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「タネをこねこねしてー、ぺんぺんしましてー、はいどぼーん」
「……ぼーん……」
簡素な造りのキッチン、もとい炊事場で手際よく肉ダネを作る僕とリュカ。
強さにこだわる兄と違い、リュカは料理に関してものすごく興味があるようだった。
リュシと同じく呑み込みが早く、要領もいい。ちょっと教えて、実践して見せただけであっという間にハンバーグの作り方を覚えてしまった。
覚えたものの、ハンバーグの味の決め手であるソースがいまいち上手くいかないらしく、味を研究するためにこうして僕のお手伝いをしている。
まあ僕もレシピがあってやってるわけでもなく、あるもので出汁を取って作るので毎回味が若干異なってくる。まあ、味付けが変わらないように工夫はしているけど。それは企業秘密です。
「リュカもだいぶ手際よくなったね。将来きっといいお嫁さんになれるよ」
「……お嫁、さん……」
「いだっ! リュカ痛い! 加減して折れる折れる!」
思ったことをそのまま口に出すと、不服だったのかリュカがそっぽを向いて腰あたりを何度も叩いてきた。
子供と思って侮るなかれ。さすがは竜人とも言える膂力は凄まじく、ほんと一発一発がものすごく重い。
ばしばしなんて可愛い擬音は一切なく、ドバス! ドバス! とかプロボクサーがサンドバックを叩くようなえぐい音が鳴る。
当然そんな重い一撃を人である僕が耐えうるはずもなく、早々にギブアップを宣言する。
「フサオまだー? お腹すいたー」
「いたた……もうちょっとだから待ってて。さて、ソースも仕上がるし、そろそろかな」
「ウ、ウー! イイニオイ! ハンバーグ! ウー!」
「む、ちょうど良いタイミングか。いやはや、これが食べたくてついつい張り切ってしまうな。……すまない、今日もお邪魔するよ」
「ええ、そろそろ皆戻ってくると思いまして、人数分作ってますよ」
そんな僕とリュカのやり取りをないものとして、リュシの不機嫌そうな声と、ぎゅごるるるると獣の唸り声に似た腹の音が居間から聞こえてきた。
いつ聞いてもすごい音だなと苦笑しつつ、そろそろ皆戻ってくる頃合いかなと思ったタイミングでラムダ、ヘクトールさんが戻ってきた。
皆待ちきれないと言った様子で頬を緩ませ、期待に目を輝かせている。
母さんもこんな気持ちだったのかな……とつい昔を思い出してしまい、じわりと視界が滲んだ。
頭を振ってそれを打ち消し、まだかまだかと急かすリュシの声を聞き流しつつ、ハンバーグの仕上げにかかった。
「大婆様の作るものといい、やはり異国の料理とは何度味わっても美味いな。竜人だけではこうはいくまい。なにせ生のままか、焼くかしか調理法がないのだからな」
「はは、ありがとうございます。一般家庭料理の域をでないものなんですけど「おかわり!」ちょっと今僕話してたでしょ!」
「……私、やる……」
「ウ! オデモ! オカワリ!」
「ほんとよく食べるね君たち……」
本当に美味しそうにハンバーグを味わうヘクトールさんとリュカとは対照的に、リュシとラムダはそれはもう貪る勢いでハンバーグを平らげていく。
どれだけ食べるのか概ね把握して、割と多めに仕込んだんだけど、みるみるうちにハンバーグが消えていく。付け合わせのパンと野菜スープもハンバーグと比例して瞬く間に量を減らしていった。
食べ盛りとはいえ、見てるこっちがドン引きするくらいの食いっぷりに乾いた笑い声しか出ない。ラムダはともかく、竜人はみんなこうなのだろうか?
リュカやヘクトールさんを見る限り、そうでもなさそうだけど(とはいえ僕の倍は軽く食べる)。
「ふむ。今日も美味かった。感謝する。……それで、この島はどうかね?」
「どう、とは?」
「……ウ、アンチャ、サラ、アラウ」
賑やかに食事を終え、ひと段落したところで、ヘクトールさんがお茶を啜りながら話題を切り出してきた。
質問の意図がわからず首を傾げると、ラムダが気を遣って皿洗いを買って出てくれた。
大量の皿を抱えて炊事場へと向かうラムダの背にお礼を言いつつ、ヘクトールさんへと意識を向け直す。
「少しずつではあるが、里の者とも馴染んできている。気持ちはわかるが、焦ってどうにかなるものでもない。少なくとも、今はな」
「それは……はい」
縦に割れた赤銅の瞳がすうっと細くなり、身動き出来ずにいる僕の姿をその視界に捉える。
なるべく表に出ないようにしていたけど、どうやら簡単に見透かされていたらしい。
あの時ヘクトールさんは僕を見定めると言った。そして、魔王が所持していたとされる仮面の事を知っていた。
ヘクトールさんは何かを隠している。これは間違いないはずだ。
僕が仮面を持っていたと言う事実を知って、明らかに顔色を変えたことが何よりの証拠だ。
ヘクトールさんは帰る術がないと言った。それはおそらく、人間であればの話であって、ここに住む竜人たちはその限りではないはず。
普段は人となんら遜色ない外見だけど、竜の血を引く人種なのであれば、天翔ける翼が生えてきたとしても何の違和感もない。
手掛かりはある。きっとある。わかってはいるけど、心の奥底から湧き上がる感情は無意識に溢れ出していた。
それを見据えた上で、ヘクトールさんは僕を試している。
僕ですら知らない、僕と言う名の器の深奥を見定めようとしている。それを理解して、少しだけ身震いした。
「……そういえば、アンヌさんも言っていたんですけど、準備って何の準備をしているんです?」
「うん? その様子だとラムダから聞いていないのか。もうじき■■■■が始まる。フサオ、君も参加するといい」
「え?」
思わず聞き返した。なにせ聞き慣れているはずの落ち着いた声の中で、不意にガラスを引っ掻いたような耳障りな音が急に混じったからだ。
驚いて目を丸くする僕の反応に、ヘクトールさんは細い顎に指を添え、ふむ、と一度だけ頷き、
「……まだ届くはずもない、か。まあいい。月が満ちるその夜、大いに食べ、大いに呑み、大いに笑い合う。私たちにとっては、先祖の魂と共に過ごすお祭りのようなものだ。まあ、実際に見てみるのが一番だろう」
「えー、フサオそんなことも知らないのー? だっせー!」
「……リュシ……」
「いっででででででででで! 本気で抓んなよいででででででで!」
「ウー! オマツリ、タノシミ! タノシミ!」
まただ。またはぐらかされた。何か周りが騒いでいるけど、僕の耳にはもう既に雑音は届いていない。
今の不快な音は一体なんだ? リュシやリュカ、ラムダの反応を見る限り、三人ともその音の意味が正しく伝わっているようだった。
となれば呪文の類であるか、それとも竜人だけに伝わる何かであろうことは容易に想像できる。
魔王、竜人―――竜。いくら考えてもその繋がりがわからない。わかるはずもない。
「……フサオ、大丈夫?」
「あ、うん。ちょっと考え事してた。それで、どうしたの?」
その声ではっと我に返った。そしてすぐ目の前の、不安そうに僕の顔を覗き込むリュカに気付き、慌てて作り笑いを繕った。
下手な誤魔化し方だと思っていたけど、リュカは何か言いたげに小さな唇を戦慄かせ、やがて小さく首を振った。
「……さて、そろそろ仕事に戻るとするか。フサオ、今日も美味かった。感謝する」
「あ、はい。お気をつけて」
「オデ、ミハリ、モドル。アンチャ、ガンバル」
「うん、ラムダも気を付けてね」
「俺らも帰るかー。そろそろセンセーも来る頃だしな」
「……フサオ、また、ね」
「うん、また。手伝ってくれてありがとね」
それぞれ用事があるため、各々と別れ、一人残された僕は静かになった空間でふ、と短く息を吐く。
「お祭り……か。そういえば、いつから行ってないんだろ」
今や遠い昔のように思える、向こう側の記憶。
見渡す限りの人込み。所狭しと立ち並ぶ出店。夜空を彩る一面の大花火。
今ではもう、見る事すら叶わないだろうけど……。
「―――ふ」
無意識の内に、それは零れだした。
「ふ、うぅ……あいたい……あいたいよ……みんなにあいたいよ……ひとりにしないで、くれよ……っ、さみしいよ……」
誰もいない部屋の中で、僕は膝を抱えて静かに泣き続けた。
その様子を、同じ傷を持つ仲間が静かに見つめていたことも知らずに、僕はただただ泣き続けた。




