不条理な殺人 5
「つまり、柳原道夫さんのアリバイを崩せないか、ということですね」
「そう、なにか方法があるはずなんだけど、思い浮ばなくて」
岡本健一は、台所に立ちながら、奈美とメイのやり取りに耳を傾けていた。
奈美は風呂上りに着替えたティーシャツのまま、ダイニングテーブルの椅子にあぐらをかいて、缶ビール片手にモニターと話をしている。
とても二十代の婦人には見えない、あられもない恰好。
メイは秋色のチェックのワンピースに、三つ編みにしたワインレッドの髪、深緑のベレー帽を斜めに被ったスタイル。
奈美に言わせると「文学少女みたい」な姿にしてあった。
健一は湯飲みに入ったほうじ茶を片手に、奈美の隣に座る。
「いいのかよ、警察情報を人に教えたりして」
「いいわけないでしょ。ていうか、あんたたち勝手に調べるじゃない」
数々の事件をメイの推理が解決に導いている。
奈美も認めざるを得ないようだ。
「方法はいくつか考えられます。酒に酔い、睡眠薬を飲まされた被害者なら、うまく騙すことも可能でしょう」
「本当? 例えば、どんな風に?」
メイの言葉に、奈美が身を乗り出す。
「分かりやすいので言うと、時間の誤認があります。
酒の席では時間の感覚が鈍くなる。
楽しければ短く感じる。つまらなければ長く感じるものです。
前もって店の時計を細工したり、被害者の時計を細工すれば、実際の時間を誤魔化すことができるでしょう。
それを利用すれば、人を殺せる時間くらい確保できるかもしれません」
健一は眉をひそめた。
確か、そんなトリックが推理小説にあったはずだ。
しかし……。
「なるほど……時間を誤認させるか……かなり大変そうなトリックだけど、できるかも……」
いやいや、そんな大掛かりなこと、現実的には難しいだろう。
「他には?」
「人物を誤認させる。
酩酊状態の被害者になら、途中で人が入れ替わっても、気付かれないかもしれません。
柳原のふりをする人物にその場を任せ、犯行を終えてまた入れ替わるといった具合です」
健一は首を傾げる。
それも、何かで読んだことのあるトリックだ。
「おお、それもできるかも。
匂いとか声とか工夫すれば、意外と騙せるような気がする」
まじか、奈美?
「他には?」
「そもそも、柳原は直接手を下していない。殺しを誰かに依頼した」
「殺し屋ね。あり得るかも」
殺し屋まで出てきてしまったら、もうなんでもありなんじゃないか? と健一は思った。
その後も、二人の会話は盛り上がる。
いや、盛り上がっているのは奈美だけで、メイは淡々と会話を続けていただけ。
満足したのか、「明日から、また捜査がんばろう」と言い残し、奈美はあかねのいる寝室へと向かったのだった。
奈美を見送ったあと、健一はモニターのメイに顔を向ける。
「メイは柳原道夫が犯人だと思っているのか?」
湯飲みを傾けながら、メイに尋ねた。
「いいえ」
湯飲みを止め、メイを見る。
「いいえ? 違うのか? なら、どうして奈美にあんな推理を?」
「奈美さんの依頼は、『柳原道夫のアリバイを崩すには、どうしたらいいか?』だと解釈したので、その方法論をお伝えしたまでです」
そういうことかと健一は納得した。
メイにしては、あまりにも具体性のかける推理だと感じていた。
確かに、奈美はそういう聞き方をしたと思い出す。
そもそも、奈美の話だけでは事件の情報が少なすぎて、事件の理解が少ない気がする。
メイは事件の真相とは関係なく、律儀に奈美の問いに答えただけのようだ。
「小平幸助が殺害された事件。その全貌を明らかにするため、捜査、推理する」
このままではスッキリしない。それなら、いっそ解決してしまった方がいい。
「了解しました」
健一は湯飲みを握りながら、少し考えた。
「やっぱり、明日からにしよう。今日はもう眠い」
あかねと奈美を送り出した後、ゆっくりやろうと思い直す。
「……了解しました……おやすみなさい」
メイの表情が心なしが残念そうに見えた。
だが、きっと気のせいだろうと思い直し、健一は立ち上がった。




