てをつないで
気がつくと、澄花は知らない部屋にいた。いつの間にか眠っていたらしい。どうしてだろう、かづくんを探していたはずなのに。
隣には、すうすうと安らかな寝息を立てる希花の姿があった。日に焼けた畳の匂いがする。おばあちゃんの家と似た匂いだ。胸いっぱいに深呼吸をしてみると、少し落ち着いた気がした。
「きはなちゃん、起きて。きはなちゃん!」
「うーん……すみちゃん? どうしたの?」
名前を呼びながら揺さぶると、寝ぼけまなこで伸びをする希花。よかった、と澄花は胸を撫で下ろす。よかった、ひとりじゃなかったと。
「すみちゃん……ここ、どこ?」
「わかんない……気づいたらここにいたんだ」
あらためて部屋の中をぐるりと見渡してみる。ここは、やや毛羽立った畳が並ぶ古びた和室。部屋の三方にはこれまた古ぼけた箪笥が置かれていて、その背の高さにせり出してくるような威圧感を覚える。その真ん中で、ふたりは寄り添って眠っていたのだ。
怖くなったのか、希花は澄花の腕にすがりついた。澄花もしっかりと希花の手を握り返す。
「かづくんもここにいるのかな」
希花が自信なさげにぽつりとこぼした。それは澄花も同じ思いだった。正直なところ、わからない……だが、ふたりは確かにあのけもの道をまっすぐに進んだ。その結果としてここにいるのならば、もしかしたら花月も……と、そう願うことしかできなかった。
その時、希花があっと短い叫び声をあげた。
「すみちゃん、あれ見て」
希花が指さす先を澄花も見る。そちらは箪笥に囲まれた三方ではなく、障子で仕切られた出入り口。ぴったりと閉じられていると思いきや、障子はほんの少しだけ開いていた。その隙間に、ころりころり。ピンクと緑の欠片が見える。
「……かづくん?」
あの色合いは、もしかして……いや、間違いない。あれは金平糖だ。さっき買って、そして袋を開けた。花月が持っていた、金平糖。
「辿ってみようよ」
希花の提案に、澄花は頷いた。
「うん、行こう」
澄花は希花の手をぎゅっと強く握った。怖さを手の中でぎゅっと握りつぶすように。
どうやら金平糖は部屋の外の方にも転がっているらしい。澄花と希花は廊下に出た。長い長い廊下だった。今しがたいた部屋を起点に、廊下は左右に延々と伸びている。どこかに光源があるのか、ぼんやりと鈍い光が廊下を照らしている。しかし、先の方は暗くなっていてよく見えなかった。
廊下を挟んだ向かい側は、ずらりと障子が並んでいた。ぴったりと閉じて、ぴんと張った紙には見渡す限りひとつも穴が空いていない。そういえば廊下にも、塵ひとつ見当たらない。恐ろしいほどに整然としていて、人の気配を感じない。なんだか、流れる空気すら冷たい気がした。
そんな廊下の左手に目をやると、等間隔に点々と、小さな影が転がっていた。
「またあったよ、金平糖」
その影は揺らめく光に合わせて、大きくなったり小さくなったりを繰り返す。
おいで、おいで。まるで、そう言ってふたりを手招きするかのように。
「かづくん、どこ?」
大きな声で花月を呼ぶ。澄花の声は長い長い廊下の先で、闇の中へと消えていった。
部屋は一体いくつあるのだろう。途方のない長さに、くらくらしてきた。その時だ。
――ひっく……すみちゃん、きはなちゃん……
奥の方の闇の中から、か細い泣き声が聞こえてきた。くぐもった声で澄花と希花の名前を呼ぶ。
「……かづくんの声だ」
澄花は走り出した。半ば引きずられるようにして希花も走る。
かづくん、かづくん。何度も何度も名前を呼んで、一心不乱に廊下を進んだ。
泣き声が大きくなってくる。その度に、澄花は大きな声で応えた。大丈夫だよ、すぐ行くからね、と。
澄花の耳にはこんなにはっきりと花月の声が聞こえている。だからきっと、花月にも聞こえているだろう。大丈夫、大丈夫。あと少しだよ――
そして澄花は、ついに見つけた。ずらりと並ぶ障子のひとつが、ほんの少し開いたままになっている箇所を。
意味ありげなその隙間の奥には、誘うように金平糖が落ちている。澄花は迷わず障子を開き、その部屋の中に飛び込んだ。
「かづくん!!」