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兄と妹と密室 3

 第一発見者である松山加代の事情聴取は当然のことながら県警本部の捜査官によるもので、奈美は立ち会うこともゆるされなかった。だが、古川警部の顔で捜査情報が入り、次々と色々なことが分かった。


 松山加代の夜勤の仕事が終わったのが、午前六時。

 職場を車で離れたのが遅くても、六時三十分頃。

 岡崎市の自宅近くの交差点でメールに気付いたが、田所宅のトイレットペーパーが少なくなっていることを思い出し、いったん帰宅して買い置きしているトイレットペーパーと食料品を車に乗せて自宅を出ている。それが七時十五分頃。

 田所のマンションで遺体を発見し、すぐに通報。その時刻が七時五十五分。

 移動距離とかかった時間に、不審な点はない。

 ないのだが……。


「松山加代が一度帰宅したことの証明がない。加代は一人暮らしだし、誰とも会わなかったと言っている。つまり、アリバイがない。職場から直接田所のマンションに行けば、死亡推定時刻の午前六時から七時に、犯行が可能だ」


 古川警部に言われ、奈美は頭の中で移動時間を整理してみる。加代の職場から田所のマンションまでなら車で二十分、遅くても三十分あれば着くから犯行は可能だ。


「確かに……」


 現時点ではまだだが、加代の証言を裏付ける証拠が揃えれば、無実を証明できる。

 聞き込みをすれば、加代の車に気付いた人が見つかるかもしれない。どこかの防犯カメラに映っているかもしれない。

 まだ、やれることはある。


「松山加代は田所の部屋のチャイムを鳴らしてみたが、一向に扉があかない。もう一度鳴らす。出てこない。ドアノブを回して鍵がかかっていることを確認してから鍵を開け、中に入った」


 加代の行動に問題はないだろう。

 病気かもしれない兄が玄関を開けてくれないからといって、そのまま帰るわけにはいかない。

 鍵を持っているなら、開けて入るだろう。


「当然そうしますね。呼び出しておいて留守はないでしょうから、病気で動けない可能性もありますし」


 古川警部も頷く。

 

 中に入り、『先輩! 勝手に入るよ』と叫ぶ。返事がない。だが、リビングから大きめのテレビの音が流れていたので、聞こえなかったのかと思った。

 まず、トイレの棚にトイレットペーパーを置き、洗濯室の洗濯ものを確認する。

 リビングの扉を開ける。姿がない。キッチンの方も見るがやはりいない。

 病気で寝込んでいるのかと寝室の扉を開けると、ベッドの上で血だらけになって絶命している兄の姿を発見。もちろん、部屋には他に誰もいなかった。


 加代の証言は具体的で、勘違いという線はなさそう。つまり、本当に鍵がかかっていたのだ。

 犯人はなんらかの方法で、ベランダから逃げた。

 通行人に気付かれることなく。

 その場合、玄関のドアから逃げることが出来なかった理由があったはずである。

 または、玄関を施錠しておかなければならなかった理由が……。


 もう一つの可能性は、田所勇太の自殺。

 密室の中に死体があり、犯人の出入りがなかったとなれば、そういう結論になる。

 ただ、釈然としない気持ちは残る。

 メールで呼び出しておいて、自分の死体を妹に発見させる……そんなことするだろうか?

 自殺の仕方も不自然だ。遺書もない。

 

「松山加代が合鍵を持っていたのは、兄の留守中に掃除やら洗濯やらをしてあげるために預かっていたということだ」

「田所勇太に恋人はいなかったのですか?」


 密室のことはともかく、他に容疑者となり得る人物はいないのか?


「ああ。加代の証言によると、なかなか恋人ができないので友達を紹介してあげると約束した矢先のことっだったらしい。田所の職場でも確認したが、特定の女はいなかったということだ。ただ……」

 

 古川警部が言葉を詰まらせる。


「なんですか?」

「世話好きのかわいい妹がいると自慢していたようで、シスコンだと噂されていたらしい」

「……」


 奈美は肩を落とした。

 これでは、ますます加代が怪しくなってしまう。本部の捜査の方向性は、兄妹でありながら男女間の痴情のもつれによる犯行となっているのかもしれない。

 このままでは、まずい。自分が何とかしないと。

 奈美は焦りを感じていた。


「……金銭トラブルとか、田所が死ぬことで得をするような人物はいないのですか?」

「今のところはない。現状、これが他殺であった場合、一番疑わしいのはやはり松山加代だ」


 古川警部の言葉が、奈美の心に突き刺さる。

 加代が犯人。刑事課に所属して初めての事件が、高校時代の友人による殺人事件。

 いや、まだだと奈美は考え直す。まだ決まったわけではない。

 加代のアリバイを証明できさえすれば、無実が確定する。

 奈美は警察署の廊下を走り出していた。


「おい、どこに行くんだ」

「加代の自宅周辺で聞き込みをしてきます」


 密室の謎とか犯人の動機とかは、取りあえず後回しだ。加代の無実を証明するのが先だ。


「待て! 電話だ……課長からだ」


 奈美は慌てて急ブレーキをかけて転びそうになる。


「はい……本当ですか? わかりました、とにかく、刑事課に戻ります」


 と言って古川警部が電話を切ると、奈美にこう言った。


「松山加代のアリバイが確定した……田所勇太は自殺だ」



 

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