表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/39

勇者の剣 3

 東京の人混みに比べればどうということはない。

 岡本健一は自分を鼓舞していた。


 太陽の当たる所も、人の集まる場所も嫌いだ。

 だが、あかねのためなら、少しは我慢しなければならない。

 腰に付けたウエストポーチから、サングラスを取り出す。

 目に入る光が弱まったことで、人との距離感が少しだけマシになった気がする。


 あかねと暮らし始めてから、四ヶ月ほどになる。

 だが、手をつなぐのは初めてだった。

 この手を離すわけにはいかない。

 もし、迷子にでもなったらえらいことだ。

 奈美にだって申し訳が立たない。

 最初はそう思っていた。


 でも、今はあかねに連れて行ってもらわなければ、まともに歩けないほどに人の群れに酔っていた。

 健一の好きなゲームキャラクターコスの人を見ても、心が躍らない。

 めまいと吐き気でそれどころではないのだ。

 大胆に肌を露出した女性とすれ違い、さらに症状が悪化する。


「健一、もっと早く歩いて。始まっちゃうよ」


 イベント開催時間の十時はもうすぐ。

 普通なら間に合う距離なのだが……。


「ごめんなさい、あかねさん……ちょっと無理かも……」

「無理じゃないよ。急げば間に合う」


 あかねは健一の手を強く引っ張る。


「そうですよ、健一さん、頑張ってください。あと少しです」

「……メイ……」


 メイが立体画像として映り、あたかもそこにいるように見える。

 健一の連れは、あかねとメイの二人になっていたのだ。


「あかねさんがこれほどまでに楽しみにしているイベント、私も見たいです。弱音を吐かないで、もう少し頑張りましょう。あと、五十メートルほどです」


 ちっとも楽しそうにしていない無表情のメイは、白いワンピースを着ていた。

 その服も肌も透けて奥の景色が見えている。

 まるで妖精か幽霊とでも話しているような気分になる。


 あかねとメイの二人に引っ張られて……いるような錯覚のなか、ようやくイベント会場まで到着した。

 どうやら、間に合ったようだ。

 会場に入るにはチケットがいる。

 二人分のチケットはポーチに中に……。


「え?」


 腰に付けたポーチのジッパーが空いていた。

 慌てて中をまさぐる。

 財布はある。チケットは……ない。

 別のポケットも探すが、やはりない。


「チケット……落とした……」


 あの時だ。サングラスを取り出した時、ジッパーを閉め忘れたのだ。


「え~!?」

「まじですか?」


 出かけるときに確認して、ポーチに入れたはず。

 どこかに落としたとしか考えられない。

 健一は来た道を振り返った。

 人の波である。

 ここを戻りながら、チケットを探すなど不可能だ。


「落ち着いてください、健一さん。今から落としたチケットを探し当てるには無理があります。当日券があるか確認しましょう。幸い、財布はあるのですから」


 メイの言葉に従って、受付で聞いてみる。

 当日券はすでに完売とのことだった。

 恐る恐るあかねの方を見る。


「どうするの! バカ健一!」


 辛辣な言葉だった。

 奈美に対しては、わがままを言わない、いい子のあかねだが、健一に対してはそうじゃない。


「ごめんなさい、あかねさん。今回は見られないようです」


 ごまかしの笑顔だったが、当然、あかねには効かなかったようで、健一の足を殴る蹴るの大暴れとなった。

 それはそうだ。

 この程度の暴力、甘んじて受けましょう。


「どうされました?」


 女性の声に振り返ると、そこには中学生くらいの女の子とその母親らしき人が立っていた。

 中学生女子は見覚えのある顔。

 母親のほうは知らない顔だが、綺麗で優しそうなひとだった。


「あかねちゃん、こんにちは。あかねちゃんもプリプリリン、見に来たんでしょ?」


 思い出した。

 あかねを連れてよく行く、アニメショップで出会った女の子だ。


「かえでちゃん……そのはずだったんだけど、健一がチケット落としたから無理なの」

「あらあら」


 母親が言う。


「そうだ。私のチケット使ってください。かえで、あかねちゃんのこと頼めるわね」

「本当?」


 あかねが喜びの声を上げる。


「ちょっと待ってください。そういうわけには……」

「いいんですよ。私が見てもよくわからないですし、あかねちゃんに見てもらったほうがアニメの方も喜びます。かえでは中学生ですけど、しっかり者ですから、お父さんも安心してください」

「お父さんじゃないよ。健一だよ」


 あかねが口を挟む。


「じゃあ、せめてお金払います」

「それも大丈夫です。私たちも貰い物ですから」


 健一は少し考えた。

 よく知らない人に、あかねを預けていいものかどうか。


「悪い人には見えないですし、心配ないと思われます」


 メイの言葉とうれしそうなあかねの顔。

 若干の不安もあるが、メイが言うなら大丈夫だろう。


「ありがとうございます。お言葉に甘えます。僕は岡本健一。この子は姉の子供で神崎あかねです」

「吉村さくらです」

「娘の吉村かえでです。あかねちゃんは責任をもってお預かりします」


 明るい笑顔とはっきりした口調だった。

 確かに、年齢の割にしっかりした印象を受ける。


「よろしくお願いします、かえでさん」


 イベントが終わる十一時にまたこの場所で落ち合う約束をし、二人を見送った。


「それじゃあ、私もどこか静かなところを探して休憩してきます」


 吉村さくらは穏やかな笑顔でそう告げると、健一のもとから去っていった。


「メイ、ごめん。今回は我慢してくれ」


 本当かどうかわからないが、メイも見たいと言っていた。

 健一が入れない以上、メイに見せてやることが出来ない。


「……はい」


 沈んだ声色で、返事をするのはやめてほしい。

 そう思う健一であった。


 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ