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第2話 「犬じゃねぇか!」

あらすじ

天地博士は友達がいない

 長机とパイプ椅子だけの質素な部屋から畳の居間へと通された。そこには大きな液晶テレビ、そこそこ大きめのちゃぶ台……まではいい。そこかしこにゴミが転がっている。

 お菓子の袋だったり、紙くず、スーパーのビニール袋など、ゴミが満載のゴミ袋も多数見受けられる。幸いなのは、放置すると異臭を放つ系のモノがないことか。おまけに犬までいる――犬?

 天地博士の手にはゲーム機――曰くシミュレータを抱きかかえている。親におもちゃを買ってもらった子供のようにワクワクした様子でシミュレータをテレビに繋げていた。


「やっぱりゲームですよね」

「シミュレータよ」


 天地博士はコントローラを投げて寄越す。受け取ったものは方向キーに決定ボタンらしきものが4つ。やっぱりゲーム機だ。


「さ、早速プレイよ!」


 ゲーム機であることを隠すことやめたようで、普通に起動している。

 こんなことで内定をもらえるなら、いくらでもやってやろうじゃないか。ここは俺のゲーテクを見せてやる。


完・全・勝・利!


 気が付けば、テレビの画面に大きく表示されている。その栄誉に預かったのは、俺じゃない。


「えー。弱ーい。雑魚が許されるのは、子供の頃だけだよねー」


 その言葉が余計に俺の気持ちを逆なでる。ゲームに自信がある訳ではないが、ここまで完膚なきまでに負けると余裕がなくなる。

 1VS1の格闘ゲーム。俺のキャラは薙刀を持った大男で、相手は大剣を持つ美少女。納得いかない。


「もう1回! もう1回だけだから! 先っぽだけでもいいから!」


 自分でも何を言っているかわからない。とにかく、屈辱だ。あの見下すように笑う博士が我慢ならない。


「どうしたんですかー? 何だか、別れを言い渡されて、みっともなくすがり付く男のような台詞が聞こえてきたけど?」


 何だか失礼な事を言いながら、居間にもう1人の女性がやってきた。

 茶色い髪にポニーテール、大きな赤いリボンで結んでいる。少し垂れ気味な目に、嫌な台詞を出した口は小さい。

 何より気になるのが、クッキーを齧っている。登場時にモノを食べているキャラは大食いキャラにされかねない。少しふくよかだが、太っているとは言い難い。


「雪絵ちゃんじゃない。貴女も一緒にやる?」

「あ、この人、面接に来てた子? ふーん。初めまして、榎本えのもと 雪絵ゆきえだよー」

「は、初めまして、山本 大吾です」


 いやに甘ったるい声が耳に残る。優しそうなお姉さん系な雰囲気を感じる。


「折角だし、私にもやらせて?」

「ぶーぶー、雪絵ちゃんいつも見てるだけだったのに!」


 天地博士は口を尖らせてどこかの子供のような文句を言っている。それを無視した雪絵さんはコントローラーを握ると、ゲームの続きを始める。

 先程は相手が悪かった。次は先程のように――


完・全・勝・利!


 天丼でした。申し訳ない。

 今度も完膚なきまでに叩き潰された。薙刀もった大男なら強いのではないだろうか。ゲーム性能とか別にして。


「これは流石にないわね」

「私もこれはちょっとどうかと……」


 大丈夫だ。こういう展開なら一発逆転、起死回生のテストがあるはずだ。


「じゃあ、私ともう一度勝負しませんか? 勝てば、採用を検討してあげる。負けたら、この部屋を掃除して欲しいなー」


 来た!

 柔和な笑顔の雪絵さんからの提案。今は天使のように見える。いや、女神か。


「当然、やります。やらせていただきます」

「大吾ちゃんは結構なりふり構わないね」


 雪絵さんは改めてコントローラを構えて見せる

 こちらも今度は負ける訳にはいかない。コントローラを握り必勝を誓う。そして、雪絵さんを見据える。


「ん? お菓子が欲しいのかな? でも、我慢してね。私のだから」


 ここは「じゃあ、食べてみる」って言う場面だと思う。これではただのお菓子好きお姉さんじゃないか。いや、今はそれ以上の情報がないな。


「ふっ……いざ、勝負!」


完・全・勝・利!


 はい、天丼。即落ち2コマ、いや、これは1コマ落ちか。最悪の結果だ。


「オペレータの私に負けるなんて、大丈夫? パイロット志望って本当なんですか?」


 この流れは不味い。駄目だ。だが、諦めるな。

 今ここで内定を諦めるわけにはいかない。諦めたらここで面接は終了だ。


「さて、準備運動はここまでだ。ここからは俺の時間だ」


 余裕を持って、卑屈になるな。常に優雅であれ、気高くあれ。


「お願いします! もう1度勝負してください!」


 DO・GE・ZA!

 気が付けばそうしていた。頭を畳に擦り付けていた。


「キミはそんなに自分を卑下しなくてもいい。ありのままでいいんだ」


 何処からか、男性の美声が聞こえてくる。最近風に言えばイケボだ。

 まるで、正義のヒーローかのような、格好良さを持つ台詞と声。一体何処から聞こえて――


「犬じゃねぇか!」

「犬だが?」


 声の主は先程見かけた犬だった。真っ白い犬で、尾も白い。

 どうしてあんな犬から声が? いや。幻聴か?


「幻聴ではないぞ、青年。真実から目を背けてはいけない」


 格好いい!

 犬なのに格好いい! いや、犬だから格好いい!


「センセイ、喋らない約束でしたよね」


 天地博士は犬――センセイと呼ばれていた彼に腹を立てていた。


「いや、申し訳ない。彼があまりにも不憫でな。老婆心ながら声をかけてしまった」

「センセイが喋ったら、私たちのキャラ持ってかれるじゃない! 美味しいところ総取り! みて、雪絵ちゃんなんて、キャラ立ちもできてないじゃない」

「博士? 後で話がありますから、残っててくださいねー」


 雪絵さんの笑顔が怖い。

 なんやかんやで、賑わしい職場だ。

 残念な博士がいて、お菓子が好きな所員がいて、イケボな犬がいる。

 楽しくなってきたじゃないか――面接中だけど。就職できないだろうけど。


「ああ、もう滅茶苦茶よ! そこの、大吾だっけ? 結果は後日、送付するから楽しみにしてなさい!」




 俺は毎朝の日課である郵便受けの確認をすると、味気ない薄い封筒が入っていた。

 結局、負けっぱなし、土下座、犬、ぐだぐだ、だったから仕方がないかと思いながらも、その中身を確認した。


「山本 大吾 様

 しょうがないから雇ってやるわ。ありがたく思いなさい。

 べ、別にあんたのことなんて気にしてないけどね。

 無職なんて可愛そうでしょ。

 私が雇ってあげるから、明日から日本防衛所に来るように。

 感謝しなさい。


 追伸

 居間の掃除を忘れるんじゃないわよ」


 手にした採用通知書を見つめたまま、体が固まってしまった。

 化石なみのツンデレ文書だ。いや、これはツンデレでもないな。ただの怪文書だ。この文書は天地博士だな、間違いない。

 確かに前にお決まりの文言で採用通知は出すなと以前思ったことはあったが、採用決定通知でこれはないんじゃないかな。

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