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浮気の代償6

 あかねの寝姿を確認した神崎奈美は、キッチンに戻って冷蔵庫から缶ビールを取り出してテーブルに着いた。


「待て待て、先に風呂に入っちゃいなよ」


 洗濯ものを畳んでいる健一が言うのが聞こえたが、構わずプルトップをあけ、一口流し込む。

 スーツの上着を脱いで、隣の椅子の背もたれに掛けた。


「健一、あんた、またやったでしょ? ハッキング」


 健一はやれやれといった顔をしながら、


「おかげで、事件は解決したんだからいいでしょ」


 斜め対面に座り、「メイ」と言う。

 テーブルに置かれたモニターに、メイの姿が映し出された。




「今回の事件は、山石徹さんの自殺未遂であり、自殺の理由を突き止めることで真相が解明できると考えました」


 メイの言葉に奈美は首を傾げる。


「どうして、自殺未遂だとわかったの? 何者かによって突き落とされたという可能性だってあったんじゃない?」

「いいえ、その可能性は極めて低いと思いました。

 山石徹さんは失神した後、自分の足でマンションの事務所に向かっています。

 何者かによって呼び出されたのだとしても、暴行されて失神までした人物がそれを優先させるとは思えません。

 まずは救急車をよぶか警察に連絡するのが普通です。

 山石徹さんはそれをしなかった」


 なるほどと奈美は思った。

 暴行のあと、転落となれば他殺の可能性が有力だと思っていた。

 確かに、自殺だと考えた方が筋は通る。


「他に自殺の原因がないことから、警察が考えた通り、ミユキさんと言う人物が、真相究明のカギを握っている可能性があります。それで、健一さんに調べてもらいました」




「駄目だ。名古屋のOL、二〇代前半、安田市付近に在住のミユキという名前……これだけの情報では人物の特定はできない。やはり、この写真画像をもとに聞き込みを行う警察のやり方しかないようだ」


 健一はパソコン画面に映し出される膨大な資料をまえに、さじを投げていた。


「健一さん、お尋ねしたいことがあります」


 サングラス越しに見えるメイが声を掛ける。


「ん? どうした?」

「蜂谷広人さんの証言では、『たぶん、二〇代前半』ということでした。健一さんにもミユキさんという人物がそのくらいの年齢に見えるのですか?」

「え?」


 健一は身体を預けていた背もたれから身体を起こし、メイの顔を見た。

 言っている意味が解らない。


「ああ、そうだな」


 マウスを操って、ミユキの写真画像を画面に大きく映し出す。


「僕にもそれくらいの歳のように見えるけど……メイにはどういう風に見えるの?」

「肌の質感や張り具合、筋肉や脂肪の感じからして十代中盤くらいでしょうか? 学校へは自転車通学をしている……中学生くらいではないかと思われます」

「え? 中学生?」




「そっか、メイが見破ったのね、ミユキが中学生だったこと」


 奈美はそう言って、三五〇mlのビールを飲みほした。

 実際にこの写真の人物、長谷部美由貴は中学三年生の一四歳、安田市の南側に位置する西海市の海南中学の生徒だった。

 母一人子一人の家庭で、母親の仕事である介護福祉士の仕事が深夜帯に及ぶ時、大人の変装をして遊びに出かけていたという。


「それで? ミユキが十代だとわかったから、あのことに気付いたの?」

「はい。

 山石由香利さんは十五年前、義父が亡くなったことから山石徹さんが人が変わったように真面目になったと証言しています。

 しかし、もう一つあったのです。成人男性が変わるきっかけとして大きな要因。

 子供です。

 浮気相手との間に子供ができた。その養育費を稼ぐために、仕事に打ち込むようになったのではないかと推測しました。

 ミユキが山石徹の血の繋がった娘で、それと知らずに愛人関係を結んだとしたら、自殺の大きな理由となるのではないかと考えました」


 三人の間に沈黙が流れた。

 奈美は思う。

 確かに、浮気や不倫は許せない行為だし、そんなことをする奴はひどい目に合えばいい。

 だが、こんな悲しい罰はない。

 自分の娘と気付かずに、身体の関係を結び、愛人関係にまでなる。

 死にたくなることもあるだろう。


「まあ、結局は山石徹の勘違いだったわけだけれどもね」

「まったくだよ。メイからその推理を聞かされた時、正直へこんだからなあ」


 奈美と健一はお互いの顔を見合わせた。

 メイは無表情で続ける。


「山石徹さんに子供がいた場合、必ず養育費の振り込みがあると考え、健一さんに山石建設並びに山石徹さんの個人のお金の流れを調べてもらいました」


 メイからの流れを受けて、健一が説明する。


「山石徹の個人預金から毎月一定額の支出が、浅倉未来という人物に向けられていることが分かった。そして、その娘の名前は浅倉みゆき……これで決まったと思ったよ。ミユキは浅倉みゆきだとね」

「ですが、健一さんが入手した浅倉みゆきさんの画像は、ミユキさんではなかった。

 それで、浅倉みゆきさんに近しい人物、例えば同じ中学の同級生のなかにミユキさんがいるのではないかと健一さんに探してもらったところ、同一人物を発見しました」

「それが長谷部美由貴というわけね。でも、蜂谷広人から入手したミユキとこの長谷部美由貴が同一人物だとは気づかないわ」


 健一が入手した長谷部美由貴の写真画像は、黒髪のショートカット、眼鏡をかけた図書館が似合いそうな真面目な女の子といった感じだ。


「メイじゃなきゃ見破れなかったかもしれないね」


 健一の言葉に、奈美は大きく頷いた。

 そして、長谷部美由貴の証言も合わせて今回の事件を整理してみる。


「山石徹と長谷部美由貴は愛人関係にあった。

 しかし、いつものように過ごしたホテルで、長谷部美由貴の持ち物に海南中学の学生証を発見してしまう。

 山石徹は娘の顔は知らなかったが、ミユキという名前と海南中学に通っていることは知っていたため、ミユキを浅倉みゆきと勘違いした。

 だから、ホテルから逃げるように出て行った。

 一方、長谷部美由貴は愛されていると思っていた山石徹が、自分が中学生だとわかったとたんに豹変したために深く傷つき、思い余って蜂谷広人に制裁を依頼してしまう」


 奈美はメイの方を見た。

 ここからはメイの方がうまく説明できるだろうと考えたからだ。


「山石徹さんは深く悩んだ。

 お金で、血の繋がった娘さんを自分の愛人さんにしてしまった。

 人として許されない行為だ。

 そんなとき、娘さんの依頼だという蜂谷広人さんに暴行をうけ、失神するほど痛めつけられる。

 なんのためにこれまでがんばってきたのか……なにもかもが嫌になり、発作的に事務所から飛び降りてしまった。

 以上が、現時点における推理のすべてになります」


 山石に同情はする。

 だが、自業自得な部分もある。

 浮気をしていたこと。子供まで作っていたこと。養育費を払っていたこと。

 最近でも、愛人を作っていたこと。

 奥さんに対する裏切り行為のオンパレードだ。

 なおかつ、養育費まで払っている子供の顔を知らない。

 父親としても最低だ。


 とは言っても、死んで当然というわけではない。

 こんな勘違いで自らの命を絶つのは、あまりにも悲劇すぎる。

 事件は解決したのに、晴れやかな気分になれずにいた。




 次の日、警察署に出勤した奈美は、山石徹の意識が戻ったことを知った。

 病院の話では、回復に向かうだろうということだ。

 これから、夫婦関係、親子関係がどうなるかは知らないが、ひとまずは、良かった。

 心からそう思える奈美であった。






 

 

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