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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第一章 異世界への招待
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5

 倉庫整理の依頼で倒れて以来、忙殺される毎日だった。と言うのも、拠点もなければ先立つものもないため、糊口を凌ぐために無理を押して依頼を受けなければいけなかったからだ。

 最初はテレシアさんの家を間借りできるものと思っていたら「冒険者ハンターたるもの、己の事は己でなんとかしろ。未踏の地を単身乗り込んで成果を上げてきた先人を見習え」、と問答無用で突っぱねられた。

 スタート早々に梯子を外された僕は焦った。倉庫整理の報酬は銀貨三枚。治療費で銀貨二枚の支払い。手元には銀貨一枚しか残ってなかったからだ。

 この世界での通貨は円、ドル、ルピーだとかそういった呼び名はない。聖金貨、金貨、銀貨、銅貨の四種類のみ流通している。

 日本円で言うと、銅貨一枚が一円相当。銀貨が百円。金貨が一万円。聖金貨がなんと一枚で百万円相当。


 倉庫整理の報酬は三百円。日本円で計算するととてつもないブラック企業だけど、ここセント・ガイム大陸ではそこそこ高い報酬金額だ。

 と言うのも、成人男性が外食だけで一日を過ごした場合、切り詰めれば一食銅貨三枚で済ませることが出来る。つまり食費で銅貨十枚程度。

 次に寝床だが、倉庫整理のおじさんことアンガスさんが(ルルさんから教えてもらった)、もう使われてない空き倉庫を寝床として貸してくれた。もちろんタダではなく、一日レンタルで銅貨二十枚。どんなに安い宿でも一泊で銅貨五十枚はかかるそうで、それを考えると破格の値段だ。

 後で知った事だけど、寝床に関してはルルさんが都合をつけてくれていたものらしかった。お礼を言ったら蹴られた。なんでだ。

 服は川で洗濯すればお金がかからないため、これはスルー。まあ石鹸のようなものと、洗濯板を買うのに銅貨十五枚と結構痛手だったけど、それは置いておこう。


 最後にお風呂。何故かギルド内に立派な露天風呂があり(ギルドマスターの趣味らしい)、仮とは言えど冒険者ハンターであれば格安で使わせてもらえるのだ。お値段なんと銅貨三枚。風呂上がりの牛乳もサービスで一本ついてくる素晴らしい施設だ。

 それを踏まえて計算すると、一日で最低銅貨三十三枚を稼げればギリギリ生活できる計算になる。手元にあるのは銀貨一枚だけ。―――本気で焦った。

 治療院で目が覚めた時はそこまで深く考えてなかったけど、ギルドに顔を出して、テレシアさんに突き放され、ルルさんから色々話を聞いた途端、血の気がさぁっと引いた。

 今の所持金じゃ二日も持たない。本格的にまずいと焦った僕に突き付けられたのは、沢山の雑用―――もとい、依頼の束だった。

―――それから僕は無我夢中で依頼をこなしていった。最初は失敗ばかりで報酬がもらえない日もあった。それでも必死にやった。


 迷い猫の探索、街のゴミ掃除、下水掃除、窓拭き―――数えきれないほど依頼をこなしていった。

 相変わらずテレシアさんの兜を被りっぱなしで、最初のうちは何度も倒れたけど、体が慣れてきたのか段々と動きが軽くなってきた。

 一日に一つ二つしかこなせなかった依頼も三つ、四つと増やせる余裕も出てきた。

 依頼が途切れた時は、そこらへんで拾った手頃な木の棒を竹刀に見立て、素振りを行うようになった。

 やり始めは違和感しかなく、ブランクを取り戻すのにだいぶ苦労したけど、今ではあの頃と同じくらいのキレが戻り、風を斬る音がとても心地良い。


「ふう……良し、素振り千本終わり!」


 今では日課となった毎朝の素振り千本を終え、一息つく。そして右手をゆっくりと開いては閉じ、開いては閉じるの繰り返し。

 倉庫整理の時の違和感―――剣道を諦めるきっかけになった、事故の後遺症である右手の痺れ。それが今では全く感じないのだ。

 それを知った時は嬉しくて嬉しくて大泣きしちゃったなあ……と感傷に浸る。倉庫整理の依頼で倒れてから、もう一月も経つ。

 忙しすぎて昨日のように思えるけど、僕はあれから成長した……いや、元に戻ったと言うべきだろうか。

 だらしなく弛みきったお腹は見事に引っ込み、力を入れれば見事なシックスパックだ。


 もともと僕は小柄なので、どうしても身長差で力負けすることが多かった。

 上からねじ伏せられて負けることが殆ど。だから筋肉をつけた。

 ただ鍛えるだけじゃない。使う(・・)筋肉を徹底的に苛め抜き、しなやかで強靭な筋肉を作るために、あらゆるトレーニングを実践した。

 まあ、色々あって台無しにしてしまったけど、今度こそこの状態を維持しよう。きっとこれから役に立つはずだ。


「うん、今日も精が出るな。感心感心」

「うわああああっ⁉」

「む……何故そこまで驚く。さっきからここにいたのだが?」


 唇を尖らせて拗ねる、ちょっと子供っぽいところがまた可愛い金髪碧眼、容姿端麗な女性は紛う事なきテレシアさんだ。

 気配を消して背後に立つのはやめていただきたい。と言うか今のは誰だって驚くと思うけども。本当に心臓に悪い。

 それはそうと、テレシアさんを見るのは久しぶりな気がする。クレイブさんはちょくちょく様子を見に来てくれてたけど、テレシアさんはここ一か月顔すらも見ていなかった。

 騎士団の隊長ともなれば僕なんかが想像できないくらい忙しいに決まっていると自己完結して、改めてテレシアさんを見つめる。

 久し振りに見たテレシアさんは相変わらず凛としていて、やっぱりとても綺麗だ。そこにいるだけで絵になる。


 テレシアさんも何故か僕を見つめていた。満足そうにうんうんと頷いている。何が良いのかさっぱりわからないけれど。

 仕事の依頼かな? と口を開こうとした時、テレシアさんが使い古されたであろう盾と剣を持っている事に気付いた。


「なんです、それ?」

「ああ、これは君にやろうと思ってな。予想よりだいぶ早かったが……まあ、餞別だ。これから本当の意味で(・・・・・・)冒険者ハンターになるであろう君にな」


 どくん、と鼓動が高鳴った。いずれはそうなるだろうなと予想はしていた。

 いつまでも街に引きこもってばかりいられない。僕はあくまで仮。まだスタート地点にも立てていなかった。

 遂にこの時が来たか……と大きく息を吐き出し、真っ直ぐテレシアさんの目を見つめる。


「良く一月もの間逃げ出さなかった。君の事はクレイヴから逐一報告を受けていたよ。でもまさかここまで出来上がっていたとは……やはり騎士団に……」

「あの、テレシアさん?」

「む、すまん。今のは忘れてくれ。君はこれから冒険者ハンターとして生きていくことになる。そのためにはまずやるべきこと……私が出す依頼クエストは何か、もうわかるな?」

「―――はい」


 僕はこの世界で、冒険者ハンターになる。

 諦めてしまった夢をもう一度追いかける。

 小さな頃に目を輝かせて、誰よりも、何よりも憧れた存在。

 誰かを守り、誰かの為に力を振るう絶対たる正義の象徴、英雄ヒーローになるために。

 そのために僕は、あいつ(・・・)を乗り越えなくちゃいけない。


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