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消えた同居人 4

 次の日の朝、奈美と古川は早乙女良三の家に来ていた。


 良三の経営する板金工場が併設されていて、その敷地内に乗用車が並んでいる。

 その奥にあるトラックとバンには、社名の文字が見える。この工場の事業車だろう。

 昨日の夜のうち親戚が集まっていて、遅くまで故人の思い出話とともに悼みを分かち合っていたという。

 そのためか、みんな寝不足のようで疲れ切った表情をしていた。

 被害者の現在の人間関係は、どの人もあまり知らないようで、子供の頃の話ばかりを聞かされる羽目になった。


「幼稚園の劇で主役級の役をもらって……」

「小学生で生徒会長に選ばれて……」


 親戚連中は、性格の悪くなった現在の様子は知らない様子。

 あまり、事件解決に繋がる情報は得られなかったし、特に怪しい人物もみられなかった。


 唯一、大学時代からの親友の存在を確認することができた。

 鈴本玲美三十六歳、刈谷市在住の専業主婦。

 早速、連絡を取って会いに行くことになった。




「身長はどのくらいですか?」


 自宅で彼女を訪問した際に、奈美はいきなり質問した。


「最初の質問がそれですか?」


 玲美は困惑した表情を浮かべたが、


「百五十センチです」


 と答えた。

 まただと奈美は思った。

 玲美もまた、百五十センチ前後で細身の体形をしている。

 ウエーブのかかった短めの髪の上品な人で、住んでいる家も立派な一軒家だった。

 玄関を通され、部屋に案内される廊下で夫婦の部屋らしきものが覗き見え、椅子のところに日焼け防止用の白い手袋がかかっているのが見えた。

 防犯カメラに映った女性の姿が思い浮かぶ。


 通されたのは応接室のようである。

 何のために作られたのかわからない、白地に紅模様の大きなかめがある。

 読めない書の掛け軸。

 頭部だけの鹿のはく製らしきもの。

 西洋甲冑の上半身だけ……。


「義父の趣味なんです」


 玲美は言い訳するように言った。

 その気持ちはよくわかる。自分の趣味だとは思われたくないのだろう。

 人によって価値観はそれぞれだし、見方も違うのだから例えガラクタに見えようとも、否定することはできない。


「ご主人の実家で同居を……そうですか」

「恵子とは大学時代からの親友です。当時から頑張り屋で上昇志向の強い人でした。就職してからは仕事一筋といった感じであまり遊びに行ったりしてくれなくなりましたが、たまに食事に行くくらいの付き合いはありました」


 年代物の硬いソファで、玲美が差し出すバラ模様のカップに入った紅茶をいただく。

 いい香りで、とても美味しい。

 もっと上品な部屋ならもっと美味しく感じられただろうに。


「最近で恵子さんに会ったのはいつですか? 一か月ほど前……その時、何か変わった様子は?」

「いえ、仕事の愚痴というか部下が使えないと言ってたくらいでしょうか。いつもの他愛もない会話だったように記憶しています」

「最近、恋人ができたとかは?」

「いえ、聞いてません」

「恵子さんが他に親しく付き合っている方、例えば若い女性とかはご存知ありませんか?」

「さあ……友人は私ぐらいだと思います。職場関係の知り合いは私にはわかりません」

「そうですか……」


 古川が奈美の方に顔を向けた。あとはお前が聞けと言わんばかりである。


「恵子さんが同性愛者だというのはご存知でしたか?」

「……は? いまなんと?」

「ですから、女性の恋人がいたりしませんでしたかと聞いています」

「いえいえ、そんなはずありません。恵子はノーマルです。その証拠に昔、上司と不倫を……」


 玲美はしまったとばかりに口を手で覆う。

 その慌て方は演技のようには見えなかった。


「話は変わりますが、お出かけの際には手袋をされるのですか?」

「あ、はい。肌が弱いものでなるべく肌が露出しない服装にしています。それがなにか?」

「被害者……恵子さんのマンションのお部屋には行ったことありますか?」

「最近はありません。部屋が散らかっているとかで、あまり呼んでくれなくなりました」

「……」


 玲美が犯人という可能性もあるのでは、と奈美は考えていた。

 常に手袋をしているのなら、指紋が現場に残っていないのも頷ける。

 義理の両親や旦那の世話、仕事を辞めたストレスを発散するため、親友の部屋にかわいい下着や衣装を預け、若い姿に変身していた。

 最初は面白がって協力してくれていた恵子だったが、次第に付き合いきれなくなり反発、口論の末に殺害に至る……なくはない。

 あるいは二人は恋人同士でプレーの一環としてコスプレを……なくはない。

 ただ、この上品な中年の女性がそんな服装に着替えている姿を、想像だけはしたくないと思う奈美であった。





 被害者の職場での聞き込みは別の捜査官によって行われたが、一人から有力な情報が得られたという。

 斎藤浩介二十八歳、吉友商事広告宣伝部で部長付きの業務、ときには秘書のような仕事もしていたという人物である。

 玲美が聞いた「使えない部下」というのは、彼かもしれない。


「以前はバリバリ仕事をする方だったようですが、今は残業などもせず早く帰ることが多かったです。『自分はもうゴールしてしまったから』とよく言ってました」

「ゴール?」

「はい、うちの会社は親族経営なので、部長より上への出世は親族にでもならない限りないですから」

「なるほど……仕事への情熱が冷めてしまったというわけですね。彼女が親しくしていた女性、特に若い女性に心当たりはありませんか?」

「プライベートなことは……あ、でも部長のマンションで若い女性を見ました。

 どうしても確認してもらいたいことがあって夜分にお邪魔したことがあります。

 玄関先でのやりとりでしたが、部屋のソファに若い女性が座っているのが見えました。

 後ろ姿だけですが、栗色の髪の長い方です。

 きっとかわいい人なんだろうなとチラチラ見ていたのですが、一度もこちらを向いてくれませんでしたので顔は見ていません」

「身長とか体形はわかりますか?」

「さあ……でも、小柄で細身の方だったように思います」


 というようなことだった。

 

 部屋で見た栗色の若い女性……被害者の恋人だろうか?

 それとも、コスプレした父親の良三? 妹の純子? 友人の玲美?


 そして、斎藤浩介もまた、本人曰く百五十四センチ、細身の男であるということだった。


 

 

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