勇者の剣 2
八月の青い空の下、安田駅前は多くの若者であふれかえっていた。
ある年のアニメイベントがきっかけで、毎年、アニメフェスが開催されるようになった。
アニメやゲームのキャラクターにコスプレした人、それを撮影する人をあちこちで見かける。
市の施設がイベント会場となり、歩行者天国となった駅前通りには出店が立ち並ぶ。
県外からも多くの人が集まる大きな祭りになっていた。
人が集まれば、痴漢やスリ、窃盗などの犯罪も発生しやすくなるもので、刑事課の神崎奈美も今日は本来の職務ではなく、地域課の応援として古川警部と見回りをしていた。
「年々、規模が大きくなってくるな。すごい人じゃないか」
タオル地のハンカチで額や首筋の汗を拭きながら、古川は言う。
すれ違ったほぼ裸の原始人風衣装を身につけた若い男を目で追いながら、首を傾げる。
「まだまだみたいですよ。午後からはもっと人が増えます」
胸元のあいた衣装を身につけたピンク髪の女性に、数人の男たちが群がり、スマホやカメラで撮影している。
奈美もまた、それを見ながら首を傾けた。
あのような衣装は自分で作るのだろうか。
お金も時間もかかりそうだし、メイクも大変そうだ。
その情熱と心理は理解しがたいものである。
とはいえ、嫌悪感を感じるものでもない。
なにかに熱中し、楽しんでいる姿は、むしろ、ほほえましくもある。
食べ物の出店が沿道に並ぶなかで、祭りの性質上キャラクターグッズの出店もあちこちにあった。
そんな出店の前で、奈美たち同様この場の空気に馴染めていない四〇代くらいのガタイのいい男が、目線を下に向けてあちこちを見ていた。
「警部、あの男性なにか探しているみたいですね。ちょっと行ってきます」
古川の同意の頷きを確認し、その男に近づく。
「なにか落とし物ですか……え? 西崎先生じゃないですか」
奈美の言葉に顔を上げた男は、警察学校に時々柔道の講師としてきていた西崎だった。たしか、隣の市の私立高校の教師。
「……岡本? 岡本奈美か?」
「すごい。覚えてくださってたんですね。お久しぶりです。ああ、今は岡本じゃなくて神崎ですけど」
西崎は四角くてゴツイ顔をクシャクシャにして笑う。道場ではあまり見たことのない笑顔だ。
とにかく厳しい先生だった。
何度、畳に叩きつけられたことか。
でもそのおかげで、肉体的にも精神的にも鍛えられたのだと今は思う。
「そうか、結婚したんだな。今でも、警察官なのか?」
「はい。安田署の刑事課です」
奈美は笑顔を作った。
西崎の結婚という言葉を聞いて、脳裏にあの時の事が浮かぶ。
夫の守の遺体を確認し、我を忘れて泣き叫んだ。
この世が終わってしまったかのような、あの絶望的な気持ちがよみがえる。
結婚はしたのだが、いまはもう、その夫はいない。
「ん? どうした?」
「いえ……そういえば西崎先生、どうされたんですか? なにか探していらっしゃったみたいですけど?」
「うちの子がいなくなってしまってね」
「え? 大変じゃないですか。すぐに迷子の届けを……」
「いやいや、それには及ばない。いつものことだから」
西崎は大袈裟に両手をふるって、拒否の態度を示した。
奈美は眉を寄せる。
「あの……西崎先生」
キャラクターグッズ販売の出店の店員が、申し訳なさそうに声を掛けた。
西崎をもう一回り大きくしたようなガタイの若い男だが、背中を丸めた姿勢とサイズの小さいエプロンのせいか気弱な印象をうける。
「様子を見に来ていただいて申し訳ないのですが、そこに立っているとお客様が……」
奈美は男の視線の先を目で追いながら振り向いた。
中学生くらいの女子二人が、少し離れて様子を伺っている。
出店にはかわいいグッズが並んでいた。
自分はまだしも、西崎のような怖そうな中年男が店の前にいては、商売の邪魔になる。
店員と女子らに頭を下げて謝罪し、二人は場所を移動した。
「うちの高校の元教え子だ。会社を辞めてしまって、今はフリーターをやっている。ちゃんと就職してほしいんだがな」
「柔道部のですか?」
「ああ。香坂は身体も大きくて強かったんだが、心根が優しすぎて試合ではあまり勝てなかった。それだけに心配でね……」
優しい眼差しで香坂を見つめる西崎。この表情もまた、道場では見られなかった。
「西崎先生もかなり優しいですよ。卒業して随分たった教え子のことを、こんなに想ってくれるなんて。あの時は、ただ鬼のように怖かっただけですけど、人情家だったなんて知らなかったです」
「いやいや」
西崎は頭を掻いた。
そこへ、離れて様子を伺っていた古川が近づく。
「どうした? なにかトラブルか?」
「いえ、警察学校でお世話になった先生だったんで、少しお話を」
と古川に応え、
「仕事に戻ります」
と西崎に頭を下げて別れを告げた。
古川と共に歩きながら、奈美は自然とあかねと健一の姿を探していた。
あかねの好きなプリプリリンのイベントが市の施設ホールで行われるため、この会場のどこかにいるのだった。
本当なら、自分が一緒に行ってあげたかったのだが仕方がない。
健一は人混みが苦手だから、少し心配している。
あかねと見たアニメの中に登場した、見覚えのあるキャラクターがいた。小学生くらいの女子がオレンジ色のひらひら衣装で母親らしき人と歩いている。
「キャロットプリプリリン……」
自分にコスプレ願望はないが、子供にコスプレさせたい親の気持ちは少しわかる。
あかねもああいう衣装を身につけたいのかもしれない。
「き、きゃらっと?」
古川が尋ねる。
「あかねの好きなアニメに出て来るキャラです……すみません、真面目に見回りします」
奈美は緩んだ顔を引き締め、周囲に眼を配ったのであった。




