第1話 「ちょっと、コーラ買って来て」
あれから数日後のこと、俺は日本防衛所とかいうプレハブ小屋にいた。
長机とパイプ椅子のほかは窓だけの質素な部屋。窓からは住宅が見えるだけ。小さく狭い部屋は息苦しく感じる。
目の前には白衣を羽織り、短めの黒いスカートを履いた女性の面接官が、履歴書に目を通している。
綺麗な長い黒髪、細長い鋭い瞳に、真っ赤な口紅が引かれた唇が印象的な美人だが、態度が悪い。足は組んだままで、タバコを吸っている。
美人ではあるがあまりに態度が悪い。人間としてお近づきにはなりたくない。
「んー、初めまして、所長代理の天地 無双よ。気軽に天地博士って呼んでちょうだい」
天地博士の自己紹介はあまりに素っ気無かった。気軽にとは言ったが博士付けは気軽なのだろうか。
天地博士はこちらを見ることなく、俺が提出した履歴書に目を通している。
「――山本 大吾、20歳。最終学歴は普通科高校卒業。就職歴はなし。そして、彼女歴なしの童貞か……」
「うおおーい! 何勝手なこと言ってるんですか」
いきなり、何してんだこの試験官は! 失礼にも程がある。「職歴なし」までは確かに履歴書に書いたが、それ以降は向こうのアドリブだ。
「でも、本当なんでしょ?」
「いえ、彼女はいました」
「え? 本当に!?」
予想外な答えだったのか、天地博士は目を丸くして驚いている。何かしてやったりな展開を予想していたが、裏切られた結果になった。そんな気配を感じる。
まあ、童貞ですが。
「博士はどうなんです?」
「わ、私も――彼氏いたし、それぐらい、普通だし」
視線を漂わせながら、声を震わせ、顔を真っ赤にしている。思った事が顔にでるタイプのようだ。嘘を付けない。
これは間違いなく彼氏はいない。きっと、処女。男と付き合う出すと面倒になる奴だこれ。
「ふぅ……喉が渇いたわ」
面接が始まってまだ10分も経っていない。天地博士はかなり動揺している事が手に取れる。何か追い詰められたネコのように見えた。少し可愛いと思ったのは気の迷いだ。
「ちょっと、コーラ買って来て」
100円玉を手に握らせてくる。ただパシリにするより多少ましな気もするが、今時100円玉でコーラは買えないのでかえって悪質ではないだろうか。
「この牛乳で我慢して下さい」
昼食にあんぱんと一緒に食べるはずだった牛乳を長机に置く。少しもったいないが、内心がよくなるかも知れない。でも、握らせてきた100円玉はこのまま貰っておく。
「ありがと」といいながら、牛乳パックにストローを刺す。タバコを灰皿に置くと、一気に飲み干した。ずぞぞぞぞという音が静かな部屋に響いていた。
「キミ、意外といい人ね」
「そうでもないと思います」
この人のいい人基準が低すぎて、こちらが恐縮してしまう。男に免疫がなさ過ぎるのではないだろうか。それとも、対人恐怖症に近い何かかも知れない。
「そう、私たち何してたんだっけ?」
「面接だと思います」
「そうだったわね」と、天地博士は仕切り直しをはかった。もうボロが出すぎてこちらが恥ずかしいくらいだ。本人も振り切れないようで、まだ顔は赤いままだ。
「じゃあ、どうしてこの所に?」
「ロボットのパイロットという職種に惹かれました。私の技術がお役に立てると思った所存です」
「嘘ね」
こちらの嘘は見抜かれている。おべっか使ってもここでは逆に目立ってしまう。だからと言って、言い過ぎもいけない。程々にしなければならない。
「そんなの、待遇がいいからです。そうでなければ、こんな胡散臭いところにきません」
言ってしまった。ど真ん中、ストレートに、ついカッとなってしまった。
そんな俺の様子がおかしかったのか、天地博士は笑いをこらえている。そんな笑いポイントは無いような気がするのだが、博士にだけわかることだろう。
笑いを堪え切った後、天地博士は一瞬で真面目な表情になっていた。その視線はこちらを射抜く、真剣なもで養豚場へ行く豚を見るような目だ。さっきまでの駄目な博士は微塵も感じない。
すまん、晴香。兄ちゃんまた面接に落ちてしまった。俺は心の中で妹に謝った。
「そうよね。こんな胡散臭いところにくるわけないわよね」
「さっきのは嘘です。信じないで下さい」
真っ赤な嘘だが、こうでも言っておかないと、また不採用通知を受け取りかねない。またあの薄い封筒とご対面するのは避けたい。
俺の答えが気に入ったのか、博士は少し口角を上げた。
「ここはとある政治家の天下り先として設立された施設。いわば税金の無駄遣い。君の言ったとおり、胡散臭いのも当然よ」
「って事は、求人自体が嘘なんですか?」
正直、困った。ここに来たこと自体が罠だったわけだ。今度は不採用通知すらもらえないのだろうか。
「安心しなさい、求人は本物よ。ロボットがあってパイロットがいない方が不自然でしょ?」
博士が今までにない余裕の笑みを見せた。本来はこれぐらい余裕を持って俺と接するつもりだったのだろう。俺がそれを挫いてしまったが、もう後の祭りだ。
「ロボットなんてあるんですか?」
俺には天地博士が嘘を言っているようには見えなかったが、それを信じられるほど付き合いが長いわけではない。疑ってかかるのも当然だ。
「当然よ。この天才である私が、暇と税金を水湯のようにつぎ込んで、製作した防衛ロボ。構想5年、製作3年の大傑作。その名も『ボウエイオー』がね!」
天地博士は腕を組み、言い放った。その目にはゆるぎない自信の光が、強く輝いていた。
本当にあるのか?
そんなことに使われる、国民の血税も随分と無駄になったものだ。名前もかなりダサいし、何々カイザーとか何々リオンとかの方が格好良くないか?
名前に不満はあるが、本当にロボットがあるのか期待してしまい、テンションがあがってしまう。ロボットを前に興奮しない男子はいないだろうか、いやいない。
「どこにあるんですか! 見せてください」
テンションが上がってつい、長机から身を乗り出して天地博士に迫ってしまう。失敗したと思いつつもここまで来たら、引き返せない。
「見せるわけにはいかないわね。極秘事項よ! まだ入所が決まっていないキミには見せられないの!」
こちらのテンションを知ってか、向こうも気が乗ってきたようだ。もう、ノリノリだった。
「というわけで、今は私が作ったシミュレータを使って適正を図らせてもらうわ!」
天地博士が何処からかシミュレータを取り出した。それは、何処かで見たような気がする。ゲーム屋の店頭で見かけたことのある――
「シミュレータよ!」
「いや、これ、ゲーム機ですよね」
一気に盛り下がった。
「外見は同じに見えるけど、私が開発したシミュレータだって! 本当だからね!」
何故か天地博士の方がテンションが高い。
「あ、私も一緒にプレイするから、対戦しよ!」
あ、この人、友達がいないな。