嗚呼、懐かしの『我が家』よ
恥ずかしながら、新しい作品を掲げて帰って参りました
「……帰って、来たんだな」
手入れもされずに使い古された、くすんだ壁。
ひび割れが至るところに残る、木の板床。
長い間放置されている上に、ジュースで出来た染みや燃える何かを落として焦がした痕跡などが残る、ボロボロのカーペット。
いわゆる、以前に住んでいた誰かが必要な家財道具だけ持って夜逃げでもしてから、年単位の月日が経過したような廃屋……という表現が近しいかもしれないが。
それでも──ここは今日から「自分の城」となる場所なのだ。
「──ッ」
……状況を理解した『今』でも、まだ夢を見ているんじゃないか?
そんな風に考えて、自分の手で思いっきり頬をひっぱたく。
綺麗に乾いた音が鳴って、視界がブレた。
何度も「この方法で」「確認はしている」が。
これは、夢ではない。
全て『現実』なのだ。
(……やべ、ボーッとしてる場合じゃないか)
夢で見るまでにうなされた日々もあった。
そんな心が。身体が。そして記憶が。
今にも懐かしさに打ち震えていて大声で叫びだしたいところだが、そういう訳にもいかない。
手元のス魔ートフォンは、昼を大きく過ぎて夕方に近い時間を指している。ガラスにヒビは入っているが、辛うじて「窓」としての役割を果たしているソレからも空が夕焼け色に染まりつつあるのが見えた。
ここが今日から「家」となった以上──寝泊まりをするのはここなのは、変えようもない事実なのだ。
「さて、と……すぐ必要になるものは……」
残されているものでまだ使えるものがないか、物色を始める。
奥の部屋には、ボロボロだが使えなくもない執務机と椅子、埃たっぷりのベッドが残されていた。あとで埃を吸い込まないように外で叩いておけば、ベッドは一応使えるだろう。
あとは、今も使えるのか分からない古びたアイテムボックスもあったのだが、これは明日以降に調べればいい。
必要になりそうなものを手元の魔帳にメモして……ひとまずは、考えを整理する。焦ったところでどうしようもないのだし。
そこで、腹の虫がぐぅ、と鳴いた。
そういえば、昼からは何も食べていなかった気がする。
「リリア、飯にしよう。作業を止めてこっちに来てくれ」
「はいですー!」
部屋の隅に置いていたバックパックからレジャーシートとおにぎりを取り出していると、トコトコと女の子が歩いてきた。
背丈は自分の胸ほど……一見、小学生かと思えそうな可愛らしい姿だが、普通の小学生に「黒い巻き角」と「蝙蝠の翼」は生えていない。
彼女は、リリム、と呼ばれる魔族の中の1種族だ。
「何か見つかりましたか?」
「必要なものを調達しないといけない、という事実が見つかったな」
「うわぁ……」
露骨に嫌そうな顔をされても、それが事実なんだから仕方がない。
「とりあえず1週間分の食料はあるから、出来ることからしていこう。荷物は明日以降に届くらしいからね」
「わかりましたー」
はぐはぐ、とがっつくようにおにぎりを食べるリリアの頭を撫でながら、俺は窓の外を見る。
日が沈み、輝き出した夜空の星の配置は見たこともなく。
浮かぶ月は、大小1つずつ。
時おり、外から聞こえてくるおぞましい叫び声は、狼か、人のようなナニカの声か。
──ようこそ、魔界へ!
この地に降り立つ前に聞いた言葉を、俺は改めて実感していたのだった。