誠実な男 6
静まり返った取調室で稲垣竜一は息を呑んだ。
証拠……いったい何を言っている? 何を間違えたというのか?
目の前の女刑事は、まっすぐ目を向けてくる。
「証拠? そんなはずはない。私は父を殺してなどいない」
「じゃあ、これは? これがあなたではないとでも?」
女刑事が差し出したスマホの画像、あの夜に屋根の上から雨といを使って氷の球を転がしている自分だった。
竜一は背筋を伸ばした。
改めて確認する。
確かに、あの時のもの。顔も服装も、しっかり写っている。
なぜ、こんなものがある?
あるはずがない。
あの辺りは夜になると、めっきり人通りがなくなる。
そして、雨の日だった。
何度も確認した。
あの夜、あの場所に人の姿はなかった。
こんな写真を撮れる者など、いなかったはずだ。
「日付も時間も記録されています。
弥彦さんが殺された日の午後十時十五分です。
あなたのあの夜の行動を目撃した人が、こっそり写真を撮っていました。
これは動かぬ証拠です」
「うそだ……そんなはずはない」
女刑事は笑みを浮かべていた。
若くて経験の少ない、どこか間の抜けたような顔の女。
この程度の刑事による取り調べなど、随分なめられたものだと感じていた。
だが、違った。
軽く見られていたのは自分のほうだ。
「事件のあった夜、何曜日だったか覚えています?
月曜日です。
そして、月曜日は克次さんが弥彦さんに、花壇に水をやるように命じられた日です」
思い出した。
確か、先週の月曜日も克次は花壇に水をやっていた。
そのために、革靴が汚れたのを覚えている。昼過ぎのことだ。
だが、それがどうしたというのだ?
「……」
「あの日、雨のため午後から仕事がなくなり、克次さんは家に帰りました。
しかし、夜になって、まだ花壇に水をやっていないことに気付き、戻って来ていたのです」
「……そんな馬鹿な。だって、雨が降っていたのですよ。
水をやる必要なんてないじゃないですか?
わざわざ戻ってきてまで、水浸しの花壇に水をやるなんて……」
それはそうだろう。
いくらなんでも、雨の日のしかも夜中に、花壇に水をやりに来るなんてことがあるわけがない。
そんな奴は、余程、頭が固いか、弱いか……。
「克次さんにとっては関係ないことだったようです。
月曜日に花壇に水をやる。
雨が降っていようが、いまいが、与えられた仕事を忠実に……そういう人だったようです」
「うそだ。そんな奴いるわけが……。
だいたい、克次はあの時、何も言わなかったじゃないですか?」
弥彦の遺体が発見された日、克次は警察にいろいろ質問されていた。
前日の夜に現場にいたなんていう重要な事、言わないはずがない。
「あの時というのは、遺体発見の日ですね。
私たちは、克次さんに色々な質問をしました。
ですが、
『前日の夜にここに来ましたか?』
『その時に、誰か見ましたか?』
などという質問はしていませんでした。
聞かれなかったから答えなかった。ということらしいです。
改めて先日、事情聴取したところ、ちゃんと答えてくれました。
あの夜、あなたを見たとね」
「……」
「克次さんは弥彦さんに、『竜一がおかしな行動をしたら、知らせてほしい』というような依頼もうけていたのだそうです。
だから、あなたを見かけて姿を隠し、こっそり報告用の映像を撮っていたということでした。
残念ながら、報告するべき人がいなくなりましたが、そのまま保存していてくれたので助かりました。
それがこれです」
「……」
信じられなかった。
あの夜、あんなに時間をかけて、慎重に完璧にと作業を進めていた。
それが、こんな馬鹿な理由で目撃され、証拠まで押さえられていたとは思わなかった。
まさか、あの克次に足元をすくわれるとは……。
竜一は崩れるように、うなだれた。
もう、言い逃れなど、出来ないのだから。
「もうすぐ、逮捕状も発行されます。殺人を認めますね?」
竜一は静かに頷いたのだった。




