表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/39

不条理な殺人 7

 厚手のジャンパーを身にまとい、岡本健一は病院の門の前に立っていた。

 風もなく暖かな晴天の昼間だが、寒さの苦手な健一は、もう既に真冬のように着込んでいる。

 サングラスをいじりながら、左右の道路を見回していた。


「ここまでする必要なんかあるのか? メイ」

「もちろんです。

 彼女の考えがこの事件を解くカギとなるはずです。直接会って確かめます」


 半透明のメイが答えた。

 秋バージョンのメイの姿は大人びて見える。長い髪がふわりと揺れた。


「健一」


 奈美の声がした。

 見ると、パトカーを背に、こちらに向かって駆けてくる。


「遅いよ、奈美」

「遅いはないでしょ、急に呼び出したりして。それで? 事件の重要な話って?」

「もう少し待って。もうすぐ出て来るはずだから」


 健一は病院の方に目をやる。


「ん? 産婦人科の病院……あんたまさか誰かをはらましたんじゃ」

「なんで俺がそんなことするんだよ。佐藤好美を待っているんだよ」

「……え? 佐藤好美って柳原の被害者の? なんで産婦人科に……まさか妊娠?」


 奈美は知らなかったようだったが、健一はメイに言われて調べていた。

 佐藤好美は妊娠している。

 おそらく柳原道夫の子供であろう。


「それを奈美に確認してほしいんだ。事件を知るうえで、とても重要なことだから」


 奈美の表情が険しくなった。

 性暴力を受けただけでなく、妊娠までさせられていた。

 被害者のことを思えば、やりきれなくなるだろう。


「でもどうして? 事件後病院での処置は受けたはずでしょ? 妊娠するなんてことが……」

「あるんだよ。緊急避妊薬を飲んだとしても、百パーセントの効果ではない」

「そんな……」


 奈美の背中越しに、病院の玄関から出て来る佐藤好美の姿が確認できた。

 疲れた様子ではあるが、一人でしっかり歩いていた。





「堕胎はしません。産みます。父にもそう伝えました」


 公園のベンチに背筋を伸ばして座る好美は、はっきりした口調でそう言った。

 滑り台で遊ぶ小さな男の子の声。手を叩いて喜ぶ母親の姿。

 好美はそれらを見て、口元を緩める。


「あんな男の子供を、あなたは産んで育てるというのですか?」

 

 奈美は眉を寄せている。

 健一は黙って、好美の顔を見ていた。

 レイプ被害者は精神的障害を抱える場合が多い。

 正常な判断ができないほどに病んでいる? いや、そういう風にも見えない。

 とても強く、気高い女性のように感じる。


「この子は生きています。私の子です。殺させはしません」

「一人で育てると?」

「はい」


 迷いなど微塵もないように答えた。

 健一には信じられなかった。

 一人で産んで育てるのは、身体的にも精神的にもたいへんなことだろう。

 ましてや、レイプされた男との間にできた子供だ。

 憎くて当たり前。

 なのに、愛情すら感じているようである。


「母は強しですね……」と、メイが言う。

「メイは理解できるのか?」

「理解はできません。人の感情は理解するものではなく、感じるものです」


 なにか哲学的な言葉だ。どこで、覚えた?


「なにか感じたのか?」

「さあ、どうでしょう? 私は人ではありませんから……」


 メイはやはり、無表情なままだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ