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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第四章 忘れられし里
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 さあ歌えや踊れ。

 さあ歌えや踊れ。


 生在る限り、宴は続く。


 さあ踊れや笑え。

 さあ踊れや笑え。


 盃交わし、宵越し明かせば魂結びし絆の盟友。


 さあ笑えや騒げ。

 さあ笑えや騒げ。


 幸ある世の再来を。

 幸ある世の再来を。



           



 ざざぁん、ざざぁん、と押し寄せては引き返す波の音に紛れ、歌のようなものが聞こえた。

 それによって、僕の意識はゆっくりと浮上していった。


「……う……」


 うっすらと視界が開けていく。息ができる。とくん、とくんと生ある証明である心臓が規則的に律動している。

 どうやら僕は生きているようだ。だけど、ここは一体―――。


「ウ、キヅイタ……カ」

「うわああああああああああああああああああああああああああっ⁉」


 老婆のような声と共に、ぬうっと金属製のでっかいポリバケツのようなものが視界一杯に広がった。

 僕は突然の事に仰天し、声を大にして叫んだ。しゃかしゃかとまるでGのような動きで砂浜を這いずり回り、謎のポリバケツから距離を取る。

 ポリバケツは悲鳴を上げて逃げ出した僕をじっと見つめ、その場から動こうとしなかった。

 心なしか、落ち込んでいるように見えるのは気のせいだろうか?

 居たたまれなくなった僕はそろそろとポリバケツに忍び寄り、敵意がないことを確かめてから謝罪に入った。


「えっと、その……すみません。びっくりしちゃって……」

「……ウ。ウゴケルナラ、イイ。オデ、ラムダ。オマエ、ナンダ?」

「え、ああ、名前のことかな? 僕はフサオ。フサオ・キワタです。あの、ラムダさん。ここは一体」

「カシコマル? イラナイ。ココ、ドコカ、オデモシラナイ。バアチャン、リュウジンノサトッテ、イッテタ。ソレイガイ、オデ、シラナイ」


 ポリバケツに向かって頭を下げると言うなんともシュールな場面だけど、このポリバケツ、ただのポリバケツじゃない。

 なんと手と足が生えている。しかもがしょがしょと割と喧しいけど、コミカルに動くのでなかなかどうして、愛嬌溢れるデザインフォルムになっている。

 僕の荒守とほぼ同じサイズの兜っぽいポリバケツはカタコトで話しつつ、身振り手振りのジャスチャーも加えてくれるのでなんとも愛らしい。

 ラムダと名乗るしわがれた老婆のような声を発するポリバケツは、ここがどこにあるかは知らないけど、ここがリュウジンノサト ? であることを教えてくれた。

 聞いたことないな……とタグを操作しようとプレートを弄ってみるが、うんともすんとも言わない。


 ん、これ防水機能ついてるって話だったけど? ……くそ、全く反応しない。どうやら完全に壊れているようだ。

 字は読めないにしろ、地図を開けば現在位置がわかると踏んだんだけど……これじゃどうしようもない。

 それに水蛇竜ルトララダスがあの後どうなったか。船は無事なのか。ナナリーの行方も気になって仕方ない。

 一刻も早く現状を把握し、ギルドを通して皆の安否を確認する必要がある。今の僕にのんびりしている暇はないんだ。


「フサオ、キヅイタ。シマニナガレツイタモノ、ゼンブバアチャンニミセルキマリ。オデ、ツイテクル」

「あ、え、は、はい……?」

「フサオ、オソイ。モット、ハヤク、アルク」


 ポリバケツ……もとい、ラムダが着いてこいとばかりに雑木林の中へと歩き出した。

 何の脈絡もなく、思考に耽っていたことも相まって反応が遅れた僕に、ラムダは雑木林の中から来い来いと全身を使ってジャスチャーする。

 そんな場合じゃないとわかっていても、そのずんぐりむっくりしたフォルムでコミカルな動きをされるとついつい和んでしまう。

 ラムダの話によると、どうやらこの奥にその竜人の里とやらがあるらしい。

 現状どうすることもできない以上、里で聞き込みをするしかないと判断した僕は小走りでラムダの後を追うのだった。


           ◇


「ウ。サト、ツイタ。……フサオ、オソイ。コレクライ、サト、コドモデモ、ヘイキ」

「ふひぃ、ひぃ、いや、いくらなんでも、崖を歩くとか、無理」


 ラムダの案内の元、僕はほうほうの体でリュウジンノサト らしき集落に到着した。

 案内と言っても生易しいものじゃない。

 いくら冒険者ハンターであっても、およそ人が飛び越えられそうにない距離の崖を軽々と飛び越えるし、切り立った岩肌、断崖絶壁としか言えないような場所もすいすい歩いていくし。さも当然のように何してる、早く来いと言われても殺しにかかってるとしか思えなかった。

 しかもラムダはずんぐりむっくりした見た目とは反して物凄く俊敏に動ける。と言うのも、足(のようなもの)の裏側に謎の噴出口があり、それを使って短時間の飛行を行ったり、瞬間的な超加速を得ているようだった。

 正直めっちゃかっこいいと思ったし、僕も欲しいと詰め寄ったけど無理と即答された。ちくしょう……某ロボットアニメみたいでかっこいいじゃないか……。


 それはさて置き、こんな無茶苦茶な道筋を辿らなければいけない人里となると、少しだけ懸念がある。

 果たして余所者の僕を受け入れてくれるかどうか、だ。

 ラムダの反応を見る限り危険はなさそうだけど、里の人たちが皆ラムダと同じとは限らない。

 ……警戒するに、越したことはない。

 そう密かに決意していると、ラムダががしょがしょ駆動音を鳴らしながら謎のジェスチャーをしだした。

 

 ……さっぱりわからん。


「ウ。フサオ、イマ、ヨクナイ、カンガエタ。サト、ミンナ、ヤサシイ、アンシン。テキタイ、ダメ。フサオ、ムリ。オデモ、ムリ。サトノセンシ、ツヨイ。トテモ、ツヨイ」

「え、あ、ごめん。ありがとう」


 ラムダなりの気遣いのようだった。それにしても、こんな些細な感情の機微に即座に気付くなんてラムダもすごいんだなあと感心した。

 感心しつつ、とても強いと聞かされちょっと不安になってくる。ラムダの実力がいかほどなのか未知の領域だけど、そこまで言うのであれば相当強い人たちがいるのだろう。

 そんなところに余所者が入って大丈夫なのか……? と不安でいっぱいになっていると、ラムダがぴょんぴょん飛び跳ねてダイジョブ、ヤサシイ、と連呼してくれた。

 全身を使って励ましてくれる胸の高さくらいのポリバケツにお礼を言い、僕はリュウジンノサトへと足を踏み入れた。

 

「ウ! ウ!」


 そこは、とてものどかで平和そのものの集落だった。

 牛や羊が放逐されており、一面に広がる牧草。

 澄み切った小川の先でぎぃこぎぃこと音を立てて回り続ける水車。

 自給自足をしていることが一目でわかる、手入れが行き届いた畑の数々。

 まさにザ・田舎。されどどこを見ても人の手が行き届いており、そこかしこで人の温もりを感じさせるとても居心地の良さそうな場所だった。


 僕がふわあ、と感動していると、ラムダが短い手をぶんすか振りながら畑を耕している人に向かってぴょんぴょん飛び跳ねていった。

 畑の人は集中しているのか、ラムダに気付いていない。しかし外で遊びまわっていた子供や、洗濯をしていたであろう大人たちが僕に気付き、動きを止めた。

 じっと見られていることに気付き、僕は慌ててラムダの後を追った。その間も視線は僕に向いたままだったけど、それに嫌悪感や拒絶の意志は感じられない。

 むしろ珍しいものを見る好奇心に満ちた視線だった。これはこれで居心地が悪いので、急いでラムダの元へと足を動かす。

 

「ウ!」

「おお、おかえりラムダ。何か珍しいものでも拾ったか?」

「ウ。フサオ、ミツケタ。バアチャン、シラセル」

「フサオ? 一体なんだそれは―――」

「あ、ど、どうも、こんにちわ……」


 畑仕事をしていた中年の男がラムダに気付き、その手を止めてラムダの頭をがしがしと撫でる。

 金属なので撫でられている感覚はないはずだろうけど、ラムダは嬉しいようで両手をぶんすか振り回してうーうー言っていた。

 ラムダが僕を指さし、中年の男が僕を目にした途端―――目を見開いて固まった。

 その間、実に五秒。たっぷりと時間を置いて固まった男ははっと我に返ったような素振りを見せた後、まじまじと僕を見つめ、何故かふむ、と一つ頷いた。


「ほお……人間とはまた珍しい。何百年振りに見るだろうか……」


 中年の男は心底驚いているようだった。いきなり余所者は出ていけと叩き出される最悪の展開は免れたみたいだけど、何百年振りってどういうことだろうか。

 と、そこで僕は気付いた。

 

 エルフのようにほっそりと尖った耳と、蛇のような縦に割れた赤銅の瞳。ぱっと見では人間と大差ないように見えるけど、良く見れば鱗のようなものが体の至る部分に点在している。

 リュウジンノサト……竜人の里。


 竜の血を色濃く受け継ぐ、人と竜の混血種ハーフ。サワラビさん……鬼族と同じく、本来であれば人間と敵対関係にある魔族の一種だ。

 しかし竜人の大半は人間と共存の道を選び、その強大な力を使って魔王と戦いに力を貸してくれていた。

 魔王との戦いが終わると共に姿をくらませ、今では伝説上の人種として記録に残っているだけのあの(・・)竜人が今、僕の目の前にいる。

 それだけで頭が真っ白になり、何を言っていいかわからなくなった。

 テンパった僕は頭を抱えた瞬間、それ以上にテンパることになる。 


「あ、仮面……っ‼」


 条件反射と呼べる速さで顔を下に向けた。そうだ、仮面。仮面はナナリーに。ナナリー、ナナリーはどうなった。

 いや、ナナリーも気になるけど今はこの状況をどうにかしないと。見られている。僕を、醜い姿をじっと見つめられている。

 それだけで僕の体は震えあがり、ぶわっと汗が噴き出してきた。


「す、すみません。すみませんすみませんすみませんすみませんすみません」

「……ふむ。対人恐怖症、とやつか」

「ウ。フサオ、オデ、イッショ。イッショ」


 とことことラムダが近寄ってくる。一緒、一緒ってなんだ。見るな。僕を見るな。見ないでくれ。皆僕を否定するんだ。見るな、やめろ、見るな―――!


「―――⁉」


 がしょん、と音を立ててラムダの体の一部、兜のバイザー部分がスライドする。

 その奥にあるものを目にした瞬間―――僕は絶句した。


「オデ、ミニクイ。チカラ、ヨワイ。ダカラ、オデ、コレ、ツクッタ。コレ、ベンリ。コレ、デナイ」


 ポリバケツのような形状の兜の内部に鎮座するもの―――子鬼ゴブリン

 子鬼ゴブリンはスライムと同じく、最もポピュラーな魔物モンスターの一角だ。

 知恵も低く、力も弱い。けれどその繁殖力の高さを生かし、数の暴力を武器とする。

 僕も何度か討伐したことがある。今の僕であれば子鬼ゴブリンの三、四体であれば造作もなく討伐できるだろう。

 それほどまでに危険度は低い。けれど、それはあくまである程度の数であった場合だ。


 子鬼ゴブリンは繁殖力が非常に高い。一匹見たら二十匹はいると思えとルルさんに口を酸っぱくしてまで教わった覚えがある。

 子鬼ゴブリンは弱い。けれど、その一歩で新人殺しと異名を持つ危険な魔物モンスターでもあるのだ。

 

 ラムダがその子鬼ゴブリンであることに驚いた。けれど、人の言語を話すと言うことにもっと驚いた。

 子鬼ゴブリンの上位種になれば多少の知恵がついて討伐難度があがるけど、ここまではっきり意思疎通ができる魔物モンスターがいるとは夢にも思わなかった。

 ラムダはシートのようなものに座したまま、にちゃっと口元を歪めた。おそらく笑っているのだろうけど、正直、不気味に見えた。

 ラムダは一緒と言った。僕とラムダは一緒だと。醜い自分を嫌悪し、それを隠すためにそれ(・・)に入っている。

 それを理解したと同時に、震えが止まった。一緒。僕と一緒。一人ぼっち(・・・・・)じゃない。


 魔物モンスターと言えど、同じ傷を持つ同族が手を差し伸べてくれている。その事実が、僕の凍てついた心をほんの少しだけ溶かしてくれた。


「デモ、オデ、フサオ、ミニクイオモワナイ。フサオ、カッコイイ。センシ、トテモ、カッコイイ」

「かっこいい……か。生まれて初めて言われたよ、そんなこと。ありがとう、ラムダ」

「ウ」


 がしょ、とバイザーがスライドし、元のポリバケツ姿に戻るラムダ。ぴこぴこと手を振ってジェスチャーする姿に自然と笑みが零れた。

 と、そこで存在を忘れていた中年の男が小さく咳払いし、そちらに顔を向けて……さっと逸らした。


「ふむ、まあ君のことについて深く聞く必要はあるまい。しかし話すのも苦労するだろう。少し待っていてくれ」


 そう言って男が踵を返し、土壁、藁の屋根と見るからに歴史ある建物の中へと入っていった。


「えっと、あの人は?」

「ヘクトール。サト、イチバンツヨイ、センシ。ツヨクテ、トテモ、ヤサシイ。オデ、ヘクトール、アコガレ」


 あの人はヘクトールと言うようだ。しかも里で一番の実力者……失礼ながら、そうは見えない。

 どこにでもいる温厚そうな中年の人だし、耳と目と鱗を除けば至って普通のおじさんだ。

 見かけだけで判断するのは戦いにおいてあってはならないことだけれど、どうしてもそうは思えない。

 それくらいごくごく普通の中年の人にしか見えないのだ。……竜に変化するとかなら、ありえそうだけど。


「待たせたな。こんなもので悪いが、何もないよりマシだろう。つけておくといい」

「あ、はい。ありがとうございます……?」


 ヘクトールさんから手渡されたそれ(・・)を見て、思わずおいマジかよと心の中で突っ込んでしまった。

 どう見ても骨だ。しかも竜の骨っぽいフォルムの。

 幸い顔をすっぽり覆うのでそこに関して文句はないけど、あなた竜じゃ……。

 と言うのも憚られるので大人しく骨を被る。骨を被るって変だけどこれでとりあえずは落ち着いた。

 ちゃんと目の位置に窪みがあるし、意外と付け心地は悪くない。しかもがっちりフィットして左右に振ってもすっぽ抜けない。うん。これはこれでありだ。


「さて、立ち話もなんだ。私の家に行こうか」


 ようやく落ち着いて話ができると察したのか、ヘクトールさんが親指で自分の家をくいっと指さし、にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。

 どうしようと迷っていると、ラムダが下から行かないのか? と言いたげに体を傾けた。

 ラムダもいることだし、とりあえずは大丈夫そうだ。僕は少しばかり逡巡し、頷いてヘクトールさんの家へお邪魔することにした。


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