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消えた同居人 6

 車で二時間ほど走った山の中の林道で、駐車できるスペースを見つけ、早乙女良三は車を止めた。

 先ほどから行き交う車のない、深夜のことである。

 良三は深くため息をついた。

 昨日の夜にでも処分できればよかったのだが、純子や他の親戚が家に集まってしまってそのチャンスはない。

 今朝、警察が来たときは、生きた心地がしなかった。

 車のトランクに隠したままの、あれを見つけられたら終わり。

 もう、孫の顔を見ることもできなくなるだろう。


「大丈夫だ。分かるはずがない」


 他の証拠となるものはすべて処分できたのだが、あれの処分だけはどうしてもできない。

 人の目に触れるようなところに、廃棄するわけにはいかない。

 結果、こうして山の中に埋める方法しか思いつかなかったのだった。

 あれさえ始末できれば、警察は存在しない犯人、恵子の恋人を探し続けることになるだろう。


 しかし……と良三は思った。

 子供の頃は真面目で素直ないい娘であった。

 妻が死んでから、仕事に家事に追われ、あまりかまってやれなかったのがいけなかったのかもしれない。

 恵子は大きくなるにつれ、父親である自分のことは毛嫌いするようになっていった。

 ただの反抗期だと周りから言われ、そんなものかと思っていた。

 成績は優秀だし、いい会社に就職もしてくれた。

 出世もし、今や会社役員だという。

 誇らしかった。

 ただ娘の幸せだけが望みだった。






「こんなところにまで来ないでよ。誰かに見られたら、恥ずかしいじゃない。そんなダサい恰好で」


 確かに下は作業ズボンのままだったが、上だけは洗い立てのワイシャツに着替えている。そんなに恥ずかしい恰好でもないだろうにと良三は思っていた。

 部屋に招き入れるというよりかは、マンションの住人に見られたくないから早く隠したいとでも言うように中に入れてくれた。


「しょうがないだろう。お前が呼んでも家に来ないから、仕方なくこうして……」


 恵子は実家にはほとんど寄り付かなくなっていた。

 顔を合わせるのは数年ぶりである。

 ひさしぶりに会った恵子は、もうすっかり大人の女性であった。

 会社役員というだけあって、威厳のようなものを感じる。

 背筋を伸ばし、胸を張り、凛とした姿であった。

 部屋に上がると、壁にかかっていた大きな鏡に自分の姿が写る。

 背中を丸め、薄くなった髪の毛はすっかり白髪になっていた。

 顔は焼けて赤黒い。

 その中にあるしわの深さや黒ずんだ染みが、年齢よりも老けて見えるようだった。

 そうかと良三は思った。

 自分はもう娘から恥ずかしいと言われるような姿になっていたのだ。

 長年、工場の経営を頑張ってきて、二人の娘を必死に育て、身なりなど気にする暇もなく働き続けてきたその結果がこれなのだった。


「それでなに? お金?」

「お金ってお前……今だってちゃんと工場続けていられるんだし、お金に困ってなど」


 恵子が鼻で笑っているのが見えた。


「まだ、辞めてなかったの? ちゃんと送金してるじゃない。もうあんな工場つぶせば?」

 

 良三は頬をぶたれたような衝撃をうけた。

 確かに、毎月一定額の振り込みが良三の口座にあった。だが、それは恵子の結婚資金のつもりで貯めてある。

 娘からのお金など使えるわけがない。

 それよりもである。

 今まで必死で守ってきた工場を……自分たちを育ててくれた工場を……この娘は『あんな工場つぶせば?』と言ったのだ。

 頭に血が上ってくるのを感じる。


「あんな工場って、どういう意味だ?」

「ちょっと、大きな声ださないでよ」


 と、恵子が後ろを向いて、束ねてあった髪をほどきながら


「あんな汚らしい工場で働かないで、引退したらって意味よ。まだ送金が足らないなら、増やしてあげてもいいんだけど、どうする?」

「恵子……お前……」


 良三の中で何かが切れる音がした。

 縛り続けていたものがなくなり、自由になれたように感じる。

 白い靄のかかった夢の中のようでもあった。

 どれほどの時間が流れたのだろう。長かったようにも短かったようにも感じる。

 腕の筋肉や指の関節の痛みと共に、良三は現実の世界に戻ってきた。

 そして、自分の下で目を見開いたまま微動だにしない娘と、その首に両手を押し付けている自分に気付いたのである。





 良三は車を降り、トランクをあけた。

 くるまれた毛布を外すと、なまめかしい太ももがあらわになる。月の光の下で、それはまるで生きているようだった。

 良三はつばを飲み込んだ。

 思わず手が伸びる。

 あたたかい。

 車の中に放置してあったためで、けして体温ではないのだが、それでも生きた女性の肌に触っているような感覚だった。

 妻が死んで以来、女性の肌に触れる機会などなかった。


「何をやっているんだ……」


 こんなところで欲情している場合ではない。早く始末しなければ。

 良三は毛布をくるみ直し、抱え上げた。

 スコップを手に取ろうとしたところで、車のライトが自分に当たる。

 しまった。車が来たのか。見られたらまずいことになる。良三はライトから自分と抱えているものを隠すように背中を向けて丸まった。

 車がゆっくり近づいてくる音が聞こえる。

 早く通り過ぎれと念じていた。

 だが、それはすぐ横で止まったのである。


「警察……」


 横目で見たその車両はパトカーだった。

 良三は崩れ落ちるように地面にしゃがみ込む。


「愛知県警です。その抱えているものを見せていただけますか? 早乙女良三さん」


 顔を上げると、神崎とかいう女性刑事の姿がそこにあった。




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