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短編

転生令嬢になど、なりとうなかった。~勝手に婚約騒動編~

作者: 382

 日本という国、平成という時代。そこで生きてきた記憶がある自分にとって、ファンタジー色の強い中世ヨーロッパ風の国で生まれ、生活するのは違和感の塊がそこかしこにゴロゴロとしていたが、慣れてきた今となってはそれが当たり前となる。

 リボンやらフリルやらレースやらが使われた色とりどりなドレスも、背中を覆えるほどの長い髪も、今では当たり前の一部だ。


「マリッサ・カーライル!お覚悟ォおお!!」

「毎度毎度うっとォしいんじゃ!」

 真正面からゴテゴテと装飾のやかましい短剣を構え、やかましい吠えと共に向かってくるは、この世界で一番大きな国であるイーサン帝国の皇太子、エヴァン・ハルストローム。

 ヒラリ……と、軽やかに避けることはできないが、左腕のブレスレットが自動防御の盾を出してくれる。

 マリッサとエヴァンの間に半透明の盾が浮かび、短剣を防いだ。カーライル家の紋章は、この国では『鉄壁』を意味する。マリッサが出す盾のど真ん中にも、それは大きくあった。

「クッ……!」

「(何がクッ……!だ!)」

 彼の見た目は、物腰穏やかそうな優男。しかし、中身は暑苦しい負けず嫌いである。この男、最初から暑苦しい面を見せるわけではなく、見た目通りのネコをかぶってはいたのだ。マリッサに「馴れ馴れしく触んな」と、顔面に裏拳をもらうまでは。

 イーサン帝国は武に重きを置く国で、国民のほとんどが何らかの武術に精通している。体術の他にあらゆる武器に明るく、兵器の開発にも積極的だ。その代り魔力が無く、魔法の一切が使えない。

「力こそ正義」と言い切ってしまいそうなほどの、体力・武力バカな国。しかし貿易や産業が廃れているわけでもなく、多方面でかなりの発展を見せている。


 そして、このエヴァンとマリッサの出会いが、一つの日常を形作ろうとしていた。

 最初の出会いは、マリッサの国、その王城でのパーティでだった。

 中庭に逃げ出したマリッサは、そこで同じ理由で中庭にいたエヴァンと出会った。その時のマリッサにとっては、とりあえず面倒臭い事に巻き込むイケメンは死……いや、滅しろ。ぐらいの思いであったため、見目麗しいエヴァンを見てもチベットスナギツネのような目をしているだけだった。

 エヴァンにとっては、自分の事を知らない令嬢はいない筈はないと思っていたし、自分をそんな(チベットスナギツネのような)目と態度で見てくる女性と会った事が無く、若干の戸惑いはあった。

 しかし気を取り直して猫をかぶり、マリッサの手を取り、挨拶をしようとしたのだ。よくある手の甲にキスという挨拶は女性から右手を差し伸べられた場合のみであるから、手を取ったのはいつもしている動作をしたに過ぎない。

 しかしマリッサにとっては、そんなマナー云々より関わりたくも無いイケメンから接触され、思わず手を出してしまった。……言い訳をさせてもらえるなら、何も殴ろうと思って殴ったんじゃない。反射的に手を振り払おうとしたら、彼に裏拳が入ってしまったのだ。

 これをマイヤに見られでもしたら、説教と躾(物理)をお見舞いされるだろう。更にこんな見苦しい言い訳をしたら、確実にお仕置き部屋に連行される。


 さて、以前この世界での魔法の話はしたと思う。知らないという方は、【転生令嬢になど、なりとうなかった。】を読んでくれるとありがたい。

 マリッサも魔力持ちの『箱』持ちである。今回の場合、白レースの手袋。『箱』の進歩は目覚ましく、衣類や靴、化粧等にも応用している。

『箱』というのは、何も四角い形をした物限定ではない。何かを入れる、何かを包む。というなら身を包む衣服や、特殊な入れ物又は素材でできた化粧品等にも応用できないだろうか?

 そんなマリッサの発想を面白がった『箱』開発責任者は、様々な物を作り上げた。今では、開発者にとってマリッサの存在はアイデアボックス+実験台だ。……本人には言わないが。

 その一つが特殊に織りこまれたレースの手袋。それに魔力を流せば、素材が絹の手袋でもパワードアーマーのような働きを見せる。自分よりも大きく重い物を持ち上げたり、パンチ力を上げたり等々……これを持っているのは、今の所マリッサだけである。普通の令嬢は護ってもらえるのだから、持つ必要などない事は、言わずもがなというやつだ。


 マリッサの『白椿の君』と言われる所以は、ここにもあった。

 白レースの手袋、女性用に見せかけた実は軍隊でも実用可能レベルの編み上げブーツ、年相応に落ち着いたドレスは、全て『箱』関連のものである。言わずもがな、娘バカである父親のオーウェンが持たせた代物。勿論、他にもある。

 これらを装備したマリッサが、人助けをする。……いや、本人に自覚は無い。ただ何となく手を出しただけだ。

 例えば人通りの多い往来で、荷物を多く積んだ馬車が横転。崩れる荷物の先にいた平民の子どもたちを、ちょうど買い物途中だったマリッサが助けた。

 例えば街中で刃物を持って暴れていた酔っ払いに、運悪く絡まれた子爵令嬢。あわやというところで、子爵令嬢と一緒に居たマリッサが撃退。酔っ払いを取り押さえた。

 例えば例えば……と、上げていけば限りがない。兎にも角にも護衛や騎士や憲兵よりも先に危険を回避し、騒動の元を抑えるものだから、「流石はカーライル家のお嬢様だ」と言われるように。

 マリッサとしては、ただ買い物に出ただけなのに……ただ友だちと出掛けてただけなのに……ただ家から抜け出してきただけなのに……という思い。

 マイヤの教育の成果か、屋敷ならともかく外にいる時は猫を被る彼女は、どこからどう見ても公爵令嬢だ。

「お怪我はありませんか?」

「貴女が無事で、何よりです」

 危険が過ぎ去った後に見た完璧な令嬢スマイルに、掛けられるは優しい言葉。これにコロリとやられてしまうは大半が女子ども。なんという吊り橋効果。なんて笑ったのは、リアだけである。


 閑話休題。

 そんなえげつない効果を出す手袋を装着したマリッサの裏拳は、エヴァンを文字通り吹っ飛ばした。綺麗に円を描いて飛んでいった先は、王族たちが集まる広間。そのど真ん中に頭から落ちたエヴァン。

 当たり前だが場は騒然とし、騎士は出てくるし貴族たちは慌てふためき右往左往する。

 この騒ぎにマリッサは「やっべー」と、その場から逃げ出した。

 まあ、一国の皇太子を殴って無い事にできず、その日の内にマリッサは王城に呼び出されるのだが。


 父親と共に謁見の間に入れば、この国の王と王妃、そしてイーサン帝国の王と王妃、その隣に包帯でグルグル巻きにされたエヴァンが立っていた。

 まずマリッサの目と意識を奪ったのが、イーサン帝国の王の姿である。

「(袖が……カ○コン破れしてんスけど)」

 歳は自分の父親より少し上くらいだろうか?しかしリンゴくらい片手で握り潰せそうな筋骨隆々とした体躯は、見事なものである。二の腕も女性の腰回り程ありそうな太さは凄いが、何故袖が某格闘ゲームの格闘家のように破れているのか気になる。

 一国の皇太子を殴って怪我させて、死刑かなー?お家取り潰しは勘弁してほしいなー。あーもうやっべーなあ。と、その辺りを軽く考るマリッサの感覚は、まだ前世の名残を見せる。

「--……だが、マリッサよ。よいな?」

「(やっべ、聞いてなかった)……はい」

 隣の父親を見れば、片眉を上げ、前を凝視している。

 幼い頃から随分と自分に甘い父親であったが、ここまでの事をしたのだ。庇いきれるものでもないだろう。

 死刑とか終身刑とか強制労働とかヤダなとは思うが、他の人間を巻き込んでまで死にたくないし助かりたくはない。

 ろくな事しかしない悪い娘だったよな……と、自分の軽率な行動をやっとこさ後悔し始めるマリッサだったが、不意に豪快な笑い声を上げ、これでもかというような笑顔を浮かべるイーサン国王に思考が中断される。


「ダアァーーーッハッハッハ!これでようやっと『鉄壁』の娘が来るのう!なあ!ティルダ!」

「ホホホ。我が国の攻撃を防いだのは、『鉄壁』のオーウェン・カーライルのみ!婚約という形を取っていたとはいえパーティぐらいでしか会えないため手合せすらも叶いませんでしたが、身内になるのです。これから楽しみですわね」

 笑っているのは、相手側の王族だけだ。

 話が見えず、僅かに眉を寄せ隣を見れば、いつの間にか真顔になっている父親の口から洩れる「はァ?婚約ゥ……?」という言葉。

「……は?」

 ぱーどぅん?と、言いたくなるのを押さえ、混乱が見え隠れしてきた頭の中で状況と話を整理する。


 どうやら、自分の息子が怪我を負わせられても、このイーサン国王夫妻は「それがどうした?」という事らしい。

 イーサン国では、常日頃から軽傷重傷は当たり前、というか怪我は自己責任。負った奴が軟弱なんじゃい。どうせ、後でこの国の魔法で治してもらえるんだから問題無いだろ。

 それより、自分より弱そうな令嬢に殴り飛ばされる不甲斐なさを反省せんかい。という事……らしい。


 魔法が使えない?魔力が無い?それがどうした。自分の身ィ一つで何でもできるだろうが。相手が何かしようとする前に拳を突き出せ、ゴチャゴチャした『箱』はどうせ使えないんだから、簡単な剣を振れ。毒を盛られた?気合で排除しろ。奇襲された?返り討ちにしろ。謀反?自分に挑むか、面白い。……と、まあ、イーサンという国はこういう国だ。


 国王を始めとした王族たちも普段から素手やら武器での手合せやら、武器を担いで単身、戦場突入を行っている。それが許されている。それが当然とした国なのだ。

 過去に何度か謀反があったようだが、短期間で鎮圧しているらしい。もちろん、自分(国王)の身、一つで。

 今では、大臣相手だろうが国王相手だろうが、下(平民含む)が上に挑むことはあるらしく、それをドンと来いとしている。

 そんな闘い大好きっ子たちが、今現在興味を引いているのがマリッサの父、オーウェンだ。

 昔、マリッサの国とイーサン帝国との間で戦争があった。戦争はイーサン帝国が勝利を収めたものの、王を護るオーウェンには誰にも勝てなかった。それが幸か不幸かイーサン国王、モーゼスの興味を引いてしまったのだ。

 敗戦国相手なのだから、その国の貴族など、どうとでも言う事をきかせる事だってできるじゃないか。そういった考えはモーゼスには無く、闘いを挑む時は正々堂々、真正面からいきたいのだ。相手もやる気になってこそ、お互い燃えるんじゃないか。と。

 だから本当に正々堂々勝負を挑んでも、オーウェンに断られたら「ちぇ」と、少し残念そうにしながらも引いていく素直さ。誰も「無礼な!」とか「軟弱者め!」とか言わない。下の者も、大体似たり寄ったりな考えをしているから。

 お互いに息子や娘が生まれてからは、勝負を挑むことすら少なくなってしまい、しかしオーウェンとの勝負をあきらめきれないモーゼスに、正妃のティルダがこんな提案をしたのだ。


「息子とあちらの娘が結婚したら、もう家族じゃない?なら、今までよりもっと誘いやすくなるんじゃないかしら?」


 あ、それいい!とばかりに、モーゼスはその日の内にお互いの国交を良好にするために、わしのとこの息子とオーウェンの娘を結婚させようぜ!と、国書を出した。届いたその日に、真顔のオーウェンに燃やされたが。

「私の娘、まだ赤ん坊なんですけど!?目に入れても痛くないってか、もう入れておきたいんですけど!?それを嫁に出せェ?あァ!?」

 ということをこれでもかと丁寧な言葉に直して破れかけのオブラートを乗せただけのお断りをするオーウェンを抑えるのに、国王は「今すぐお断りのお手紙書いてきます!」と、走り出した。

「わし、王ぞ?」という言葉は、オーウェンには通じない。イーサン帝国の猛攻から唯一自分を護った実績があるし、そんな娘ラブのオーウェンに国を出ていかれたら、今度こそ死ぬ。と、国王は理解しているからだ。

 しかし、戦争に負けたばかりであちら側からの提案を無碍にする事は出来ない。どないせェっちゅうねん!とばかりに頭を抱える国王へ、正妃がこう提案する。

「というか、お互いまだ赤ん坊なのだから、今は『婚約』という形で納めておけばいいんじゃないかしら?」

 あ、それいい!と、国王はそれに飛びついた。その日の内に返事を出し、問題は片付いた。と、ばかりにホッと胸を撫で下ろした。実際は、後回しにしただけなのだが。


 その後回しにした(忘れてた)問題が今になって出てきたことに、先程から国王は目線を少し下に向け、微動だにしていない。

 正面にはオーウェンがいる。真顔のオーウェン。「おうコラ、どういう事やねん?」という目を向けてくるオーウェンに気付かぬフリをする国王。

 問題を起こしたのはカーライル家の娘なのだが、国王はそれよりも今すぐ逃げたかった。それも叶わず、後で捕まってしまったのだが。



 ◇◇◇◇



「あら、白椿の君よ」

「お隣には……まあ!イーサン帝国の皇太子殿下がいらっしゃるわ!」

「では、あのお噂は本当でしたのね……」

 エヴァンを殴り飛ばした件については、マリッサがエヴァンに謝罪し、本人もそれを受け入れた事と、モーゼスの事を荒立てたくないという温情により事件は静かに幕を閉じ、改めての意味を込めて開かれたパーティの場では、他の王族達や貴族らは前の騒動など無かったかのように振る舞い、マリッサとエヴァンが二人でいる光景に、何も知らない令嬢達は揃って息を零した。


 先日、公爵から男爵と名の付く令嬢達によって開かれたお茶会。

『白椿の密約』と名付けられたそれは、言うなればマリッサファンクラブみたいなもの。ここではあまり地位に拘らないマリッサに倣い、無礼講となっている。勿論、最低限のマナーはあるが。

 今日のマリッサの予定に始まり、着ていたドレス、アクセサリー類を褒め合い、こんな事があった、この様な人物がマリッサ様に近付こうとしていた。等と報告し合うそれは、本人が知れば「お、おう……」と、戸惑うしかない集まりである。

 無論、この『密約』と名付けられたこの集まりは自分達だけの秘密であり、これに連なる者は『抜けがけ禁止』が原則とされている。


 "マリッサ様に相応しい方は、何方かしら?"


 誰かがそんな事を呟けば、途端に始まる推しメントーク。

「ワーナリー侯爵のテンツ様は?」

「あら、駄目よ。あの方、女好きで有名なのご存知なくて?」

「その点、アイボリー子爵のダン様は素敵よ」

「いやだ、あの方筋肉が多過ぎるわ。貴女、そればっかりじゃない」

「トンテッタ男爵の……--」

 こうやって挙げては下げられをくり返し、結局は「白椿の君に相応しい方は、この国にはいらっしゃらないわ」と結論付けられる。

 例えマリッサが好きになった相手が現れたとしても、自分たちが縦から横から斜めから、もういっそ全方位から隅々まで調べ上げて確認した相手じゃないと、マリッサ様はお任せできない!なんて考える始末。


 そんな彼女たちの目の前には、マリッサとエヴァンが親しげに話しているのが見える。見えるだけ。

 エヴァンの噂は、国の違うここでもしっかりと届いている。

 品行方正、質実剛健と良い意味の四文字熟語を有るだけ持ってこい!と言う程、いい噂しか聞かない。

 でも、自分達はまだ納得してない。

 身分故に自分達から話し掛ける事も出来ず、 もどかしい思いをしている彼女たちの事は露知らず、マリッサとエヴァンは外向けの笑顔の裏で激しい攻防を繰り広げていた。


「マリッサ、あちらの庭園の薔薇が見事だそうだ。見に行かないか?(訳:ちょっとそこまで付き合え)」

「……今日の空気は少し肌寒くて(訳:嫌じゃ)」

「ああ、これは気が利かない僕が悪い。今温かい飲み物を持ってこさせよう。それと、何か羽織るものを。そういえば、新しい"箱"を開発したのは、君の発案だと聞いてるよ(訳:いいから来い。その手袋やヒールは新作だろ?どんな感じだ?)」

「いえ私は、少し口を挟んだ程度で……殿下も"箱"は一度体験なさったでしょう?(訳:また同じ目に遭いたいなら、吝かではございませんが?)」

「そうだな、今でも忘れられない(訳:二度もやられるわけないだろ。というか、反省して無いだろお前)」

 ホホホ、ハハハと笑い合う二人は、本当に仲睦まじく見える。何度も言うが、見えるだけ。だ。


「ダッハッハ!あの二人のなんと似合いなことか!のう!オーウェン!あっちで手合わせでもせんか!?」

「認めません、認めたくありません。そしてお断り致します」

 モーゼスは流石にパーティの場では〇プコン破れしたものは着てはいない。が、マッスルポーズの一つでもしたら破れそうな程詰まって見えるのに、何とか耐えている服はもの凄く頑張っている。

 豪快に笑う様は、親方とか棟梁とか親分という感じを連想させた。

 オーウェンは、静かに相手の話に耳を傾けているように見えるが、場が場でなければ、相手が帝国の皇太子でなければ、娘に近付くエヴァンを親の仇を見るかのような視線を送っていただろうし、「(二人の距離が)かなり近いんじゃないかね?」と、イチャモンをつけに行っていただろう。

 しかし、モーゼスの言葉を思わず即否定してしまう程、少し心乱れているのが分かる。

 そんなオーウェンに会話に混ぜこみながら勝負を申し込むモーゼスのノリは、どこまでも「〇〇ノー、野球しようぜ」というものであった。


 パーティは恙無く、何の問題も無く進められていたが、それをぶち壊す乱入者が現れた。

「キャー!」

  ワイバーン。世界規模でいうなら、その数は決して少なくなく国の多くはこれを移動用として使うことも多い。野良の場合、好奇心旺盛で凶暴な部分が多々見られるが、人に懐けば頼もしい空の相棒となる。

 手綱や鐙も着けていない所を見る限り、このワイバーンは野良かもしれない。

 普段は魔獣除けの結界が張られている王城に野良ワイバーンがやって来ることは、まずあり得ない。だからこそ、この場の混乱は大きく、騒ぎはどんどん広がっていく。

 大きな体で中に入ろうとするから、建物の一部が壊れた。それに更に悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。

 すぐさま騎士や近衛が対応に当たるが、場には貴族達がいくらか残っており、そちらを優先させねばならない。幸い、王族達はワイバーンとは一番離れた場所に居る為、近衛の数人で対応できた。

「クソッ、赤のワイバーンだと!?」

「三番隊、六番隊は、防御用の"箱"を展開!ファイアブレスに備えろ!一番隊、四番隊はワイバーンを取り囲め!二番隊は避難される方々の護衛にあたれ!」

 ワイバーンを始めとする魔物は、属性を持つものがあり、火なら赤、水なら青。と、色を持つ。このワイバーンはの体は赤く、『火』の属性持ちだと、全員が警戒する。もしこの場で火でも吐かれたら、被害の大きさはどれほどか。と、全員が箱に手を伸ばした。

「ああっ!エヴァン殿下!マリッサ様!?」

 庭園に、一番近い場所にいた二人。騎士達が二人を保護しようと向かうが、ワイバーンも二人に気付いてしまった。


「"下がりなさい"」

 マリッサがワイバーンにそう命じる。

 マリッサの口紅も『箱』に関するものであり、これは様々な効果があるもの。気になる異性を惹きつけるものであったり、瞬時に解毒してくれるものであったり。

  ちなみに、王族の女性達は状態異常の元を消す作用のある口紅を愛用している。色の種類は豊富だし、一々毒の心配をしなくてすむから、注文は途切れることは無い。

 マリッサが使用しているのは、催眠作用のあるもの。

 この口紅を通して発せられた言葉は、向けた相手の意識に作用し、『思わず』といった形を取らせる。勿論、魔力を流さなければただの口紅。ただしこれは試作品であり、一般化されていない。理由は言わずもがな、悪心を持つ者に利用されるのを防ぐ為だ。

 魔力を流し、発した言葉を向けられたワイバーンは、『思わず』後ろに下がった。しかし効果はそこまでらしく、下がった分また前に出てくる。半開きの口からは、チラチラと炎が見えた。

「おい!こっちだ!」

 声につられてワイバーンが上を見れば、既に抜剣し斬る動作に入っているエヴァンが。口を開いたワイバーンが火を噴こうとしたその時、マリッサが声を上げた。

「"止まりなさい!"」

 ピタリ。と、口を開けたまま止まるワイバーン。

 そこからは、あっという間だった。

 イーサン帝国でも上位の腕前を持つエヴァンの剣筋はほとんどの者が見えず、気付いた時にはワイバーンの首は地に落とされた後。

 先程まで悲鳴でいっぱいだった広間は、歓声と喜びの声で満たされ、誰もが安堵の息を吐き出し、無事を喜んだ。


「おい、マリッ……」

「エヴァン殿下ァ!怖かったですゥ!」

「ゲフォッ!」

 剣をしまい、マリッサに声を掛けようとしたエヴァンに駆け寄る少女。歳はマリッサと同じくらいか。

 胸元に飛び込むつもりが、勢いが良過ぎたのかショルダータックルのようになってしまい、完全に油断していたエヴァンは鳩尾にキレイに決められ、不覚にも膝を着いてしまった。

 周囲がまたも騒ぎ出す中、近くにいたマリッサの耳に入ってきた呟き。

「……げ。ヤバい。ちょっと勢い強すぎた?」

 タックルを決めた少女はなんやかんやと言い訳をしながら逃げようとしたが、騎士二人に両腕を掴まれ、連行されていった。

 その後、取り調べでワイバーンを乱入させたのはエヴァンに駆け寄った(タックルした)少女だと判明。

 イーサン帝国出身とのことで、更に取り調べたが「真のヒロインは自分」とか「あのイベント起こさないと、エヴァン殿下との……」と、訳の分からない事を言っているそうだ。



 ◇◇◇◇



 騒ぎから数日経った日の午前と午後の境目。

 イーサン帝国からの客人がやっと帰るとのことで、数日でゲッソリしてしまった国王は、機嫌の良いモーゼスから「また近い内に来るぞ!」と、肩を叩かれその場に突っ伏した。

  国王は泣きたかった。国王はどちらかと言えば引きこもりレベルのインドア派で、真逆のモーゼスとは合わない。グイグイくるモーゼスにいろんなものを譲る形でこの数日を過ごしてきたから、やっと帰ってくれる!と、嬉しかったのに!

  更には、一度だけオーウェンが受けた勝負で城とかいろんなものが壊された。宰相からは壊れた物の修繕費やら何やらでの心労で倒れてしまう。勝敗は引き分けで終わってしまったから、「またやろうな!」と言うモーゼスに勘弁してくれと思ってしまったのはオーウェンだけではない。


 一応婚約者という事で一応見送りに来たマリッサは、一応当たり障りの無い受け答えでこの場を乗り切ろうとした。

  ティルダ王妃の「貴女がイーサンに来ること、楽しみにしておりますわ」というセリフと獲物を狙う目は、日本人特有の社交辞令満載の受け流しで対応したが、内心は本気で怖かった。マイヤとは、また違った怖さがあった。

 何コレ、戦車?と言いたくなる重厚な造りの馬車。数ある馬車の先頭にあるそれに乗り込んだモーゼスとティルダ。しかし、位置がおかしい。

 御者の位置にモーゼスが座り、中に悠然と座るはティルダだけ。

「では、さらば!」

「ホホホ。皆様、ごきげんよう」

 モーゼスが手綱を握り、一度小気味よい音を鳴らせば、軍馬ばりの……いや、もう軍馬が力強く走り出した。固く舗装された地面には、数センチの蹄の跡が残されているから、あの馬の馬力がどの程度かよく分かる。他の者達も続くから、車輪の跡はもうほとんどが溝のようになっていた。

「お父様……なぜ、国王自ら……というか、あの方々の護衛は……?」

「……護られるような方々では、ないんだよ。マリッサ」

 カタカナの『エ』のような目をするカーライル親子。突っ伏していた国王は既に城に帰ったため(回収された)、そろそろ帰ろうか。とした先にエヴァンが立っていることに、本気で顎が外れそうなぐらい驚いた。

「な、え?何……えぇっ?!」

「今日からお前の家で世話になる!」

「はあ!?」

「イーサン帝国の男子は、早くて十、遅くて二十で他国に修行に出るのだ。それは、王族とて同じ。俺は皇太子として学ぶ事が多く、遅い方でな。そろそろ修行に出ようと思っていたのだ!」

「いや、知らんがな!」

「父上と母上の了承も頂いたことだし、こちらの国王の許可も頂いたからな!明日からは、カーライル領の案内を頼む!」

「何でウチの家に何も報せてへんの!?」

 オーウェンは、イーサン帝国方面に向かって「お宅の息子さん忘れてますよー!」というような事を叫ぶが、返事は無い。


「帰れやあああァァァ!!」


 地丸出しのマリッサの懇願にも似た叫びは蒼い空へと消え、エヴァンが屋敷にやって来た事を全力で喜んだのはリアだけである。


 その数週間後、エヴァンを慕う妹が押しかけてきて、マリッサに嫉妬まみれの敵愾心をガンガンぶつけてくるが、危ない目に遭い、マリッサに助けられ例に漏れずトゥンクしてしまい、「お義姉様」と懐く話があるのだが、また今度にしようと思う。



(これがゲームの展開に似てると言われた、彼女の心境を述べよ)

登場人物

【マリッサ・カーライル】

気ままなプー子生活を送るが、楽ができるなら便利な"箱"はどんどん作ってほしい。"箱"がないと、自分は役立たずの豚野郎です!と、ハッキリ言える自信を持っている。

面倒くさがりだが、他人の危ない場面では、咄嗟に体が動いてしまう。その咄嗟に体が動いてしまうのが他でも働いてしまったことで今回の件に繋がってしまい、めり込む程後悔。

ツッコミ係になりつつある自分に、平穏な日々が遠ざかるんじゃないかと恐怖する。


【オーウェン・カーライル】

マリッサの父親。『鉄壁』と称される他に『バカ親』と言われる事もあるが、「それだけ娘の事を考えてるんだが、何か?」という態度。

最近まで無くなったと思ったのに、イーサン帝国からのラブコール(手合わせ申し込み)が復活してきて、ゲンナリ。相手の性格上、お断りができるのはありがたいが、またすぐに申し込まれることにウンザリ。

マリッサを嫁に出す気は無く、何とかしてこの婚約が破棄出来ないか思案している。


【エヴァン・ハルストローム】

マリッサの婚約者。しかし、お互いにその認識は無し。

見た目はいかにもな『白馬に乗った王子様』というイメージだが、中身は修Z……熱苦しい負けず嫌い。

普通に友達としての距離感なら問題無い相手だが、一度でも何らかで勝つと、彼が勝つまでずっと付き纏われる。

ゲームではここまで熱苦しくも負けず嫌いでもない程々に熱血キャラ。ヒロインがいる国へとやってきた彼が、ヒロインの暴発させた魔法で吹っ飛ばされ、そこから接点を作り、王城のパーティに乱入してきた魔獣を共闘して倒して好感度メーターを派生させる。そこから主に競争的なイベントがあるが、チマチマと一番面倒くさい。と、キャラとしての人気は高かったが、ほとんどのユーザーからは攻略は一番最後に回されていた。


【モーゼス・ハルストローム】

イーサン帝国の王。エヴァンの父親。

趣味は筋トレ、好きなものは家族と肉、嫌いなものはゴチャゴチャしたもの。

今一番したいのは、オーウェンとのガチンコ勝負。


【ティルダ・ハルストローム】

イーサン帝国王妃。エヴァンの母親。

いつも暴走しがちなモーゼスを支え、時に軌道修正させる良妻。

マリッサがイーサン帝国に来れば、『楽しい』事になるわねえ。と、いろいろ準備し始める。


【国王】

マリッサが住む国の王。

王様というより気の弱いオジサン。

アクの強すぎる周りに圧されて自分、王様じゃなかったっけ?あれ、平民じゃなかった?と、チョイチョイ自分の立ち位置を忘れそうになっている。

オーウェンとは、幼なじみ。

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[一言] チベットスナギツネwwww 検索してwwww 腹痛いwwwwwwww
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