛ばされてしまったのよ、と。



「……ゆめ、だったんだ」



 ああ、よかった。お父さんとお母さんが言うなら間違いない。あれは、ただの怖い夢。うっかり迷い込んでしまっただけの、ちゃんと終わりのある夢だったのだと。

 じゃあ、と澄花は周りを見回す。一緒にいた花月(かづき)と希花は、どこだろう。一緒に帰ってきたんだよね。



「きはなちゃんとかづくんは?」



 すると、母親の顔が歪んだ。口を真一文字に引き結んで、顔を逸らしてしまう。肩が、大きく震えていた。

 そんな母親の代わりに、父親が重々しく口を開く。



「花月はね、起きたんだ。でも、希花は……」



 その先を、父親は教えてくれなかった。言葉で教える代わりに、隣のベッドを覆うカーテンを開いた。

 声をかけてあげて、と父親は言った。名前を呼んであげて欲しい、と。

 何度も何度も呼び続ければ、奇跡が起きるかもしれないから、と。


 それだけ言うと、父親は言葉を詰まらせた。何かを隠すように、澄花に背を向ける。そのまま、部屋を出て行ってしまった。


 澄花は隣のベッドを見た。そこには、安らかな寝息を立てて眠る希花の姿。酸素マスクをつけられて、包帯がぐるぐるに巻かれた頭が痛々しい。

 けれど、希花は確かにそこにいた。手で触れられる。柔らかい頬も、温かい肌も、こんなに近くにあるというのに。


 どうして、お父さん。どうしてそんなことを言うの。

 希花ちゃんは、ちゃんとここにいるじゃない。

 あの夢の中から、一緒に、帰ってこれたじゃない。



「きはなちゃん……よかった。私たち、帰ってこれたよ」



 澄花は希花の額を撫でた。温かい、けれど、傷だらけの額。

 さっき、吹き飛ばされたって言ってたっけ。私は何ともないみたいだけど、希花はこんな重傷を負ってしまったのか。



「待ってるからね。ちゃんと、目を覚ましてね」



 ごめんね。私お姉ちゃんなのに、きはなちゃんのことを守ってあげられなかった。

 でも、こうしてちゃんと帰ってきた。だから、もう大丈夫。傷が治るまで、ずっと一緒にいるからね。


 ふと、澄花は花月のことも気になった。起きていたのなら、姿が見たい。きっと両親のところにいるだろうから、そちらへも行ってみようと。

 立ち上がって、希花に背を向けた。その時だった。



『すみかちゃん、かづきくん』



 はっとして澄花は振り返る。希花に呼ばれたと思ったからだ。寝起きの後みたいな、舌足らずの甘ったるい声で。

 希花は、ぱっちりと目を開いて澄花を見ていた。見つめて、見つめて、見つめて……射すくめられた澄花がごくりと唾を飲み込むと、希花は再び口を開いた。

 一語一語はっきりと、澄花に刻みつけるように。



『ほんとのおなまえ、きいちゃった』



 希花はぞっとするような微笑を浮かべて、そして、再び目を閉じた。

 そして、それっきり。希花が再び目を開くことは、二度となかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ