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それは戦いと呼ぶには、あまりにも一方的な蹂躙だった。
圧倒的な暴力の前に、彼らは成す術なく打ち砕かれていく。
その奇妙な外見からして、何かあるだろうとは予想していた。いくらなんでもここまでは想定していなかった。
彼が……ラムダが、これほどまでの実力を持っていたとは予想だにしなかった。
「ウゥゥゥゥゥ―――ガアアアアアアアア!」
雄叫びと共に振り下ろされる一撃。ひとつ、またひとつと瞬く間に魔物の姿が消えていく。
速さだけでなく、防御の上からでも粉砕する凄まじい破壊力。
僕は目の前の光景を唖然と見つめることしかできなかった。
それほどまでにラムダの実力は常軌を逸していた。
辛うじて目で動きを追えたとしても、あの速度で繰り出される攻撃を捌き切る自信はない。
ラムダはこの砂浜に流れ着いたものを処理していた。ずっとずっと長い時間、一日も休むことなく、たった一人で。
彼は事もなさげにこれくらいのこと、島の戦士であれば片手間に出来る芸当だと言った。
改めてここがどこであるかを思い知らされた。
ここは古より伝わりし竜人の里。
そんな場所を守護する者が普通であるはずがなかった。
彼もまた―――一騎当千の修羅であった。
◇
「……観察……ですか」
翌朝、ラムダに起こされた僕はヘクトールさんから話があると聞き、ヘクトールさんの家に訪れていた。
世話話もそこそこに、本題を切り出された僕は首を傾げた。
「うむ。何か問題があるかね?」
「いえ、得には」
里にお世話になってる身で不満などあるはずもない。だけど、一体何を観察しろと言うのか。
それだけがわからず、少しだけもやっとしたものが残った。
僕が了承の意を見せると、ヘクトールさんは一度だけ小さく頷き、再び口を開いた。
「うむ。であれば今日からラムダと行動を共にするといい。何、畑仕事よりかはいい運動ができるさ」
ヘクトールさんはそう言って少しだけ口角を吊り上げて笑った。
実際に浜辺に来て、彼の言葉の意味を理解した。確かに畑仕事の比じゃない運動はできる。
不幸中の幸いか、僕の相棒たちは流されることなく手元にあった。だから何も問題はない。そう、何も……。
「ウ、オワリ。アンチャ、ダイジョブ?」
「いや、僕はほとんど何もしてないけど……」
茫然と立ち尽くす僕の前に、ひょこっと顔を出すラムダ。
ぴこぴこ手を振って存在をアピールしてくる仕草がとても愛らしく、ほっこりと和んでしまう。
しかし見てくれに惑わされることなかれ。
このずんぐりむっくりなポリバケツには驚くべき仕掛けが隠されていたのだ。
里に案内される時に見た、足の裏にある謎の噴出口。細かい原理はラムダ自身も良く分かっていないようだけど、【竜気】なるものを推進力とするスラスターであることが判明した。
しかしラムダ曰く、長時間の飛行を目的としたものではない為、ごくごく僅かな滑空しかできないらしい。けれど加速力はそれはもう凄まじく、一瞬でラムダの姿が見えなくなるほどだ。
超高速でカッ飛んでいくポリバケツはなかなかにシュールだけど、動くたびに残る赤い光の筋のようなものがとんでもなくかっこいい。
次に背負っていたランドセルのようなもの。これがなんと変形し、自身の全長よりも大きいハンマーとなるのだ。
もちろん普通のハンマーであるはずもなく、ハンマーの先の部分にブースターが内臓されており、スラスターの推進力を使わずともこれ一本で凄まじい破壊力を誇っていた。
これらをフルに活用した戦闘方は人である僕が到底真似できるものではなく、格の違いを十二分に見せつけてきた。
縦横無尽に空を翔け、赤い軌跡を残しつつ一撃必殺のハンマーを叩き込んでいく。
正直言って僕は興奮していた。ラムダが海から続々と出現してくる魔物を次々と粉砕していく様を棒立ちで眺めることしかできなかった。
だってロボットだよ? 紛う事なきロボットだよ? アニメで見る事しかできないような光景が今現実に、目の前で繰り広げられてるとなれば誰だってこうなると思う。
結構な数の魔物が押し寄せてると言うのに、僕は相棒である荒削を抜く事すら忘れてラムダの戦いっぷりを目を輝かせて観戦し続けるのだった。
「それにしてもそれ凄いね。どういう仕組みなの?」
「コレ、竜装鎧。コワレタ、モラッタ。オデ、カイゾウ? シタ」
魔物の襲撃が落ち着き、静かな砂浜に戻ったところで、改めてそのポリバケツが何なのか聞いてみた。
褒められたことが余程嬉しかったのか、ラムダは短い両手をぶんすか振り回し、ぴょんぴょん飛び跳ねながら答えてくれた。
竜装鎧。見たことも聞いたこともないこの兵器であるだろうポリバケツは見た目に反して規格外の性能を持っていた。
これと似たようなものを僕は知っている。かつて魔王が所持していたとされるあの仮面だ。
持ち主の意思に反応して形を変え、意思を持つかのように動く帯。ひとつの疑問が確信に変わった瞬間だったが、それよりも興奮が勝っていたため羨ましさしか感じられなかった。
「いいなあ……すごくいいなあ……かっこいいなあ……」
「アンチャ、アゲタイ。デモ、コレ、モウナイ。アンチャ、ゴメン」
「あ、落ち込まないで、それに多分、僕じゃ使いこなせそうにないだろうし……」
本当に残念そうにがっくりと項垂れるラムダ。
それを見て申し訳ない気持ちでいっぱいになった僕は慰めつつ、ほったらかしにしていた戦闘の後へと意識を向けた。
「それにしても、いつもこんなに魔物が襲ってくるの?」
「イツモ、スクナイ。 ■■■■、チカイ。イツモヨリ、オオイ」
ラムダからもあの耳障りな音が聞こえた。
「ウ、ウー。マンゲツ、マモノ、オオイ。チョットタイヘン、ウー」
「ちょっと……ねえ」
真顔で黙り込んだ僕に気付き、慌てて言葉を続けるラムダ。
おそらく気を遣ってわかりやすく説明してくれてることが目に見えてわかったので、小さくお礼を告げてそっと微笑む。
ラムダはちょっと大変、と言った。しかし元は綺麗な砂浜であったろう場所は大穴が開き、そこら中に魔物の死骸が散らばっている。
この惨状は流石にちょっとどころではないのでは……と思わず苦笑してしまう。
ラムダなら一人でも楽にこなせる事かも知れないが、僕が代わりにあれをやれと言われても絶対に無理だと断言できる。
個々の力はそう大したものでなくても、数が多すぎる。
亀に似た魔物の甲羅が非常に硬くて、荒削でも弾かれたし、あれを相手している間に囲まれて袋叩きにされお終い、と言う未来しか見えない。
そんな手強い魔物の群れを相手にちょっとだけ、と言い切るラムダの実力に乾いた笑い声しか出ない。
「ん? ラムダ、何してるの?」
「ウ、モッテカエル」
「……まさかとはおもうけど、それ」
自分でも顔が引き攣ったのがわかった。
ラムダが当然だとばかりに持ち帰ろうとしているそれはとてもじゃないが見た目がアレすぎて食べれるようには見えない。
「ヤイテ、タベル。ウマイ」
「ええ……嘘でしょ……?」
「オデ、ウソ、イワナイ。アンチャ、スキキライ、ダメ。ツヨク、ナレナイ。ウー」
なぜか怒られた。心底嫌そうな顔をしている僕を他所に、ラムダは楽しそうに魚モドキを回収していく。
贅沢言える立場でないのはわかってるけど、さすがにゲテモノは口にいれたくない。
そんな悲痛の叫びは黙殺され、魚モドキは食卓に並んだのは言うまでもない。
けれどグロテスクな見た目とは裏腹に、魚モドキは白身魚のようにあっさりとして普通に美味しかった。




