勇者の剣 4
「これって死体のコスプレ? じゃないよね」
お目当ての買い物を終え、ひと通り見て回った若い二人組の女性たち。
たくさんの手荷物をかかえ、混みだす前に帰ろうと駐車場に戻っていた。
軽のワゴンに、もたれかかって座っている男がいる。
「本物だよ。だってここ会場から離れているし、駐車場の中だよ」
男は派手なアロハシャツ、フチなしの細いレンズのメガネ、オールバックの髪型。
チンピラ風の姿にコスプレしているように見えなくもない。
現代設定のアニメの中に悪役として登場しそうな感じだ。
だが、その腹部から生えているように突き刺さっているのは、RPGゲームに出て来る勇者が持っているような立派な飾りの剣。
世界観が違う。
そして、男はピクリともしない。
二人は顔を見合わせる。
その顔が次第に崩れ始め、大きく息を吸った。
「イ、イ、イ、ヤーーー!」
「ア、ア、ア、アーーー!」
持っていた紙袋とビニール袋をぶちまけ、車の間でお互いを支え合うようにしゃがみ込んでしまった。
吉村かえでと手をつないで歩くあかねの姿を見ながら、健一は歩いていた。
人混みにも少し慣れてきたのか、不快な気分はなくなっている。
「キャロットプリプリリンが……」
「パンプキン大佐の……」
楽しそうに話す二人を見ながら、健一はほっとしていた。
一時はどうなるかと思ったのだが、吉村親子のおかげであかねは楽しい時間を過ごせているようだ。
奈美にも面目が立つ。
この会場のどこかで職務中のはずだがと、辺りを見回してみた。
「どうされました?」
かえでとあかねが先に歩いていくので、自然と吉村さくらと並んで歩くことになった。
声を掛けられ、そのことを意識する。柔軟剤のいい香りがした。
まずいと思った。
考えないようにしていた。
だが、考えてしまった。
緊張のボルテージが上がる。
「い、いえ……だ、大丈夫です」
なにが大丈夫なんだ? と自分にツッコミをいれて気を紛らした。
奈美に対しては平気だし、あかねとも気にならなくなったが、やはり人と話すのは苦手だ。
特に女性となると会話にならないくらい緊張する。
小学生のころから女性と目を合わせることさえ難しい。
健一たちが向かっているのは、吉村親子にチケットをくれた、隣に住むアニメショップの店員が働いている出店だった。
あかねとよく行くショップなので、身体の大きいという特徴だけで、どの人物か思い浮かべることができる。
吉村親子がお礼に顔を出すというので、健一たちも同行することにした。
こちらからも感謝を伝えなければならない。
「見えてきました。あれで……す?」
指をさしながら声を上げたその語尾が小さく疑問形になっていて、健一は吉村さくらの顔を見た。
眉を寄せて遠くを見ている。
不思議に思って、指の方向に目をやる。
場違いな雰囲気だった。
店の前で制服警官を含む数人の大人たちが店の前に集まっている。
身体の大きな例の店員と話をし、連れ出そうとしているようだ。
「なにか事件のようですね。奈美さんの姿もあります」
メイが声を出した。
「ああ、そのようだな」
健一は立ちすくむあかねとかえでの側に駆け寄り、二人を抱き寄せた。
「奈美!」と叫ぶ。
声に気付いた奈美が駆け寄ってきた。
「事件か?」
「ええ、ちょっと大変なことになるかもしれない。あかねを連れて早く帰ってくれる」
奈美の表情は険しかった。
刑事課の刑事が大変だというのだから、小さな事件であろうはずもない。
「ママは? 大丈夫?」
心配そうな声をあかねが出した。
「ええ、少しお仕事で遅くなるかもしれないから、健一と家でお留守番しててくれる?」
と頭を撫でて笑った。
「吉村さくらさんですか?」
奈美の後ろに立っていた中年の男には見覚えがあった。古川という刑事で、奈美の上司。
「はい」
健一の背後に来ていた吉村さくらが返事をする。
「なにかあったのでしょうか?」
「子供のいる前ではちょっと……こちらに来ていただけますか」
古川が促す。
二人でやり取りした後、吉村さくらが口元を押さえて驚いている様子が見て取れた。
「彼女の元夫、久津名隼人さんが死亡した状態で発見された。場所は近くの駐車場。他殺と思われる」
メイのマイクは高性能。
少し離れた場所で小声で話している、古川の言葉が聞こえるようだ。
「死亡推定時刻は十時三十分。吉村さくらさんは公園にいたと主張しています。アリバイを証明する人物はいないとのことです。容疑者の一人として考えているようですね」
健一は思い出していた。
イベント会場で吉村さくらと別れたのは十時くらい。そして、会場で再会したのは十時五十分頃。
「駐車場の場所は?」
「第四市営駐車場」
「……だめだ。離れていると言っても歩いて十分とかからない。僕にもアリバイを証明できない」
しかし、死亡推定時刻が十時三十分とピンポイントなのはなぜだろう。
普通、もっと幅を持たせた表現をするはずである。
本当なら、吉村さくらはプリプリリンのイベント会場内にいるはずの時間である。
そして、そこにいなかったのは、健一がチケットを落としたから。
彼女が殺人を犯すような人物には見えない。
また、人を殺した後で平然としていられる人物にも見えない。
「メイ、この殺人事件を捜査、推理対象とする」
「はい、了解しました」
腕の中のあかねが不思議そうな顔で見上げる。
「健一……なにひとりでぶつぶつ言ってるの? ママに言われた通り、早く帰ろうよ」
「え? あ、はい。帰りましょう」
健一はあかねとかえでの肩から手を離し、立ち上がった。




