兄と妹と密室 6
「犯人さんが密室にこだわったわけ……導かれる理由は一つしかありません。松山加代さんを殺人犯に仕立て上げる事です」
淡々と話すメイの言葉に、奈美は胸の鼓動を感じた。
「……」
「犯人さんは殺害した田所勇太さんだけでなく、いえ、それ以上に松山加代さんに強い恨みを持つ人物ということになります。
腹を包丁で刺すという行為は短絡的で衝動的な印象があります。殺人までする意志はなかったものの、激情にまかせてその行為に及んだという感じです。
ですが、加代さんを殺人犯に仕立て上げる行動には、冷静さと強い意志のようなものを感じます」
人の恐ろしさと醜さを感じて、奈美は身震いしていた。
人を殺しておいて、その死体の側で別の人への恨みを晴らす計画を立てるなんて。
「犯人さんは随分、非情で豪胆な性格のようです」
犯人は田所と加代に、いったいどんな恨みがあったというのか……。
警察では殺された田所の人間関係を調べて、加代以外の容疑者が見つけられないでいた。
加代に強い恨みを持つ人物という視点で捜査をすれば、新たな容疑者が浮かび上がるかもしれない。
「それで? どうせ加代の人間関係も調べたんでしょ? 見つかる危険を冒してまで、加代を殺人犯に仕立てたいと思うほど、憎しみを抱く人はいたの?」
加代のことを何から何まで知っているわけではない。だが、罠にはめられるほど憎まれていたとは思えない。
加代はどちらかと言うと、庇護欲をかき立てられる妹タイプ。同年代からは、可愛がられる性格だ。
憎しみを抱くような人などいるのだろうか?
だが、奈美の質問に、健一は暗い表情を作った。
「メイの推理に該当する人物は、すぐに見つかった」
「み、見つかった? すぐに?」
意外な言葉だった。
健一がパソコンを操作する。
「松山加代はインスタグラムをやっていて写真をアップしている。これだ」
いくつかのコメント付き画像が映し出される。
田所の部屋で見たような二人のツーショット写真が並ぶ。コメント欄には『田所先輩』という文字も随所にある。
「これを見てどう思う?」
「どうって……仲の良い兄妹の写真だわ。実際、そうだし」
「奈美は二人が兄妹だと知っているから……でも、知らない人が見たらどう見える?」
「仲良しの先輩後輩……」
古川警部の言葉がよぎる。
認めたくはないが確かに「恋人同士とか……」と言わざるを得ない。
「仮に田所勇太に恋人がいて、二人の関係を知らなかったとしたら、このインスタを見てどう思う?」
「どうって……嫉妬するでしょうね。でも、田所にそんな人いなかったわ」
「でも、恋人候補となる人物はいたんだ。松山加代の供述に『友達を紹介する矢先の……』という言葉があったのを覚えてる?」
確かにそんな風に供述している。だけど、紹介する矢先ということはまだ紹介していないということでもある。
「それで恋人候補だというの? 話が飛躍しすぎじゃない?」
「紹介というと知らない同士を引き合わせることみたいだけど、もし、お互いが顔見知りである程度の噂を知る者同士だったら、もっと具体的に付き合うとか意識するんじゃないか?」
「そうかもしれないけど……」
奈美は釈然としないまま「その恋人候補が犯人だと言うのね。誰なの?」と聞く。
「その人物は二人が兄妹だとは知らない。紹介すると言っておきながら、陰で二人で馬鹿にして笑っていたんだと。合鍵まで渡している恋人同士だと知ってしまう」
「勘違いをしたというわけね。で、誰なの?」
健一はパソコン画面をスクロールし、ある画像のところで止めた。
女性二人の写真で『久しぶりの同級生と再会』という文字がコメント欄に並ぶ。
一人は松山加代。もう一人は……。
「愛知県警安田署交通課勤務……鹿島玲子」
目の前の画像と健一の言葉に、奈美は言葉を失った。
玲子が殺人犯?
違う違う。そんなはずはない。
加代と最近、会っていた?
だが、玲子から、そんな言葉は聞かなかった。
「え? どういうこと?」
そんな馬鹿なという気持ちを抑えるように、色々な場面が思い出される。
現場に向かった時、玲子は加代の存在にいち早く気付いた。
その時は玲子の記憶力や注意力が自分より勝っているだけのように思っていたが、実際は知っていたのだ。あの場所に松山加代がいるであろうことを。
加代の言葉にもあった。
『奈美も警察官なの?』
玲子が警察官だと知っていたから、『奈美も』と言ったのだ。
二人はすでに交流していたのだ。
「玲子と加代が、友人関係を再開させていたのはわかった。だけど、加代の友人や知り合いなんて、他にもいるはずでしょ? 玲子が犯人だとは限らないんじゃないの」
兄に紹介する加代の友人が、玲子である可能性は十分にある。だが、違う友人である可能性もあるはずだ。
現時点では、まだ犯人と特定はできない。
「奈美……僕とメイの話、聞いてた?
犯人は加代の友人で、兄を紹介しようとした人物。加代と田所が兄妹だとは知らない人物」
そんなことは分かっている。
加代の友人で、二人の関係性を知らない人物が犯人。
「ちょっと待って。玲子は高校時代の同級生よ。田所と加代が兄妹であることを知らないはずがないわ。やっぱり犯人じゃないじゃない」
健一があからさまなため息をついた。
「それは奈美の勘違いだよ。同じ勘違いを松山加代もした。高校時代の同級生なら、改めて二人の関係を説明する必要はないだろうとね。だけど、鹿島玲子は知らなかった。高校二年の秋に九州に転校し、愛知に戻ってきたのは高校を卒業してから。そして、田所勇太と松山加代が血の繋がった兄妹だと学校中の話題になったのは?」
「田所先輩が卒業した後だから、私たちが高校三年になってから……。玲子はすでに転校した後だ」
なんてことだ。
奈美はうなだれるようにうつむきながら考えた。
これはなんて悲しいすれ違いなのだろうか。
「高校当時からの友人は、ほとんど兄妹だと知っている。最近できた友人なら、もちろん兄妹だと紹介するだろう。結局のところ、鹿島玲子が一番怪しい容疑者と考えられる」
「玲子は勘違いで殺人を犯したというの……」
メイが抑揚のない言葉を繋げる。
「これまでの情報と未確定な部分を想像で補い、導かれる犯行の経緯を推理いたします。
鹿島玲子さんは高校時代の同級生松山加代さんと再会し、一つ上の先輩である田所勇太さんを紹介してもらう約束を取り付けます。
玲子さんは、憧れの先輩と付き合えるかもしれないと大いに喜びます。
田所さんも玲子さんのことを覚えており、会ってみたいと考えます。そのことが玲子さんに伝わり、さらに有頂天に。
会う前からもう、すっかり恋人気分だったのかもしれません。
ところが、仲介役である加代さんと田所さんが、仲良くデートを楽しむネットの画像を発見します。
あるいは、デートの現場を目撃したのかもしれません。
二人仲良く、田所さんのマンションへと入るところ、田所さんの留守中に、合鍵で入る加代さんの姿を確認したのかもしれません。
とにかく、合鍵を渡す恋人同士だと勘違いしてしまう。
玲子さんは逆上します。
二人にコケにされた。馬鹿にされた。笑いものにされたと。
そこで、二人の愛の巣である、田所さんのマンションに押しかけた。
寝起きの田所さんは、なぜ玲子さんが怒っているのかわからないが、とにかく部屋に招き入れた。
その部屋を見た時、玲子さんの怒りは頂点に達した。
一人暮らしの独身男性とは思えない、綺麗に片付いた部屋。
二人掛けのソファに加代さんとの楽し気な写真。
田所さんの話も聞かず、キッチンにあった包丁で、感情のおもむくまま殺害するにいたった」
奈美は頭の中で映像を浮かべていた。
玲子は美人で気の強いところが男子生徒に人気だった。田所が彼女を覚えていたこともあるかもしれない。
田所は学校中の人気者だった。玲子が憧れの目で見ていたことは十分考えられることだ。
玲子が激情にかられて、殺人……想像するだけで恐ろしい。
「殺人を犯してしまった罪から逃れるため、また、こうなった原因である加代さんを陥れるため、玲子さんは考えました。
加代さんを自分の代わりの殺人犯にしてしまおうと。
テレビのボリュームを大きくして、時間になるとスイッチが付くようにする。
隣の住人さんが扉を開けようとして、鍵がかかっていると確認させる。
田所さんのスマホから加代さんを呼び出し、第一発見者にすると同時に密室のトリックを使って加代さん以外に犯行が不可能であるかのように偽装した。
以上が現時点における推理の過程と考察のすべてになります」
なんてことだ……筋が通っている。
だが、その通りなら、玲子のしたことの罪は重い。
勘違いとはいえ、人を殺め、友人に罪を擦り付けたのだ。
もちろん、真相の究明にはまだまだ捜査を続けて、メイの推理を立証しなければならない。
だけど、おおかたはこの通りなのだろうと感じる。
「奈美、どうする?」
「どうするって?」
「このまま田所勇太の自殺ってことにすれば、奈美は高校時代からの友人を殺人罪で逮捕しなくて済む」
「そんなこと……」
できるわけがない。
健一の言葉にそう返そうとして、口ごもる。
殺人事件の犯人が誰かを知っていて、見逃すことなどできない。
だが……。
「それに現役警察官による殺人事件ともなれば、全国のトップニュース。大事件だ。署長の首が飛ぶくらいじゃすまない。奈美の出世にだって響くかもしれない」
奈美の頭に富永署長の穏やかな笑顔が浮かんだ。
「どうして署長の首が飛んだり、私がとばっちりを受けることになるのよ」
そう抗議する奈美に、健一は静かに首を振る。
「わからないけど、組織ってそういうもんだろ。ドラマとかだとそうなる……で、どうする?」
奈美は視線のようなものを感じて振り返る。
そこには一回りも年上だった夫、神崎守の笑顔の写真があった。
生前、口癖のように言っていた言葉を思い出す。
『僕は国民の安全と正義のために、警察官になりました』
奈美は立ち上がって、一度置いたバッグを再び掛けた。
「私は国民の安全と正義のために、警察官になったの」
「そう言うと思った」
笑顔で頷く健一の後ろでドアが開いて、あかねが顔を出した。起きてしまったようだ。
「ママ、またお出かけするの?」
「あかね……ごめんね。ママまだ仕事が終わらないの」
あかねを抱きかかえると、顔を摺り寄せる。
「そうだ、あかね。この人、知らないおじさんじゃなくてママの弟の健一。これから、家族としていっしょに暮らすことになったから、仲良くしてくれる?」
「健一?」
あかねの顔から、不信感まるだしの表情が浮かぶ。
まあ、仕方ないだろう。
「あ、あかねさん……きょ、今日から一緒に住むことになったけ、健一です……よ、よろしくお願いします」
突然、挙動不審な態度に変わりだす健一の姿に吹き出しながら、奈美は抱えていたあかねを下ろす。
しばらく会わないうちに、頼もしくなった弟だが、コミュ障なところは変わらないらしい。
少しの安心を感じ、うれしくなった。
「健一、あかねのご飯、よろしくね」
バッグからスマホを取り出しながら玄関へと歩き出す。
だが、足を止めて、振り返った。
「メイって名前……もしかして、メイ探偵……名探偵……っていうダジャレ?」
「……」
吹き出しながら、奈美は古川警部へと電話をかけたのだった。




