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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第一章 異世界への招待
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7

「これで……終わりだぁっ!」


 水平に振り抜いたショートソードがスライムを横一文字に切断する。

 最早再生することが出来なくなったスライムがしゅわっと紫紺の煙を上げて蒸発。ボディに包まれていたスライムコアがころんと地面に転がった。

 それを拾い上げ、大きなため息を吐く。

 終わった。これでようやく十個集まった。依頼クエスト達成だ。

 最初はコアごと真っ二つにするしかないと思っていたからどうしたものかと思ったけど、なんとかなるもんだ。さて、後はファンターハンに戻ってギルドに報告するだけ―――。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」

「⁉」


 森の中から、大気を揺るがす獣の雄叫びが上がった。

 すかさず臨戦態勢を取り、周囲に敵の姿が無いか素早く眼を走らせる。―――近くに魔物モンスターはいない。となれば森の奥からだろうか?

 奥に近付けば近付くほど魔物モンスターの質が上がる。その境界線がぐるりと張り巡らせたロープだとテレシアさんが言っていた。

 駆け出しも駆け出しの僕が近付くことはないだろう。あの恐怖を何度も味わうなんて御免だ。だけど(・・・)、胸騒ぎが収まらない。

 獣の雄叫びに混じって微かに聞こえた、悲鳴のようなものが聞こえてしまったからだろうか。


 気付けば僕は駆け抜けていた。走れ、走れ、速く、もっと速く。嫌な予感が杞憂で終わるよう願って、忠告されていたロープを潜り抜けて、走り抜けた。

 それ(・・)を目にした瞬間、僕は胃の中のものを全部ぶちまけていた。

 夥しい血の海に転がっていたのは、僕なんかより何倍も質の良い防具を装備している死体(・・)だった。

 首から上が凄まじい圧力で潰されたかのように、原型を留めないほどぐしゃぐしゃに潰れて歪んでいた。

 なんだこれ。なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ。

 なんなんだこれは(・・・・・・・・)


「―――ぎゃああああああああああああああああっ‼」

「っは⁉」


 すぐ近くで聞こえた絶叫で現実に引き戻される。近い。すぐ近くに誰かいる。行かなきゃ。

 理性も何もない、ただ本能が赴くままに、僕の体は突き動かされていた。たとえそこに、地獄が待ち受けていたとしても。


「あが……ごぶ……がひゅ……ぁ……」


 人の死を直視した。柔らかい肉を咀嚼する音。骨がひしゃげて砕ける音。ばきん、と枯れ木が折れる音と共に、宙吊りになっていた体が力を失い、だらんと四肢が弛緩する。

 そいつ(・・・)は獲物の息の根が止まったことを理解したかのように、首を振るって肉塊を放り投げた。そして次の獲物をぎらついた双眸に映して、巨体を揺らしながらゆっくりと歩を進めていく。

 その先に倒れている、修道服を着た少女に向かって。


「う―――おおおおおおおおああああああああっ!」

「ゴルァッ⁉」


 全力疾走の勢いを乗せた盾強打(シールドバッシュ)が四足歩行で下がっていた頭部を完璧に捉えた。

 だがそいつは僅かに身じろぎしただけで、少女を映していた獣の瞳に僕が映り込んだ刹那―――一瞬だけ意識が飛んだ。

 ふっ飛ばされたと気付いたのは、地面に激突し、勢いのまま転がり終わった後だった。

 すぐさま跳ね起き、態勢を立て直そうと構えた瞬間、激痛が走った。


「……が、あ……ぐぎ……はぁ、く、そっ……‼」


 それを見ずとも理解した。あの丸太のように太い腕から繰り出される一撃は、僕が装備している革の鎧など容易く切り裂くだろう。

 たった一撃。たった一撃で脇腹をごっそり抉られた。歯を食いしばって痛みに耐えるも、咳き込んだ口内から泡立った赤い飛沫が飛び散る。

 腰につけたポーチに手を突っ込み、目当てのものを引っ掴むと、片手で瓶の蓋を開けて抉られた患部に青い液体をぶちまけた。


「ぐああッ‼ はぁ、はぁ、はぁ、くはっ」


 あの時も同じようにこの青い液体をぶっかけられたな、と思い出す。

 回復薬ポーション。飲むとたちまち傷を癒すことのできる不思議な薬だ。とは言っても落ち着いて飲む暇なんかない、今の状況のような場合は直接患部にぶっかけることが多い。

 そうすることで回復速度を飛躍的に高めることが出来る。が、効力が出た瞬間に激痛が走る。しかも傷を癒すことは出来るが、失った血は戻らない上、体力も戻らない。

 回復薬ポーションにも癒す力の限度があり、重傷となると完全に治癒できない場合がある。僕のこの傷はまさにそれだ。

 だけどこの状況で四の五の言ってられない。使わなければ死ぬんだ。


 相手はこの森の主、鋼殻熊ドルトガ。優に三メートルはあろう巨体と、その巨体の外側を覆う甲殻が特徴の大型魔物(モンスター)

 正式な冒険者ハンターでもない僕がどう足掻いたって勝てない相手だとはわかっている。だから僕の狙いは時間稼ぎだ。

 どうにか時間を稼いで彼女を―――と鋼殻熊ドルトガを見やると、僕から視線を外し、倒れている少女へとゆっくり歩み寄っていた。


「やめろおおおおおおおおおおおおっ!」


 力の限り地を蹴り、がらあきの背中にショートソードを振り下ろす。がきん、と鈍い金属音と共に刃が阻まれ、強い痺れが掌に伝わった。

 硬すぎる。ダメだ、僕の力じゃ傷一つ付けることは不可能だ。ほんの僅かな時間の流れで瞬時に悟った僕は、鋼殻熊ドルトガから少女へと視線を流し―――絶望した。

 彼女は足に傷を負っていた。素人目でもかなり深い裂傷だと見て取れた。

 顔色は蒼白を通り越して土気色になっている。それでもなんとか意識を保っている、そんな危険な状態で僕と鋼殻熊ドルトガを見つめていた。

 涙で濡れた瞳を、揺れる空色の瞳を僕にしっかりと向けて、彼女は弱弱しく首を振った。


「逃げ、て」

「―――ご、あがぁっ⁉」


 僅かな動揺。生まれた隙が致命的なミスを犯した。鋼殻熊ドルトガの剛腕が振り下ろされ、僕の体を上から叩き潰した。

 べきべきと骨が砕ける音が聞こえる。みちみちと内臓が軋む音がする。

 これは―――ダメかもしれない(・・・・・・・・)

 

「逃げて……わたし、が」


 食べられているうちに。

 霞んだ視界で見えた彼女の口は、確かにそう動いた。

 そして鋼殻熊ドルトガの腕が大きく振り上げられる。あの腕が振り下ろされた時、彼女は間違いなく物言わぬ肉片へと変わるだろう。

 そんことさせない。させたくない。けれど、もう指一本動かせない。時が、世界が、 緩慢に流れていく。


 それはいつからだろうか。

 逃げることを、甘んじて現実を受け入れることに慣れてしまったのは。

 それはいつだっただろうか。

 全てを諦めて、一つだけ、たった一つだけ譲れないものすら諦めたのは。


 誰かが言った。逃げていいのだと。

 誰かが言った。諦めていいのだと。


―――嫌だ。


「ああああああああああああああああああああああッ‼」


 歯が欠けるほど強く噛み締め、肉体からだの悲鳴をも置き去りにして、僕は立ち上がった。

 立ち上がり、血反吐を吐きながら疾走する。ゆっくりと流れていく時間の中で、振り下ろされる腕と少女の間に体を捻じ込み、その腕目掛けて盾を構え、全力でぶち当たった。


「グルォ……ッ⁉」


 盾を粉砕し、肉を切り裂き、左腕をも砕き折った鋼殻熊ドルトガの腕が跳ね上がる。それに伴って、奴が態勢を崩した。

 そして僕には見えている(・・・・・)。刃をも通さぬ硬い甲殻ではなく、柔らかな体毛に覆われている奴の急所のどもとが。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」


 獣染みた咆哮と共に、全てを懸けた突きを鋼殻熊ドルトガの喉元に叩き込む。

 刀身が半ばまで喉元に突きこまれていく。それだけじゃ足りない。さらに深く、もっと深くまで貫くことができなければ、鋼殻熊ドルトガを倒すことは出来ない。

 僕は体ごと鋼殻熊ドルトガにぶち当たり、鍔に到達するまで刀身を刺し貫き、残る全ての力を振り絞ってショートソードを捩り込んだ。


「ゴギ……ガギャ……ゴ……」


 鋼殻熊ドルトガがふらふらと後退していく。

 もう剣を握る力も残っていない。するりと手から離れたショートソードは鋼殻熊ドルトガの喉元に深々と突き刺さり、赤い滴を滴り落していた。

 喉を掻き毟るような動作をしながら鋼殻熊ドルトガは弱弱しい鳴き声を上げ、ぶるぶると巨体を振るわせて―――その巨体を地に沈めた。

 ずしん、と大地が揺れ、静寂が訪れる。そこまでを見届けて、僕の意識は闇に溶けていった。


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