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兄と妹と密室 5

「この事件は現場が密室であったことが警察の捜査を混乱させた要因ですが、逆に密室であるということが事件の真相を明らかにする結果ともなりました」


 メイの説明に奈美は首を傾げる。


「警察の捜査の混乱って……なんで警察の捜査内容を知ってるの?」

「ああ、それは僕が愛知県警本部のパソコンにハッキングして……」

「ハ、ハッキング?」


 奈美は健一に掴みかかる。


「何考えてんの? それ犯罪よ。あんたのせいで警察、首になったらどうしてくれんの」

「まあ、落ち着いて……ばれないようにやったから……たぶん」

「たぶんって……」


 奈美は頭を抱えた。せっかく安田署の刑事課に配属されたのに……。


「まずは田所勇太さんの単独自殺であった場合……」


 メイが話を続ける。


「腹部を包丁で刺すという自殺方法に疑問を抱きます。その方法で自殺しなければならない明確な理由、例えば宗教上の理由であったり、尊敬する人の死に方をまねしたなどです。健一さんにそういう死に方の有名人、宗教などを調べてもらいましたが、見つかりませんでした」


 うわの空で聞いていた奈美だったが、メイが何か重要なことを言ったのではないかと気付いた。


「え? 何だって?」

「ちゃんと聞けよ。重要な話なんだから。メイ、もう一度、今のところを説明してくれ」


 そんなわけないのだろうが、メイの顔に面倒くささのような表情が浮かんだように見えた。

 メイの説明をもう一度聞いて、田所の死が自殺によるものではないと改めて思う。

 

「それは私も思った。自殺だとしたら、もっと怖くないというか痛くないというか……そういう方法を選ぶわよね」

「武士の切腹に似てるけど、写真で見る限り全然違うしね」


 健一がパソコンを操作すると、田所の死んでいた画像が映し出された。

 地味な部屋着らしいスエット姿。

 仰向けの状態で、包丁が腹から生えているように立っている。

 時代劇に出てくる覚悟の切腹とは、だいぶ違うようだ。


「死ぬ直前に松山加代さんにメールをしたことも気になります。妹さんに死体を発見させる理由とはなんでしょう? 大切な妹さんが殺人犯に間違えられるかもしれないリスクを冒してまで」

「確かに……」


 メイの説明に奈美は頷いた。

 言われるまでもなく、何かしらの違和感を感じていた。

 部屋にあった写真などからも、親密な関係であったと想像できる。

 仲良しの兄妹としてなのか、捜査本部の見立て通り、恋愛関係なのかは分からないが……。

 どちらにせよ、自殺であるなら遺書を残すはずだし、大切な人が疑われないように配慮するはずだ。

 アリバイが見つからなかったら、今でも警察は加代を疑っていただろう。


「よって、田所勇太さんの死が自殺であるという可能性は極めて低いと考えます」

「極めて低いということは、可能性があるってことね」


 奈美が頷く。


「違うよ。自殺ではないと言ってるんだよ、メイは」


 なら、そう言えばいいのにと奈美は思った。

 改めて考えてみる。

 確かに、自殺だとすればおかしなことが多い。

 誰かに殺害されたとみるほうが、しっくりくる。だが、それは密室でなかった場合の話だ。

 まさか……加代が犯人? いや、そんなはずはない。そう証明されたのだから。


「次に、松山加代さんによる他殺の場合を考えてみます」


 やっぱり、そういう話になるのか。


「ちょっと待って、メイは加代が犯人だと思ってるの? 加代にはアリバイがあるのよ」

「はい。松山加代さんにはアリバイがあります。ですから、何らかのアリバイ工作をしたとしての考察となります」

「まあ焦らないで、とにかくメイの推理を聞いてくれ」


 健一が奈美の肩を抑えてなだめる。仕方なしに、口をつぐむ。


「松山加代さんが犯人であった場合、田所勇太さんのマンションを密室にする理由がありません。現にそのせいで殺人犯として疑われる結果となりました」


 そこは奈美も同意できる。

 加代が犯人だとすれば、密室にする理由がない。


「これは松山加代さんのアリバイを証明するガソリンスタンドの防犯カメラの映像を、健一さんに頼んで入手したものです。自宅に向かう時と田所勇太さんのマンションに向かう時の二回、映っています」


 健一の操作によって、映し出された画像が二つ。

 車のナンバーどころか一枚は運転する加代の顔まではっきり映っている。もちろん、画像の日時も記録されていて、これによって加代のアリバイが証明された。


「別に変じゃないわ。完璧なアリバイよ」


 奈美には何について話を進めているのか、分からなかった。

 わざわざこの画像を示したということは、なにか意味があるのだろうか?


「はい。この二枚の画像から考えられることは、アリバイ工作の画像ではないということです」


 奈美は頭が混乱していた。

 アリバイを証明する画像とアリバイ工作ではない画像とどう違うのか?


「ごめん……何言ってるの?」

「防犯カメラの映像は見る側にとっては、どのくらいの範囲でどのくらいの画像度かは一目瞭然です。ですが、撮られる側の人間にはまったくわからない情報です」

「……」


 また何か難しいことを言い出した。

 頭を空にしてから、メイの言葉を反芻しながら考えた。

 カメラでグループ写真を撮る時、ファインダーを覗かなければ全員が撮影範囲に入っているか確認できない。撮られる側の人は、撮影者からの情報をもらわなければ、自分が写る状態なのかわからない。

 防犯カメラでも同じことが言える。


「この防犯カメラがたまたま広範囲まで、しっかりとした画像が撮れるタイプだったから、アリバイとして成立しましたが、タイプによってはまったく映っていない可能性もあったはずです」


 奈美はもう一度、二枚の画像を見比べる。

 確かにスタンドと反対側の車線を通る車のナンバープレートまではっきり映っているが、こんな画像度の防犯カメラばかりではない。

 撮影範囲、画像の鮮明度、この二つをあらかじめ確認しておかなかれば、とてもアリバイの証明として使えるかわからない。

 加代が犯人で、あらかじめ確認してあったとしても、別の疑問がわく。


「松山加代さんが何らかのアリバイ工作をするにしても、もっと確実な方法、例えば知り合いと顔を合わせるとか、どこかの店で顔を覚えてもらえるような揉め事を起こすとか、防犯カメラに映りこむ方法だとしても銀行やコンビニのこれ見よがし設置してあるカメラを使うはずです。よって、この画像はアリバイ工作の結果ではなく、たまたま撮られたものであると考えられます」


 奈美はほっと息をした。

 アリバイ工作なんて言い出すから、どうなることかと……。


「以上のことから、松山加代さんによる殺人の可能性は極めて低いと考えられます」

「加代が犯人ではないってことね……ってことはほかに真犯人がいるってこと?」


 当然、そういうことになるはずだ。

 だが、加代が犯人ではないと証明されたのであれば、加代の証言も信憑性が増すことになる。

 現場が密室であったことは、ほぼ間違いない。

 犯人はどうやって逃走したのかという謎が残る。


「残る可能性は田所勇太さんの死が他殺であり、かつ松山加代さん以外の者による犯行となります」

「待って……でも、現場は密室よ。密室の謎を解かない限り、その可能性も『極めて低い』ってことになるんじゃないの?」

「重要なのはそこじゃないけど……」


 健一がパソコンを操作しながら桜町の現場マンションの画像、見取り図などを画面に映した。


「先に密室のからくりを説明してくれるか、メイ」

「わかりました。この密室事件の場合、部屋外部に犯人がいて外から攻撃を加える方法、内部装置による方法は除外いたします」

「え? 外部? 内部装置?」


 頭に?マークのついている奈美に、健一が補足を入れて説明する。


「犯人が密室の外にいる場合は除くという意味。例えば外から包丁を投げつけるとか、時間になると包丁が飛び出す仕組みの装置があるとか……。現実性から考えてそんなの無理だから、殺害時、犯人は密室の中にいたと想定して考えるということ」

「なるほど……」


 奈美は理解した。

 それらの方法ならもっと不審な死に方だろうし、なんらかの装置なら警察が見逃すはずがない。


「それでいいわ」

「部屋の外部に犯人が出る方法ですが、真夜中なら可能でも午前七時という時間帯でベランダから逃亡できる可能性は極めて低いと考えられます。また、鍵のかかったドアから逃亡する可能性もありません。つまり、この部屋はほぼ完全な密室であったと考えられます」

「じゃあ駄目じゃない」


 奈美は思わずパソコン画面のメイに詰め寄る。


「密室の謎は解けてないわ」


 だが、画面のメイの表情は無表情のままだ。


「残る可能性は……松山加代さんが鍵を使って密室を解くまで、犯人さんは密室の内部にいた、ということだけになります」

「……はい?」


 何を言い出すかと思えば……それでは主犯が別にいたとしても、加代が共犯ということになってしまう。先ほど、加代が犯人ではないと結論付けたばかりだ。矛盾が生じる。


「加代が共犯者ってことがいいたいの?」


 奈美が問いただす。


「……」

「……」


 健一とメイはお互いを見合わせたが、何も言わない。沈黙が流れる。


「どうしたの? 私、なにか変なこと言った?」


 奈美が不安にかられてつぶやく。

 やがて、「ああ、そういうことね」と健一が笑い出した。


「そうじゃないよ。松山加代は犯人じゃない。そういう説明をしたはずだろ」

「そうだけど、加代が鍵を開けるまで、犯人は中にいたんでしょ? それなら、加代と犯人は顔を合わせているはずだし、それを言わないということは……あれ?」


 奈美は自分の言っていることが、おかしいことに気付いた。

 そもそも加代が犯人の一人なら、実行犯が加代の到着を待つ必要がない。


「松山加代をメールで呼び出したのは誰?」


 頭の整理がつかないうちから、健一の質問がくる。


「誰って、兄の田所勇太でしょ……いや違う、田所勇太を殺害したあと、そのスマホから犯人が呼び出したんだ」


 田所本人がメールを出したとするよりは、犯人がメールしたと考えるほうが自然だ。

 そもそも、なぜ、そんなメールを出したのか?

 何度も考えたが、犯人が密室にこだわった理由もわからない。


「正解。松山加代は利用されたんだ。犯人によって密室から逃亡するために」

「どういうこと? 加代は部屋には誰もいなかったと証言しているわ」


 健一はそれには答えず、「メイ、続きを」と言って画面を見る。


「犯人さんは松山加代さんを呼び出して、鍵を開けさせます。廊下の突き当りにある二枚のドア、寝室とリビングのうち加代さんが開けたのはリビングでした……犯人さんの誘導によって」

「誘導? たまたまじゃないの?」


 奈美は首を傾げる。

 田所が病気で寝込んでいることを心配していた加代なら、寝室をまず覗く可能性もあったはずだ。


「いえ、加代さんはこう証言しています。『テレビの音が聞こえた』と」

「ええ確かに……そうか! テレビの音が聞こえたので、てっきりテレビの置いてあるリビングにいると思ったわけね」


 これなら確実にリビングへと誘導できる。


「犯人さんは死体のある寝室にいた。そして、加代さんがリビングに入ったところを見計らって廊下に出て、鍵の開いたドアから外に出た……というわけです」

「そ、それが密室の謎だって言うの?」


 奈美は気が抜けるのを感じていた。

 解けてみればなんてことはない簡単なトリック。こんな単純なことに気付かなかったなんて……だけど、なにか釈然としない気持ちもある。

 少し考え、ようやくそのことに気付いた。


「もしそれが真相だとしても疑問が残るわ。そんな面倒なことしなくても、さっさと逃げればよくない? 犯罪者というのは、出来るだけ早く現場から立ち去ろうとするものよ。ドアの鍵を開けたまま逃げた方が見つかるリスクも減るし……密室にこだわる必要がない」


 自分が殺した死体と四~五十分、同じ部屋にいたことになる。それは考えにくいことだ。


「そこだよ、奈美。『どうやって密室にしたのか?』が重要じゃないと言ったのは『なぜ密室にしたのか?』が重要ってことだからなんだ」


 健一の言葉に、本日何度目かわからないが、奈美は小首を傾げることとなった。





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