3、暗雲 #3
教会の中は思っていたよりも多くの人が行き交っていて、僕が想像していた教会の風景とは少し違っていた。
教会に入って最初に見えるのは広々としたホールのような空間で、辺りには雑談している人や静かに佇んでいる人、忙しなく動き回っている人など様々な人々で賑わっている。レティーツィアによるとここはどうやら多目的ホールのようなところらしい。礼拝に来た人々が交流する場所であり、催物を行う場所でもあるそうだ。
教会と聞くと静謐で厳かなイメージがあったのだが、ここは控えめな喧騒に包まれていて教会であることを忘れてしまいそうだ。
もちろんこれがセフィラ教会のすべてじゃない。ホールからはいくつか廊下が伸びていて、そこを辿っていくと礼拝専用の部屋なんかもあるらしい。真面目に祈りを捧げたい場合はそうした部屋に行くようだ。
あと聞いていて驚いたのが、寝泊まり出来る部屋もあるという話だ。普通の宿と同じように料金がかかる上予約が必要らしいが、料金自体はだいぶ安いらしい。
何故そんな部屋があるのかというと、魔術師が教会で瞑想する時に使うからなのだという。セフィラ教会は魔術師の精神修行の場としての側面も持ち合わせており、泊まり込みで魔術師が修行することは珍しくないようだ。
教会というには設備が充実し過ぎているような気もしたが、それがセフィラ教の特色なのだろう。力そのものを信仰し、力を得ようとするものを受け入れ支援する。教会のスタンスとしてはそんな感じだろうか。
……なんて色々と興味深くてついつい目移りしちゃうけど、教会に来た本当の目的は観光じゃなくて結婚式の予行演習だ。
辺りの人目を避けつつ廊下を何度か曲がると、やがて人の姿は全く見えなくなり喧騒は消えていった。所々に警備をしている兵士がいたけれど、僕たちが来ることは知らされているみたいで敬礼をしてきた。
軽く会釈をしながら廊下を歩いていくとレティーツィアはある扉の前で足を止める。
木製のどっしりとした大きな扉だ。ここが恐らくレティーツィアの言っていた婚儀の間だろう。
「さて、とりあえず中に入ってみましょうか。実は私もここに入るのは初めてなのよ」
「え、レティーツィアも入ったことないの?王家なんだから一度くらいは入ったことがあるのかと思ってたよ」
なんだか意外だ。王家のみが使う部屋だとは聞いていたけど、当の王家であるレティーツィアが入ったことがないというのはどういう事なのだろう。
「王家のしきたりでね。ここに入ることを許されるのは婚約をした王家の人間と、その相手だけなの。結婚を誓った二人だけが入れる部屋。二人以外誰もいない部屋で静謐に、厳かに愛を誓うの。……すごく素敵じゃない?」
「結婚式っていうからすごく派手なのを想像してたけど、それがリネア王家式の結婚式なんだね」
「あら、ソウタは派手なのがお好み?まあたくさんの人に見せつけるのもそれはそれで悪くないけど……」
「そ、そうじゃなくて!いや、好みで言ったら僕も静かな方が好きだけど……」
というか、結婚式が終わればその後はパレードをするのだからどちらにせよ見せつけることになるじゃないか。なんで真面目に答えてるんだ僕は。
案の定レティーツィアに笑われてしまったので、気を取り直して僕は目の前の扉を静かに開けた。重い木製の扉が僅かに軋む音をたてながらゆっくりと開いていく。
そして目の前に現れたのは──。
「…………」
「…………」
穏やかな笑みを浮かべて僕らを見下ろす大きな天使の石像。天窓から差し込む光に照らされた天使の姿は息を吞むほどに美しく、神々しかった。
部屋の広さは僕もよく知っている現代の一般的なチャペルと同じくらい。いくつもの天窓から差し込む光のおかげで部屋は明るく、穏やかな雰囲気に包まれていた。そして部屋の一番奥にその天使の像は鎮座している。
部屋の入り口でぼんやりと立ち尽くす僕らは一緒に天使の像を見上げていた。
「あれは……天使、だよね」
「ソウタの世界ではそういう風に言うのね。けどあれは違う。……あの石像は、『守護者』よ」
「守護者?」
このアイソフィールでは天使という概念は存在しないようだ。代わりにレティーツィアが言った守護者とは一体どんな存在なのだろう。
「ええ。秘奥の権化であり、象徴でもある存在。……秘奥は意思を持っているの。それが人の形を成し具現化した存在。それが守護者よ」
「……秘奥って、喋るの?」
「喋るわよ?」
……何だかとんでもない話を聞いた気がする。僕の中で秘奥という存在が一気に謎と化した。意思を持っている力そのもの、というのが今のところの秘奥に対する認識だけど……秘奥って一体何なんだろう……。
「……秘奥が喋るとか衝撃的過ぎて、秘奥がどんなものなのか全く分からなくなったよ」
「うーん……こればかりは説明しにくいわね。そういう存在というか、概念だとしか言いようがないわ。もう少し詳しい説明をすると、秘奥は全部で十個あって、それぞれが全く違う力をもってるの。そして秘奥は自らの元へと至った人間を、秘奥を扱うに相応しい人間かどうか見極めるのよ」
「見極めるって……どうやって?」
「話をするだけよ。アストラル界……精神世界での話だから自分の内面や人間性は全て見透かされているわ。その上で自分はどんな意思を持って秘奥の元へと至ったのか、話をして秘奥に認めて貰うの」
意思を持ち、使い手を選ぶ力……例えるならファンタジーに出てくる精霊や神のような存在だろうか。実際に存在すると言われても、いざこうして話を聞いていると全く想像がつかない。僕は生粋の現代人だしこの世界の常識は通用しないと言えばそれまでだけども。
「認めて貰えなかったらどうなるの?」
「ただその秘奥を行使出来ないだけよ。ただ、相当悔しい思いはするでしょうね。魔術師としての自分を否定されるようなものだから」
「なるほど。秘奥に至れば終わりって訳じゃないんだね」
レティーツィアは僕の言葉にゆっくりと頷く。
そう考えるとやはり秘奥に至るということがどれほど困難なことなのかがわかる。限りなく狭き門を通った先で、更に自らの素質を試されるのだ。……どう考えても僕なんかじゃ無理だということがよく分かった。
「じゃああの守護者の像は秘奥の内の一つを司ってるってことだよね。……一体どんな秘奥なんだろう」
「あれは十番目の秘奥の守護者、サンダルフォンの像ね。十番目の秘奥はリネア王家と関わりが深いのよ。だからきっとここにあるんだわ」
「リネア王家と関わりが深い……?」
「ええ。説明すると長くなるから詳しくはまた今度ね。取り敢えず簡単に言うと、十番目の秘奥に初めて至ったのがリネア王家の遠い先祖なのよ」
それはまた驚きだ。リネア王家の歴史についてもなんだか興味が湧いてくる。
とはいえ今それを聞くのも迷惑だろう。いずれレティーツィアに教えて貰う機会もあるはずだ。
「っと、なんだか長話しちゃったわね。ひとまず予行演習をしましょうか」
「あ、うん。そうだね」
レティーツィアの言う通りこのまま入り口で話をしてるわけにもいかない。僕は手を引かれるまま歩き出し、やがて守護者の像の真下へと辿り着いた。
「予行演習、といってもそれほど大それたことはしないわ。当日の流れとしては、私とソウタは別々にこの教会に来てそれぞれあてがわれた部屋で専用の衣装に着替える。そしてこの部屋の前で合流して、一緒にこの像の下まで来る。後は私と一緒に祈りの言葉を述べて像に祈りを捧げるの。ね、簡単でしょ」
「確かに、それなら僕にも出来そうだよ。祈りの言葉、教えてくれるかな」
「ええ。まずは像の前で跪いて右手を心臓の位置に当てる。左手は楽にしてていいわ。そしてこう唱えるの──」
レティーツィアの口から祈りの言葉が紡がれていく。一言一句聞き逃さないように集中して、レティーツィアの後に続いて復唱した。
予行演習というから少しだけ身構えていたけれど、どうやらこの祈りの言葉を教えるという意味合いが強かったみたいだ。
慣れない儀式に何度か台詞を間違えつつも、粛々と僕とレティーツィアの婚儀の予行演習は続いていったのだった。




