第45話 「あーよかった。これはラブコメじゃないから、大丈夫だな」
あらすじ
みかんの日
携帯のアラームのよって心地よく目覚める。
特に眠気も感じないし、身体も軽い。軽くストレッチをして、身体をほぐす。とてもいい朝といえるだろう。
そのまま上機嫌で洗面所へと赴き、ドアを開ける。
「――なっ!」
「あれ? 兄さん?」
ユニットバス兼用の洗面所には、一糸纏わぬ、生まれたままの姿をした晴香が顔を洗っていた。
ちょっと、どういう意味か分からない。
「すまん!」
とっさに洗面所から飛び出る。
少し前から奇行が増えていたが、こんなタイミングで全裸なのは初めてだ。
「兄さんなら、もっと見てもいいですよ」
妹がそのまま洗面所から出てくる。
俺は急いで自分の寝巻きを晴香に被せる。
「ふぅ……朝からそういう事をするのは、不謹慎だぞ。やるなら別の時間帯にしなさい」
晴香を嗜めると、不承不承に洗面所へと戻っていった。
全く、これからはもっと言い聞かせないと駄目だな。
※
防衛所に出勤して、居間で時間を潰す。ただ、こたつに入っているだけだが。
もしかしたら、ここでこうして寛ぐ事ができなくなるかもしれないと思うと、物悲しくなった。
今後の判断で、防衛所は解体される。そんな事になって欲しくはないが、世論には逆らえないのだろう。
「おはよー大吾ちゃん。寒くなってきたねー」
10時手前に、雪絵さんが出社してくる。
かなり寒くなってきたので、コートを羽織っている。
「コートを預かりますよ」
室内では必要のないものなので、預かろうと腰を上げると、足が滑った。
そのまま、雪絵さんの足元へと滑り込んでいく。しかも、何故か、上向きでだ。
つまり、俺は雪絵さんのスカートを覗いている。
「そぉい!」
「!!」
雪絵さんが全体重をかけて俺の顔を踏みつけてくる。
顔が潰れて、脳みそが飛び出るかと思うほどの威力だった。
さすがは雪絵さん、ヘビーだ。
「何してるの、大吾ちゃん!」
「あ、足が滑ったんです!」
「下手な言い訳!」
罵声を浴びせられながら、身体を起こす。
まさか、こんな事になるなんて……大体、スカートの中が暗くてよく見えなかった。
いや、もしかしたら黒い下着だったから見えなかったという可能性も……。
「変態ー」
「ごめんなさい」
素直に謝っておく。これは全面的に俺が悪い。反省しなくてはならない。
「何か大きな声が聞こえてきたけど?」
居間に愛子が入ってくる。
凍結されているとは言え、ボウエイオーが気になって毎日点検しているらしい。
もしかしたら、愛子が一番ボウエイオーに思い入れがあるのかもしれない。
「聞いてよ、愛子ちゃんー! 大吾ちゃんがスカートの中を覗いてきたのよー!」
「うわ、大吾最低だな」
それは、足が滑ってからで、と説得しようとした瞬間、足がもつれて前に倒れそうになってしまう。
「痛っ!」
何か壁のようなものにぶつかってしまった。
こんなところに壁なんてなかったはずなのに……。
顔を上げると、そこには、半笑いの愛子の顔があった。
「どういう意味!? 普通、胸に飛び込んできたらそんな感想にはならないよな! 『痛っ』って、『板』とかけてんのか!」
いやいや、誤解ですって。
それは、本当に痛かっただけで、板とは無関係です。本当です許してください。
「ぐ、ぐるじい……」
結構な身長がある愛子に胸元をつかまれ、持ち上げられる。
生命維持に必要な空気が足りなくなってきた。
「最低、だなっ!」
そこからの、ボディーブロー。
防ぐ手段の無い一撃は容赦がなかった。慈悲はないんですか?
「また、同じようなことをしたら、分かってるよな」
「そうだー、そうだー、最低だー」
お腹の痛みに身体を九の字にまげているだけで、酷い言われようだった。
ボディブローが決まったせいなのか、なんだかトイレに行きたくなってきた。
「トイレ!」
ここは一時退散ということでトイレに逃げることにする。
「あ! 逃げた!」
「許しませんよー」
罵声を浴びながら、トイレへと駆け込む。
全く、ついてないと、思いながら個室に入ろうとドアを開ける。
と、そこには天地博士がいた。
洋式の便器に座っている天地博士はスカートを下ろしているわけで、もちろん、ショーツまで下ろしているわけで……。
「あ……う……」
「なんでいるんですかー!」
なんか、博士もギリギリっぽかったけど、俺はそれ以上にヤバイ。
これ以上、失態をしたら女性陣に殺されてしまう。
「失礼しました!」
凄い勢いでトイレから飛び出る。
もしかして、女性のトイレに入ってしまったのかと確認したが、やはり男子トイレだった。
しかも、今は10時くらいで、博士は出勤していないはず……。
一体、何が起こっているのだろう。
少しして、天地博士が男性トイレから出てくる。
「やっぱり、男子トイレじゃー……」
唐突な無言ドロップキック。
俺は吹っ飛びながら、意識を失うしかなかった。
※
居間のこたつに、女性3人が入っている。
そして、俺は入ることを許されず、立っていることを強要されていた。
「スカート覗きにー、おっぱい埋めにー、トイレ覗き……最低のオンパレードですねー」
「本当に最低だな! 女の敵だ」
「あ……うう……」
俺に罪状を言い渡す雪絵さん。語彙力の低い愛子の罵声。恥ずかしさの限界で声も出ない様子の天地博士。
処断されるために存在してる俺にとってはかなりの苦痛を伴う。
本当に何が起こっているのだろうか。
さっきから酷い目にしか遭っていない。
「いい訳させてもらいますが、今日はおかしいですよ。特にあんなに早い時間に天地博士がいて、しかも男性トイレにいるなんて、普通ありえない」
言い返されるのを覚悟して、こちらの主張を口にする。
「これは、ラッキースケベ症候群だな」
唐突にイケボが聞こえてくる。
センセイの声だけが、俺の心を癒してくれる。
「なんですかー? その病名はー……」
「聞いた事がある。ある日突然、ラッキースケベに見舞われるのだ。それも、スケベを起こすならどんなことも起こる奇病だそうだ」
ラッキースケベ。
それは、自分の意思とは関係なく、エッチなシチュエーションになれるという全国男子の憧れ。
だが、俺はそんな素敵シチュエーションに遭ったとは思えない。
「この奇病はラブコメにしか発症しないと聞く」
「あーよかった。これはラブコメじゃないから、大丈夫だな」
「本当によかったですねー」
そうか。
俺はそんな病気ではなかったんだ。
ラブコメなんてものは現実にはありえないから問題ないな。
「じゃあ、お詫びも兼ねて、お茶でも淹れてきますね」
「私も手伝うよー」
俺と雪絵さんはコンロ程度しかないキッチンへと向かうその途中、手が滑ってそのスカートを下ろしてしまう。
手が滑るとか意味が分からないが、とにかく起こったのだ。
なんと、微かな可能性だったはずの事象は、黒色の下着を導き出した。
「「「成敗!」」」
3人から袋叩きに会い、あっけなく意識を失った。
どうやら、三途の川に行ってきたらしかったが、一命は取り止めた。。
※
今日は本当に災難だった。
家に帰ればもうこんな不幸は起こらないだろう。
「ただいま」
元気がのない挨拶を口にして、部屋に入っていく。
「おかえり、兄さん」
そこには、朝見たのと同じ、生まれたままの姿をした晴香がいた。
なんて、ことだ。
ここでもこんな事が起こってしまうとは――
「ほら、晴香。そんな格好じゃ風邪引くぞ。全裸も程々にな」
着ていたコートを晴香にかけてやる。
全く、本当に風邪を引いたら駄目だろうに。
「兄さん、大好き」




