表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/39

浮気の代償4

「へえ~、そんなことになってたんだ。すぐに犯人が捕まったから、事件は解決したものだと思ってたよ」


 居間で眠そうな顔をしている奈美に、メーカーで淹れたホットコーヒーを差し出しながら、岡本健一は呟くように言った。

 安田駅近くで起きた傷害事件から六度目の朝を迎えている。

 その間、警察はミユキという女性の行方を捜し、突き止められずにいた。

 なるほどと健一は思う。

 確かにマンションからの転落が、ただの自殺未遂とは考えにくい。

 何らかの形でミユキと名乗る人物が、関わっていると警察が考えるのも理解できる。

 逆に言えば、そのミユキを探し出しさえすれば、大きく捜査が進展するだろう。


「その被害者、山石さんだっけ? まだ意識は回復しないの?」

「医者によると頭部のダメージが深刻な状態らしくて、一~二週間で意識が戻らないとずっとこのままということもあるそうよ」


 奈美はそう言って、コーヒーを一口すする。

「あっちゅ!」と慌ててカップを唇から離した。


「ごめん、奈美は猫舌だったね」


 健一はエプロンのポケットにあった手ぬぐいを、奈美の口元にあてた。


「いやあ、私も忘れてたわ、自分が猫舌だったこと」


 ダイニングキッチンのテーブルでは、あかねが朝食をとっている。

 スクランブルエッグとミニウィンナーとレーズンパン、野菜ジュースを食べながら、目の前のモニターに映るメイと、昨日のアニメについてしゃべっている。

 あかねと会話できるように、健一が設置したものだ。

 一緒に暮らすようになって一か月が過ぎようとしているが、二人きりではいまだに緊張してしまう。

 メイがいてくれるおかげで、自然と会話できるようになるのだった。

 あかねもメイが気に入っているみたいだ。


「メイちゃんはプリプリリンの中でどれが好き? 私はキャロットプリプリリン!」

「人参のプリンですか……βカロチンが豊富で健康によろしいかと」

「かっこいいの! あとトマトプリプリリンもかわいい!」

「トマト……ポリフェノールが豊富で血圧の低下に効果が……」

「あとあと、レタスプリプリリンがパンプキン大佐に捕まって……」

「レタスもカボチャもビタミンAが豊富で加熱の際には、油脂との混合によって……」


 二人の会話を聞きながら、奈美が眉を寄せて笑顔を作った。


「盛り上がっているようだけど、あれで会話が成立してるの?」

「二人の中ではね。それより、昨日も遅かったけど、今日も遅くなりそうなのか? あかねさん、いつも元気そうにしているけど、本当は寂しいのを我慢してるだけなんだ。水族館だって……」

「そ、そうよね……」


 奈美は少し寂し気な表情を作り、笑顔のあかねを見つめる。


「いくらメイが名探偵でも、人探しはできないわよね」


 そう、つぶやいた。

 ミユキという女性を探し出し、事件を解決しないと早く帰れないということらしい。

 それもそうかと健一は思った。

 安田市駅前の飲み屋街での目撃情報しかない女性。

 写真と本当か嘘かもわからない、ミユキという名前だけの手がかり。

 これでは、夜を中心とした聞き込み以外に探し出す方法はないだろう。


「いけない、もうこんな時間。あかね、幼稚園のバスの時間よ」


 奈美とあかねは慌ただしく準備をし、出て行った。


 


 二人が出て行き静かになった部屋で、岡本健一は朝食の後片付けをしながら言う。


「メイ、奈美の話聞いていたか?」


 暗くなっていたテーブルのモニター画面に、再び光が映し出される。


「はい。とても興味深い事件だと思います。

 ミユキと名乗る女性さんは、何者なのでしょう? 警察が身元を探しても、未だに見つけられないのは?

 暴行を受けた山石徹さんが、自分の会社の事務所に向かったのは? 

 そして、なぜベランダから落ちたのか?

 サンプル収集のためにも、推理しましょう」


 サンプルとは人工知能らしい考えだが、確かに興味深い事件ではある。

 奈美も困っているようだし、捜査してみるか……。

 洗い物の手を休め、健一は居間の棚に目をやった。

 そこには二つの写真立てが飾られている。

 一つは奈美の亡くなった夫である神崎守の写真。

 もう一つは……奈美の実の父親、清水正雄のものだ。




 後片付けを終え、かけていたエプロンを脱ぐと、健一は自分の部屋に向かった。

 自分の部屋と言っても、元々は神崎守の書斎として使っていた部屋だ。

 警察官の部屋らしく、その関係の書籍も多いが、本棚にはマンガの単行本がずらりと並んでいる。

 アニメ化されたヒーローやヒロインのフィギュアも少しばかり飾ってあった。

 奈美とは十くらい年上だったので、すごく大人のように感じていたのだが、こうして部屋を見てみると、意外と健一と趣味はあっていたのかもしれない。


 机の上にある置き型のパソコンとそのモニター。

 健一はその前に座り、パソコンを起動した。

 サングラスをかけ、「メイ」と言う。

 視界のなかに、メイが現れる。


「安田駅前で起きた、建設会社社長、山石徹傷害事件及び転落事件の捜査を開始する」

「了解しました」

「まずは警察の捜査情報を入手する」


 健一はパソコンのキーボードを素早く叩き始めた。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  はじめまして。  日常ミステリ―の短編集ということで、楽しく読ませていただいております。  あと、舞台が愛知県の安〇市のようなので、私も名古屋市の在住ですけど、リアル感を感じます。  現時…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ