婚約破棄?政略結婚の意味もわからん奴なんぞお断りですわ!
ありきたりだけど婚約破棄モノ。
「エスティア・リル・バンバード!
お前との婚約を破棄する!私はヒマリを愛しているんだ!」
「ごめんなさい!でもあなたに止められたとしてもこの愛は止められないのっ!」
愛の讃歌を歌わんばかりの恋人(笑)達に、エスティアは目をしばたかせた。
トリトン・シズ・メタロースは生まれたときからの婚約者であった。先代からもたらされた両家の繋りを結ぶための政略だ。
そこに愛もくそもない。
エスティアは高位貴族に生まれたからには仕方のないことだと受け止めていた。
なにしろエスティアの両親は他国同士の結び付きのため結婚前夜まで全く顔を合わせず過ごした国際政略結婚だが大変仲睦まじい。
愛は結婚してかでも育てろ、がバンバード家の家訓のようになっている。
昔々から国のため家のため、どんな政略結婚も受入れてきたからだ。
二人の兄も、そして姉も皆が政略結婚だがそこそこ幸せにやっている。いや、互いに努力し慈しみ歩み寄っていると言うべきか。
ちょっと夢見がちで人の話を聞かないトリトンのことをエスティアはしょうがないなぁ子どもだなぁと思っても特に嫌いではなかったので不満や不安はあまり考えないようにしていた。
そのうちしっかりするだろう…と思っていたらまさかの婚約破棄である。
正直、がっかりというか失望というか…
なんとも思わないからの好感度ゼロ通り越してマイナスである。
底無し沼に鉄球を力一杯投げて沈むがごとく好感度はマイナスを突き抜けていく。
もはや軽蔑というか人として見れない。ウジ虫以下であると思うエスティアであった。
「そうですが。では当家およびご両親の許可はとっておりますか?」
「愛がないのに婚約者を続けるのはおかしいだろう!」
「家に縛られるなんておかしいわ!」
それは代々政略結婚だが良好円満な家庭を築いてきたバンバード家に喧嘩を売ってきているのだろうか。
いい値で買ってやろうか、とエスティアははやくも心の中で臨戦態勢だ。
「それは政略結婚でも暖かい家庭を築いている私の両親および兄弟、親戚および現国王夫妻に対しての侮辱と受け取って構いませんか?」
「えっ?あっ?一目惚れとかしたんだろう?出会ったときに!」
「そうよっ、気持ちの伴わない婚約なんて時代遅れよ!」
残念ながら一目惚れとかはない。
母達父達から話を聞く限り。努力と忍耐、思いやりによっていつしか愛を育むにいたってるのだ。
「そのようなものありませんでした。
義務によりあるいは国の権威のために政略を受け入れてきたのがバンバード家です。先々代が恋愛脳で二代に渡り尻拭いで政略をしているのが現王家です。
その事、歴史の授業で習っているはずですがご存知無いと?」
「そ、それは…」
「他国の歴史なんでよくわからないわよ。」
トリトンとヒマリは気まずげに目をそらす。二人とも勉学はそれほど得意でないと聞いたことがある。
ちなみにヒマリは他国からの留学生だ。そこそこの家柄だそうだか問題を起こして留学したと報告を受けている。
問題を起こしたのを留学させるなと言いたい。
「まぁいいですわ。
婚約破棄ですわね、承りました。両親には私から話します。
ご子息はご子息のご両親によく報告してくださいな。
バンバード家とメタロース家との関係がどうなろうとかまわないとまで思っての愛を貫く…ご立派じゃありませんか。
ごきげんよう、もう会うことではないでしょう。」
美しい貴族の礼をとり去っていくエスティア。
ポカンと見送る二人は美形美人にもかかわらず間抜け顔であった。
「…というわけで婚約破棄をされました。
お父様お母様申し訳ありません。」
深々と頭を下げる娘にいつもは冷静沈着な父が泣きそうになっている。
一方、母は隣室に姿を消し次に現れたとき両手にタガーを持ち憤怒の形相であった。
エスティアの母はムッキムッキのマッチョであった。
かつて祖国では戦慄の狂戦士と呼ばれた王家のやんごとなき姫君であった。
対する父は文官の美形もやしである。
でこぼこ夫婦であるが仲は良好だ。
「人狩り行ってくる。」
「全力で揉み消させてもらうから頑張って!」
「いやいや、やめてくださいませんか?!
あんなウジ虫以下にお母様自ら手を出されるなど、お手が汚れますわ!
いいのです!むしろ破棄されてうれしい限りですの!
政略結婚を受け入れる気持ちはありますが、あれだけは生理的にもう無理です!
話が通じないのだけは無理なんです!」
殺る気満々な両親にストップをかけるエスティア。
母が襲撃に行ってごちゃごちゃして元サヤにおさまりでもしたらもはや舌を噛むしかない。
「そうかそうか…エスティア。
じゃあ別な婚約者を決めるよ。
最近メタロース家は当家の権力を傘にきていて色々思うところあったからね、切り時だ。」
キリリとした表情になり、父が言う。
「久々の狩りだと思ったのに…」
母は至極残念そうである。
「でもお父様、私…婚約破棄されましたの。
価値が下がりません?」
珍しく心配そうな顔のエスティアを抱き上げて父は笑った。
「何を言うんだ、エスティア。
お前はまだ六つなんだ。婚約破棄されたって相手の過失としか思われないだろうし、これから没落していく家の言うことなど相手にされないだろう。
安心して過ごしなさい。」
頭脳明晰なエスティアは可愛い盛りの六歳。
対するトリトンは十六歳であった。
「今まで婚約者にふさわしく頑張っていたんだから、しばらくゆっくりしなさい。
そうだ、今から皆を呼んで久々に外で食事をしよう!」
「わぁ!すてき!
久々に兄様の作る丸焼きたべたいわ!
焚き火で焼いたマシュマロも食べたい!」
「では準備ができるまで私と遊ぼう、エスティア。」
「ほんとう!お母様!
じゃあたかいたいしてほしいわ!」
庭から可愛い笑い声がする。
高すぎるたかいたかいをされてははしゃぐエスティアの声だ。
高さは二階に届くほどだ。
相変わらずの妻の力強さにほのぼのする。
「さてと…
みんな集まってくれたね。うちの可愛いエスティアが婚約破棄を受けたんだ。
しかもねぇ、わざわざ学園の門の前に呼び出されて…だ。
政略結婚の意義も意味もはき違えた男にもそれを教えなかった家にも報いは必要じゃないか?」
家令を含め、息子や娘、自身の兄弟達は静かに頷く。
「まぁ、報いはゆくゆくじわじわ与えていくとして…今日はガーデンパーティを楽しもうじゃないか。」
その日、バンバード家の庭ではガーデンパーティという名のバーベキュー大会が夜遅くまで行われたという。
数年後ー…
メタロース家は没落し、田舎に引っ込んだとの事だったが学園生活を謳歌しているエスティアの耳に入ることはなかった。
輝くような美しさを誇る美少女となったエスティアは卒業と同時に十も年上に嫁ぐこととなったが、バンバード家の家訓のように互いを思いやり慈しみ幸せを築く努力を惜しまなかったのだった。
とりあえずは、めでたしめでたし。
エスティアちゃんは六歳にして超優秀。