優しい世界
抽象的な表現で気軽に書いたらこうなりました。
お気に召さなかったらすみません。
最後まで読んでいただければ嬉しいです。
「ようこそ! 新しい住人さん! ここはマグメル! みんなが笑って暮らせる素晴らしい世界だよ!」
目覚めたら、そこに寝転がっていた。
広大な蒼穹に、風に揺れる色鮮やかな草原。
周囲には多種多様の木々が所せましにはあり、どの木にも黄金色の林檎がなっていた。
そしてなにより僕の目の前にいるのは、優しい笑みを浮かべる青年。
僕と同じくらいの年齢だろうか。
青年を不思議そうに見る僕に対し、青年はつづけた。
「君が新しい落とし子だね! 今から集落に向かって集落の長に報告しよう!」
「落とし子?」
僕が訝しい表情になると、青年は説明をした。
「別の世界にこの世界に来る人のことだよ! どういう原理や原因があるのかはわからないけど、時々あるんだよ」
淡々と告げる青年をなおも訝しげに見て、ふいに思い返す。
だが、前の世界の記憶が思い出せそうで思い出せない。
「さあ! 行くよ!」
青年は、僕の手を無理やり引っ張って起こした。期待と不安の中、先を先導する青年の背中を見続けていた。
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「おお! 君が新たな落とし子か!」
「歓迎するよ!」
「ようこそ! マグメルへ!」
「ようこそ!幸せがあふれる場所へ!」
「新しい住人が増えて嬉しいね!」
集落につき数時間後、僕のために集落の人々は祝賀会を開いてくれた。
集落は木造の小民家が連なり、自然豊かな場所。
その中央の広場で祝賀会は行われた。
大きなテーブルを囲み多種多様の色の花々が輝かしく色めき、僕を歓迎してくれている。
テーブルには黄金色の林檎がきれいに並べられている。
さきほどの青年に連れそわれながら、僕は集落の人々に挨拶をする。
みんな驚くほど僕を穏やかに優しい笑みで歓迎してくれて、なんだかすごく気持ちがいい。
すっかり有頂天になった僕は集落の長に挨拶に行く、青年が軽く長の事を紹介してくれて、長自身が挨拶をする。
「わたしが集落の長だ。今後ともよろしく頼むよ!」
長は優しい笑みと長い髭が特徴的な50年代のおじいさん。
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
さっきまでの悄然とした顔から元気になった僕を青年は一瞥して、心なしかにっこり笑ったような気がした。
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祝賀会を終え、僕は自分の家が作り出されるまで一時青年の家に居候させてもらえる事になった。
寝る直前、僕はふいに質問した。
だが、自分でもそれがどういった意味のある問いなのかはわからなかった。
――――――……
「そういえば、君の名前は?」
――――――……
「……名前? 何のこと?」
怪訝そうに答える青年。
――――――……
僕は違和感を感じた。
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何週間かたった。
この世界での生活も慣れた。
僕の家ももうすぐ完成する。
今日は、食料である林檎がきれそうなので木々から採取する。
最初は謎の違和感があって、気晴れしなかったが今となってはそれはどうでもよくなった。
林檎以外を食べてはいけないという事さえも。
――――――……だが、今日は違った。
「みんな! 集落の一人が死んだ! これから死の祝賀会を開く!」
集落の長が広場中央で、大声を上げた。
集落のみんなはなぜか歓喜の声を上げ、一斉に足早に広場へと集まる。
おかしい。
「素晴らしいわ!」
「ああ……ついに!」
「久しぶりの死者ですね!」
「おめでたいな!」
誰1人として――――……悲哀を浮かべていない。
あれ? そもそも悲哀とはなんだ?
歓喜とはなにが違う?
感情とはなんだ?
すべてが同一ではないのか?
死とはなんだ?
生きるってなんだ?
――――――……人間って……なんだ?
謎の違和感は、明確な疑問になる。
今までなぜ考えていなかったのかの疑問。
僕は必死に考える。
でもわからない。
「おーい! 君! 何やってるの! はじめるよ!」
この集落の先導者のひとりが僕に大声で呼びかける。
「あ、はい! すみません!」
僕はみんなのもとへと走る。
死んでいたのは……僕にはじめて声をかけてくれ、一番お世話になっていた青年だった。
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青年の死の祝賀会は終わった。
みんな花束や林檎を棺に入った青年の上に置いていく。
嬉しく笑う人、おばちゃんたちが井戸端会議のように高笑いで話す様子、青年と仲が良かった人は涙を浮かべていた。ただし、それは嬉し涙。
僕は誰とも話さずただただじっと青年の顔を見続けた。
その時の青年の顔は笑っていた。
それがひどく悲しかった。
最終的には青年は土に埋められ、みんなの笑顔と拍手とともに見送られながら青年の死の祝賀会は終わった。
――――……と、突然
僕の悄然とした面持ちに集落の長は睥睨してきた。
睥睨するだけで、何も言わない。何もしてこない。
それにつられ、周りの人々も僕を睨む。
その狂った光景を僕は呆然と立ち尽くす他無かった。
しばらくして、何事も無かったように、長や人々は散開する。
ひとり取り残された僕は逃げるように青年の家へと走っていった。
体が震える。
どうしよもない感情に支配された僕はベッドに入る。
逃げるように目を閉じて、そのまま死んでしまうかの如く眠りにつく。
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床の硬さに違和感を覚え、ハッと起き上がる。
僕は謎の暗闇の空間にいた。
わずかばかりに細い鉄柱から光が差し込む。
そこは……地下にある牢獄。
僕は囚われていた。
コン……コン……コン
誰かがこっちに向かってくる足音がする。
おそらくは……
「いや、調子はどうかな?」
集落の長だ。
誰が何のためになぜ閉じ込められているのかはわからない。
長は僕の恐怖に満ちた表情を楽しんでいるよう。でもそれははじめてこの集落に来た笑顔でもある。
つまり、長はなにも変わっていない。
長は僕の状況下や表情には全く触れず、毎回集落でおきたどうでもいい話をしてくる。
今はそれがひどく不気味で仕方が無い。
僕はただじっと黙っている。
変に発言したらきっとひどい事をされるから。
長は、そんな僕に毎回最後に同じ事を言う。
「君は、この集落にふさわしくない」
――――――……なにかがこおりついた音がした。
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あれから随分な時がたったように思えるし、そうでもないようにも思える。
何年もたっているのか、はたまた何分なのか、それを知る術はない。
いつからか、長も来なくなり、僕はただひとり懊悩としていた。
なぜこんなことになったのか。
僕は何か悪いことをしたのか。
なぜ誰も助けてくれないのか。
なぜーーーーーーー僕はひとりぼっちなのか。
それは今では空腹でなにも考えることができなくなった。
もとよりこの世界はなにも食べずとも大丈夫、空腹なんて概念は存在しない。
黄金の林檎は昔からのならわしで食べている。
いつの間にか得た知識、なんの足しにもならないどうでもいい知識。
だが、僕は空腹を覚えた。とにかくなにかを食べたい。
なぜかはわからない。もうなにもわからない。
僕はまたこの暗闇で終わる。
――――――……ふと腹部から胸の真ん中あたりにこみ上げる熱を感じた。
それは、今までに感じたことのない感情。
その感情を知る前に僕は拳を握りしめ、体中に力を入れる。
これは怒りではない、憎しみでもない、悲しみでもない、喜びでも楽しみでも嬉しさでも…
やはりわからないままだ。
だが、僕はなにがなんでもこの暗闇の牢獄から絶対出ようと思い、鉄柱を思いっきりぶん殴る。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もーーー
ゴンッ!! と鈍く重い音が響き渡る。 拳は赤く腫れあがり、中心には赤黒い痣ができていた。
それでも痛みはなにも感じない。ただ壊すためだけに僕は無心に鉄柱を殴る。
すると―――……突然、鉄柱は錆びた鉄のように脆く儚くバラバラに砕け散り、砂のようになる。
そんな摩訶不思議な現象に目もくれず、思いっきり走り出す。
もう枯渇しているであろう体力を無理にでも絞り出して、光へとーーー
牢屋の廊下を突き抜け、長い長い階段を走る。
ようやく、外と思しき白い光が見えた。
それに手を差し伸べ、希望を持つ。
やっと……やっと……わかった…これで……
声にならない声でつぶやく。
とうの昔に枯れていた涙がどっと滝のように流れ出てきた。
地上へとでるーーーーーーーーーー…
そこはなにもない地平線の彼方まで広がる薄暗い廃れた荒野。
あたりにはなにかの白骨が無数に散乱している。
そうか。ここは僕の望んだ世界だった。
そしてもう繰り返すことはなく、この世界には誰もいなくなった。
読んでいただきありがとうございました。