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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第一章 異世界への招待
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「おいキリキリ働け! 納期に間に合わなかったら報酬出さねえぞ!」

「は、はひいいいいい……」


 厳ついおじさんの怒声が飛び、僕はへろへろになりながら重たい木箱を運ぶ。

 どうしてこうなった。本当にどうしてこうなったとしか言えない。

 僕は冒険者ハンター(仮)になって数時間、早くも限界が訪れようとしていた。

 確かに初心者も初心者。スライムに死にかけていたクソザコナメクジだけど(それを言ったらテレシアさんにジャイアントスラッグと戦ってから言ってみろと何故か怒られた)、これは冒険者ハンターと何も関係ない仕事のような気がしてならない。

 確かにクレイヴさんは何でも屋と言っていた。でも、あの時ギルドで聞いた話と全く違う。なんでだ……!



           ◇



「では、申請を受理します。ですが知っての通り、本登録となるまでいくつかの試験を受けていただく必要があります。それまではこの仮登録用のタグを使用してください」

「そら、お前のものだ。再発行するにもまた手間と費用がかかる。失くすなよ?」

「あ、はい」


 ルルさん、テレシアさんに渡り、僕の手に渡されるシンプルな一枚板のドッグタグ。それを矯めつ眇めつ見るも、何の変哲もないただの金属板だ。

 一体これが何だと言うのだろうか。


「まだ仮のものですが、それに豚……ブサ……フサオ様の情報が全て入っております。もし失くされても悪用は出来ませんが、再発行に手数料がかかりますのでご了承くださいませ」

「また豚って言いませんでした? 言い間違えすぎじゃないですかねえ?」

「あ?」

「ナンデモナイデス……」


 怖い。この人マジで怖い。目で殺せる。そんな眼力を持っている人だ。

 僕がさっと顔を逸らすと、あからさまに舌打ちして事務的な説明を再開させた。


冒険者ハンターになるにあたって、決められた条約を遵守していただく必要があります。まあ、時と場合によるケースも十分あり得るので、あくまでこういったルールがある、とだけ頭に入れておいてください。テレシア様、その辺りフサオ様には?」

「流石に冒険者ハンターの条約の詳細までは知らん。ある程度は知っているが、知らないに等しいな」

「では、後ほどマニュアルを読んでおいてください。マニュアルはタグに触れて頭の中で本を開くイメージをしていただければ開きます。ちなみにマニュアルの読了も試験の一つですので、必ず読んでおいてください」

「ファッ⁉」


 ルルさんに言われた通り、何気なくタグに触れ、頭の中で本を開いてみる。

 するとタグからぶわっと光が出て、何もない空間に夥しい量の文字がびっしりと映し出された。

 びっくりして変な声が出た。そのせいかテレシアさんとルルさんが会話を中断し、白い目で僕を見つめていた。

 いやこれ誰だって驚くでしょと心の中で毒づき、浮かび上がった文字をじっと見つめる。うん、頭痛い。それにこの仕組みはどうなっているだろう。

 タグがプロジェクターの役割を果たしてるようだが、見たところ特別な仕掛けも電源もない。なんだこれ……なんだこれ? というかどうやって閉じるんだこれ。


「開いたなら閉じろ豚野郎。いちいち時間取らせてんじゃねえ、つかてめーの話だぞ。耳の穴ァかっぽじって聞けや。埋めるぞ、あん?」

「アッハイ! スイマセンッシタ! ……で、どうやって閉じるんですかこれ」

「だから開いたなら閉じろっつってんだろ? てめーが人の話を聞かず、さっきやってたことの真逆のことをやりゃあいいんだよ。埋めるぞ」

「ルル、冗談抜きでギルド長がこっち見てるぞ」

「では、続いて鑑定を受けていただきます」


 鮮やかな態度の切り替わりである。流石はギルドの受付といったところか。

 それよりも鑑定? と思わず首を傾げる僕に、ルルさんはにっこりと笑顔を向けた。

 額に青筋が浮かび上がっているし、何より目が笑ってない。怖い、本当に怖い。あと怖い。

 

「聞くより見た方が早い。ルル、案内を頼む」

「かしこまりました。では、こちらへ」


 カウンターから出て、こちらですと笑顔で先導していくルルさんの後を、テレシアさん、僕の順でついていく。なんでかって? ルルさんの目が猛獣の目をしているからだよ。


「こちらが鑑定ゴルァァァァ!」

「ぴぎゃあああああああああああ⁉」


 鑑定室と思しき部屋に僕とテレシアさんが入った瞬間、扉を閉めて僕に向かって強烈な飛び蹴りをぶちかますルルさん。

―――見えた!

 ちょっとだけ黒い三角なものが見えたけど痛いこれ痛い内臓に響くあかんやつや!


「さぁてここなら邪魔は入らねえ……洗いざらい吐いてもらおうか、豚野郎……」

「ぷぷぷぷぷぎいいいいいいい……」


 ルルさんがべきべきと指を鳴らしながらゆっくりと近寄ってくる。

 そこにいるのは一匹の修羅だ。嗜虐的な笑みを浮かべ、獲物を追い詰めるようにゆっくり、ゆっくりと歩を進めていく。

 僕は奇声を上げてがたがたと震え上がることしかできなかった。こ、殺される……何もしていないのに特に理由のない殺意が僕を襲う―――!


「ほう、中はこうなっていたのか。ふむふむ……」


 頼りの綱であるテレシアさんは呑気に部屋を観察しているし、僕はもうダメかもしれない。


「まずはその邪魔な兜……ってこれテレシアのじゃねえか⁉ てめえ脱げ! どうせテレシアたんの兜ペロペロとか舐め回してんだろうが!」

「痛い痛い痛い首が取れる首が取れる! というか誰の兜だろうがそんな不衛生極まりないことしません!」

「じゃあ脱げよ! 抵抗すんなこの豚野郎がぁ! 死ね! 死ね! 死ね! 豚は死ねええええええええええ!」

「ぴぎっ⁉ ぷぎゃあっ⁉ あぼふ! テレシアさんあばば! 助けて!」

「おいお前たち何を遊んでいる。私も忙しいんだ、さっさと手続きを終わらせろ」

 

 なんとしても兜を脱がせようとするルルさんと、なんとしても兜を脱ぎたくない僕。というかテレシアたんって。ペロペロとかルルさんもしかして同郷なのかな?

 ルルさんの蹴撃は脂肪を貫通して内臓まで届くとてつもない威力で、黒のストッキングに包まれた艶めかしいおみ足が振り上げられる度に、奥地に潜む黒の三角地帯が見えたとしても、痛みのせいで意識が飛びそうになる。ヒールのとんがってるところで蹴るのはやめてください死んでしまいます!

 テレシアさんに助けを求めるも、これもじゃれ合いと思っているのか腕を組んで何故かふんぞり返ってる。

 と、テレシアさんの声が届いたのか、ルルさんがぴたりと蹴りを止めてぐるりと首を回し、テレシアさんを睨みつけた。


「アタシとしては、色々と聞きてーことしかないんだが?」

「同じ事を二度も三度も言わすな。私が推薦人である以上、責任を持って管理する。以上だ」

「だから! なんであんたが推薦人なんだよ! 立場分かってんのか⁉」

「ルル、くどい(・・・)ぞ。いくら幼馴染とは言え、私も我慢の限度がある」


 表情を消したテレシアさんから、全身が粟立つほどの威圧が発せられた。

 それにより僕はもちろんのこと、今まで顔を歪めて噛みつこうとしていたルルさんまでも気圧され、何か言いたそうに唇を戦慄かせて、やがて噤んだ。


「幼馴染だからこそ心配して何が悪い。アタシのお節介っての分かってる。でも、あんたに何かあったら、アタシは……」

「相変わらず優しいな、ルルは。フサオ、彼女にも話しても構わないか? ……生きてるか?」

「……なんとか……」


 すっと差し伸べられた手を取り、痛む体に鞭打ってよいせ、と立ち上がる。

 しかし良い足……じゃない、とんでもない威力の蹴りだった。あの人絶対ヤンキーだ。裏で後輩をパシらせたりしてる。絶対にしてる。

 テレシアさんの幼馴染であれば、とりあえずは信用するに値するだろうと許可を出した。

 出したところで二人の視線が僕に集中する。あれ、この流れってテレシアさんが説明するんじゃないの?

 いくら待てども一向に話す気配のないテレシアさんに、僕は一応断りを入れてルルさんに自身の過去を話すのだった。


           ◇


「ふーん……まあ、よくある類の話だわな。んで、記憶喪失と。あんた、昔っから子猫とか良く拾ってきてたもんなあ……」


 テレシアさんやクレイヴさんに話した事と同じ内容を話すと、ルルさんは獅子のたてがみを彷彿とさせる逆立った赤髪に手を突っ込み、わしゃわしゃとかき回した。

 ふっ、と短くため息を吐き、髪と同じ色の眼を僕に向け、ほんの少し、本当にほんの少しだけ目尻を下げて微かに微笑んだ。

 姉御肌、と言う言葉がぴったりなのではなかろうか、と柄にもなくそんな事を思ってしまった。

 多分ルルさんは、昔からテレシアさんの行動をフォローしてきたんじゃないかなと推測してみる。

 そうでなければ本気で怒る訳がない。きっとこの二人には、僕にはわからない強い絆があるのだろうと、なんとなく感じた。


「まあいい、事情は呑み込めた。さっさと手続きを終わらせるぞ」

「あ、え、その……」


 さっきまでの暴行や警戒心バリバリの態度が嘘のように軟化し、部屋の中央にある謎の装置の前でルルさんが手招きする。

 面食らってルルさんと、腕組したまま上を向いているテレシアさんの間に視線を彷徨わせていると、ルルさんの目付きが鋭くなって手招きが激しくなった。

 慌てて装置の前に駆け寄ると、背後から小声で泣いてない、これは心の汗だとかなんとか訳の分からない呟きが聞こえた。うん、無視しよう。


「どのみち、今の話だと冒険者ハンターになるしかねえだろ。それにテレシアがアタシを頼ってきてんだ、無碍に出来るかよ。あと割とマジで時間がやばい。扉の向こうに絶対()がいる」

「え、奴?」

「いいからとっととここに手を置け。今からてめーの適正職種(クラス)と精霊との親和性を鑑定する」


 クラス? 親和性? 何を言ってるかさっぱりわからない。訳が分からず棒立ちしていた僕に苛立ったのか、ルルさんが小さく舌打ちして僕の右腕を掴み、手を広げろとだけ言って謎の装置の上に叩きつけた。

 と、そこで謎の装置から光が溢れ出し、地球儀に良く似た球体の周り、土星の輪のようなものが音を立てて動き始めた。

 四つに別れていた輪が一つに重なり、球体を中心にくるくる回り始めると、手のひらを置いていた天板から何もない空間に向けてぶわっと文字が投影された。

 無論読めない。さっきのマニュアルもそうだけど、ミミズがのたくったような字がずらっと並んでいるようにしか見えないため、何が書いてあるかはさっぱりわからない。

 幸いとして言葉は通じるので、読み書きに関してもなるべく早くどうにかしないといけない。


剣士見習い(ソードマン)……まあそりゃそうか。んで親和性はっと……んだこりゃ」

「ん? どうした……親和性皆無……だと?」


 またわからない単語が出てきた。ソードマンってことは剣を扱う何かの事だろうか。それにしても親和性とはなんだろう。

 そして僕を見る二人の顔がやっちまったよこいつみたいな感じになってるのは何なのだろうか。

 ざっくりと説明したもらった後、僕は膝と両手を突いて自分の不幸を嘆いていた。

 剣士見習い(ソードマン)と言うのは職種クラスの一つで、駆け出しなら誰でもなれる、と言うより最初は必ずここからスタートする。

 この他にも僧侶プリースト魔法使い(ウィザード)などそれぞれ特色のある職種クラスがあり、強くなれば上級職種(クラス)にも転職できるらしい。


 そして親和性。これはこの世界に存在する八属性の精霊との相性を示すパラメーターのようなものだ。

 火・水・風・土・雷・木・光・闇。この世界に生まれた命は等しく八つの精霊との親和性、相性が決まっている。

 この相性が高ければ高いほど魔法の威力が増し、逆に低ければ威力の低下、もしくは使用に要する魔力が倍増するなどメリットデメリットがはっきり分かれている。

 そして僕の結果はと言うと……全滅だった。魔力は人並み以下、親和性に至っては嫌われてるとしか思えないオール0。

 なんだこれ。早くも詰んだ気がしてならないぞ、僕。と言うか詰んだ。ああ、僕も魔法使ってみたかったなあ……。


「まぁそう気を落とすなって。たまーにそういうやつもいるにはいる。魔法が使えないってだけで、やりようはいくらでもあるさ。ま、ともかくこれで仮登録は終わりだ」

「では早速討伐……と行きたいところだが、まず第一に優先すべきことがあるな」


 慰めの言葉も程々に、しんみりとした空気が一瞬で凍り付いた。

 持ち前の空気を読む力でおや? と顔を上げてみると、全く同じ顔で笑う悪魔たちがそこ(・・)にいた。


「え……そ、それは……?」


 嫌な予感しかしないけど、それでも聞くしかなかった。

 そして同じ顔をした悪魔たちは、見るものを魅了する微笑みを湛えて、艶やかな唇を蠱惑的に動かし、死刑宣告を言い渡すのだった―――。



           ◇



「それがこの……重労働か……!」

「そっち終わったらこっちのも運び出せ! おらぼさっとすんな手足動かせ!」

「ふひ、は、はひいいいいい……」


 何が簡単で楽な仕事をこなすだけ、だ! 聞いてた話と全く違う! 乗せられた僕も僕だけど、長年運動してなかった弊害でこれは洒落にならない!

 ダメだ、胸が痛い。足が上がらない。腕の感覚がもう、ない。もう、げん、か―――。


「っ、危ねえ!」


 一瞬だけ視界が暗転した。気付いた時にはもう倒れていた。

 荷物はどうなった? ……ああ、僕の脂肪のおかげで無事みたいだ、良かった。

 でも休んでちゃダメだ、また怒鳴られちゃう。早く起きないと。


「お、おい馬鹿動くんじゃねえ! もう荷物は―――」

「ごめ、なさ……すぐ……やりま、す……」

「もう荷物はねえんだって! お、おい兄ちゃん聞こえてるか! おい! おい!」


 厳ついおじさんの声が段々と遠のいて行く。これが気を失う前兆だと分かったのは、剣道をやってる頃に何度か経験していたからだ。

 ここまで訛っていたとは我が身ながら情けない。そしてふと気付いた。右手の痺れを全く感じない(・・・・・・) 事に。

 もしかして、と考える前に、僕の意識はぷつりと途絶えた。

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