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【第四章:忘れられし里】
「蜃気楼の都……か」
広大な砂漠が大陸の八割を占めると言われるオプトレライアス大陸。その首都であるアジーンに向かえと促された僕たちは商隊を利用してスイセンに向かっていた。
テレシアさんやクレイヴさん、ルルさんはひとえに砂漠だとしか教えてくれなかった。と言うのも、オプトレライアス大陸に行ったことがないため、行ったことのある人らの話や、記録でしか見たことがないそうだ。
昼は灼熱。夜は極寒。昼と夜とでがらりと表情を変えるその気候は、現地の人でさえ十分な備えが無ければあっという間に命を奪われてしまうと言う。
更には魔物も強力なものばかりが跋扈しており、僕らみたいな駆け出し冒険者が対峙しようものなら即座に全滅。骨も残さず貪り食われてしまう末路しかないそうだ。
そんな場所に自ら赴くなんて自殺行為でしかないと叫びたくなったが、そこ以外に身を潜める場所がないらしい。
あのままファンターハンにいられるはずもなく、かといってハーメルやスイセンに拠点を置くわけにもいかない。
既に僕はアスガルドから敵と認識されてしまっている。それにクエルが生きていることもその要因の一つ。
あそこまで徹底して証拠隠滅を図る相手が、万が一の事を考えてクエルを狙って再び襲ってくることも十分考えられる。
いわば僕たちはいつ破裂するかわからない不発弾のようなものだ。そんな危険極まりないものを手元に置きたくない理由は嫌と言うほど理解できる。
まあ、あの三人に至ってはそんなこと微塵も思っちゃいないだろうけど、他はそうじゃない。僕のせいで誰かが傷付くなんて、僕だって望まない。そんなの真っ平御免だ。
がたがたと激しく揺れる馬車の中で、小さくため息を吐く。正直ものすごく怖いし、気が重い。
誰にも聞こえないようにしていたつもりだったけど、僕のため息を聞きつけたであろうクエルがこちらを向いた。
「私のせいで……ごめんなさい」
「いや、だからクエルのせいじゃないよ」
こうも事あるごとに謝られては弱り切ってしまう。何度もクエルのせいじゃないよと宥めすかしても、マイナスの感情を察知しては自責の念に囚われ、こうやって謝罪を繰り返していた。
おかげで馬車の中はお通夜状態。ナナリーも暗い表情で俯いてるし、エメロッテに至っては我関せずと外の景色を無言で眺め続けていた。
唯我独尊を貫くエメロッテならなんとかしてくれるかと思ったけど、予想外の行動に出たので僕じゃどうしようもできない。正直お手上げだ。
沈黙が痛い。胃がキリキリしだした。こんな時に気の利いた一言も浮かばない僕はなんてヘタレで情けない男なのだろうか。
「そういえば……さ」
本当に何気なく思ったことを聞こうとすると、何故か視線が一気に集中した。景色を眺める事に徹していたエメロッテまでもこっちを向いていたため、予想だにしなかった僕は思わず言葉を詰まらせた。
ここで何でもないと誤魔化したら怒られそうな気がするので、勢いをつけてそのまま思ったことを口にすることにする。
「一つ気になったんだけど、アスガルドはどうしてそこまで戦争をしたがるのかな。暴力でなんでも解決するとは限らないことくらいわかってるだろうに」
足りない頭をいくら捻っても、どうしてもわからないことがあった。それはアスガルドが和平の道を選ばず、武力に物を言わせて争いを積極的に起こそうとしていることだ。
昔、アスガルドとファンターハンで諍いがあったと言うならまだしも、そういった記録は残されていなかった。
アスガルドが一体何をしたいのか、その目的が見えない。現時点でわかってるものは、この世界屈指の軍事力を持っていること。目的のために手段を選ばないと言うこと。
国の王になると言うものがどんなものなのか、僕には到底思いつかないけれど、欲しいままに武力を行使して何かを奪うことが正しいなんてこれっぽっちも思わない。
「私も詳しいことはわかんないけど、アスガルドを首都とするジュ・カルダーノ大陸はまともな作物も育たない極寒の地。ファンターハン、延いてはこのセント・ガイム大陸は豊かな大地を持つ。だからアスガルドが血眼になって狙ってるのよ」
「うーん……」
エメロッテの言葉に、僕は再び首を捻る。確かに寒冷地での農業は厳しいだろう。生きるために、より良い生活を築くために豊かな土地を欲しがる理由も頷ける。
だけど欲しいからと言って寄越せとばかりに武力に訴えかけるのは間違ってる。僕にはわからない大人の事情ってやつがあるのだろうけど、納得できるものじゃない。
「何よ、何か言いたそうな顔してるわね」
「いや、どうして支援を求めないのかって不思議に思ってさ」
「私は当事者じゃないからわかんないわよ。それこそアスガルド国王に直訴でもする?」
呆れたように苦笑するエメロッテに、僕は何も言えなかった。
出来るものならやっているし、やったところでそう簡単に国が変わるものなのだろうか。
そもそもアスガルド相手に今の僕が勝てるとは到底思えない。乗り込んだところで即殺されて終わり。そんな未来しか見えない。
「……まあ冗談はこれくらいにして。そろそろスイセンにつくわよ」
またもお通夜状態になってしまったところで、エメロッテが目的地に着くことを知らせてくれた。
けれど、それに反応する声は上がることなく、ただただガタゴトと馬車が揺れる音だけが響いていた。
◇
「……やっぱりあるわけないか……」
その夜。皆が寝静まった後、僕は人気のない路地裏にいた。
もしかしたらまたあるかもしれない、と淡い期待を抱いて足を向けてみるも、あの時見た謎の露店はどこにもない。
あの骸骨にこの仮面の事を聞ければと思ったけど、淡い期待は見事に打ち砕かれ、残るのは夜の肌寒さと眠気だけだった。
これ以上起きてても仕方ない、と宿に戻ろうと踵を返した時だった。
背後から視線を感じた。
ばっと振り返ってみるも、そこには何もない路地裏が広がっているだけ。
じっとそこを見つめてみるも、何も変化はない。ただ風が吹き抜けるだけだ。
「……気のせい、かな?」
頭を振ってそれを打ち消し、今度こそ宿に戻るために足を動かし、首を傾げる。
確かに誰かに見られているような気がした。
けれどこんな夜遅くにあんな人気のない路地裏に誰かがいるはずもなかろうと思考を放棄し、くわ、と大口を開けて欠伸する。
「もう寝よう。明日も早いんだし」
そう、明日は商隊を使った一日通しての長旅になる予定だ。
僕は早々に宿に戻り、明日に備えてすぐに眠りについたのだった。
翌朝、朝早くからスイセンを出た僕たちは相変わらず気まずい空気の中馬車に揺られ続けていた。
時折、商隊の人が気を遣って話かけてくれるがそれも長続きしない。
うう、胃がキリキリする……。こういう時に胃薬でもあれば……とつい無いものねだりしてしまう。
気を紛らわすために馬車から見える景色をぼんやりと眺める。
どこを見ても似たような荒野が広がるばかり。見ていて面白いものでもない。
大陸の果てまで続いてるタハン街道の中腹にある広大な荒れ地、ニード荒原。
ファンターハンから最寄りの船着き場はフォレオフィッツにしかない。フォレオフィッツ、ファンターハンとの移動間なら必ずここを経由する。
そのためこのニード荒原の入り口付近で野営し、それから移動することが常識らしい。
なんでも夜になると地竜がうろつくようになるので危険極まりないのだとか。
地竜相手に腕試しを挑む冒険者もいるらしいが、今の僕たちにそんな余裕もなければ実力もない。
それに商隊の人たちにとって地竜は何があっても避けたい相手なので、大人しく地竜の徘徊ルートから外れる入り口で朝まで待つのだ。
「そろそろ日も傾いてきた。ここらで野営の準備をしようか」
ちょうどいいタイミングでお声がかかった。馬車が止まり、野営の準備のために商隊の人たちが動き始める。
本来であれば手伝う必要はないのだが、何事も経験が必要と僕が率先して手伝うことにした。
天幕を張り終え、晩御飯を終えた後は交代で見張りをすることになっている。
ここまで地竜がやってこないとはいえ、ここは魔物が跋扈する外の世界だ。
いつ、どこで何が起こるかわからない。積み荷を狙った野盗の襲撃も十分にあり得るので、警戒するに越したことはないのだ。
これも僕が手伝うことになっている。さすがにそこまではいいと遠慮されてたんだけど、冒険者としての経験を積みたいと言ったらえらく感心されて、戦闘の本職がいるなら安心か、と快諾してくれた。
と、言うわけで今僕は見張り番をやっている。日中はちょうどいいけど、夜になると少し肌寒い。
そして誰も話す人もいない、周りに何も変化がないと睡魔が襲ってくる。けれど、こういう時こそ気を引き締めなければいけない。
いつだって事故はちょっとの油断で起きるものだ。そう、例えば僕の背後に気配すらなく―――。
「……!」
そんなことを思っていると、ふっと僕の影の後ろに何者かの影が重なった。
咄嗟に腰を浮かし、振り向きざまに荒削を抜き放そうとする―――が、背後にいた人物が見知った顔であることに気付き、ほっと胸を撫で下ろした。
「なんだ、クエルか……脅かさないでよ」
「……ごめんなさい……」
「あ、いや、怒ってるわけじゃないんだ。そんなところに立ってないで火に当たりなよ。寒いでしょ?」
別にきつい言い方をしたわけでもないのに、クエルがしゅんと俯いてしまった。
居たたまれなくなった僕は慌てて隣を叩いて示し、こっちゃこーいこっちゃこーいと促す。
なんだろう、警戒心バリバリの猫を手懐けてるみたいだ。ちちち、怖くないよーおいでー、ちちち、とか昔よくやってたなあと何故か今ぼんやりと思い出した。
そんなことを思っていると、クエルがそろそろと隣にやってきて、そっと隣に腰を下ろした……と言うにはあまりにも距離が遠い。と言うかそこ、そもそも火に当たってないし。
とりあえず火の当たる場所に移動させ、落ち着いたところでどうしたものかと頭を悩ませる。
いざ二人きりになると何を話していいか途端にわからなくなる。今までは他に誰かいたので気にしていなかったけど、クエルとの距離感が未だに掴めないのだ。
自分から話しかけてくることはほぼないし、何かを聞かれても無言で頷くか、一言二言で会話が終わってしまう。
そして必ずごめんなさいと謝られてしまうのだ。気兼ねなく接しろと言う方が酷なのかもしれないけど、自責の念に囚われ過ぎるのも如何なものかと思う。
僕はクエルにもっと知って欲しいと思ったからこうして仲間に誘った。
誘ったと言うより、あれは半ば強制的なものだったかもしれない。もしかして僕は余計なお世話を焼いてしまったのだろうか。
でも、あそこでああしなかったらクエルは今こうして僕のすぐ近くに存在していない。
何も知らないまま、ただの使い捨ての道具のように扱われ、死んでいく。そんなのは絶対に間違ってる。それが正しいなんて、あるはずがないんだ。
「……あの……」
唐突に声をかけられ、びくっと肩が跳ね上がった。ここでオーバーリアクションを見せるとまたクエルが下へ下へと落ち込んでってしまう。
努めて冷静に、平静を装ってどうしたの? と示すように首を傾け、口角を吊り上げる。バイザーは戦闘以外では上げているので、とてもスマートな笑顔が見えているはずだ。
実際は引き攣りまくってると後々エメロッテに指摘されて気付く事になるけど、それはまた別の機会にでも話すとしよう。
「ありがとう」
「うん? いきなりどうしたの?」
何がありがとうなのか。お礼を言われるようなことをしたつもりはない。
余計なお世話を焼いたと言う自覚はありまくるけど。
「私に意味を与えてくれて……ありがとう」
「僕がそうしたいと思ったからそうしただけだよ。……もしかして、迷惑だった?」
常に何かに怯えているように目を合わせてくれなかったクエルが、初めて目を合わせてくれた。
紫紺の中で揺らめくオレンジの色が神秘的で……とても綺麗に映えた。
やっと歩み寄ってきてくれたことに喜びを感じ、思わずじわりと涙が浮かび上がったが、ぐっと堪えて笑顔を作る。
せっかくクエルが頑張ってくれてるんだ。僕が台無しにしてどうするんだと檄を飛ばし、一番聞きたかった本音を口にする。
僕は良かれと思ってやったことでも、クエル自身はどう思っているのか、それが聞きたかった。
もし余計なことをしてと罵声を浴びせられたらどうしようとか、悪い方向でしか思考が働かない。
けれど、返ってきた言葉は否定でも肯定でもないものだった。
「あなたは……フサオは、私の―――」
クエルの薄い唇がその先を告げようとしたその瞬間、ごっ、と突風が巻き起こり、たき火が一瞬にして消え失せた。
「おやおや、死んだとばかり思っていたのに、まさかこんな寂れた場所で恋愛ごっこしてるなんて夢にも思わなかったなあ」
「―――誰だ!」
ガラスを引っ掻いたような、そんな耳障りな声が闇の中から響き渡った。
僕はすかさずバイザーを下ろしてクエルを庇うように立ち、荒削を抜刀して周囲に視線をくまなく走らせる。
―――どこだ。どこにいる? 確かに今、僕たちに向けて何者かが話しかけてきた。しかし姿を探せどどこにも見当たらない。
商隊の人たちやナナリーたちは無事なのだろうか。この闇の中じゃ確認のしようがない。目が慣れるまでこうして厳戒態勢を敷く以外に手段はない。
で、あれば―――。
「ああ、いくら叫んでも無駄だよ。ここら一帯を切り離したからね。とはいえ今日は見物しに来ただけだから、安心していいよ。羽虫を潰すのに何の労力もいらないだろうしね」
僕の行動を見透かしたかのように、闇の中から不気味な笑い声が響く。
安心しろ……だと? こんな状況で安心できるはずもない。視界の効かない闇の中、いつ、どこから喉元を掻き切られるかわからない状況下で安心して警戒を解く馬鹿がどこの世界にいると言うのか。
それに、これは危険だと僕の直感が警鐘を鳴らし続けている。仮面の帯が今まで以上にのた打って暴れまわっている。
あの煌塵竜と対峙した時以上の重圧がこの場を支配している。
気付けば僕の体は恐怖で支配されてしまっていた。
それを自覚したのは、自身が噛み鳴らす歯の音と、ぎゅっと強く背中に縋り付いてきたクエルの存在に気付いてからだった。
「ふぅん……僕の呪印を消滅させるほどだからそれなりなんだろうなあと思ったけど……正直がっかりだよ。つまらないなあ」
「お、前は……何者だ?」
期待の絶頂から急激に冷めてしまったような、そんな落胆の色を強く滲ませた声が闇の中から響く。
眼球だけを動かして周囲を警戒するも、未だに姿はおろか、気配すら掴めない。
それがまた恐怖に拍車をかけ、僕の体を蝕んでいく。背中から伝わる圧力が一層強くなる。その感触だけを頼りに、僕は自我を保っている。
もしこれがなければ僕は発狂して闇雲に剣を振り回しているだろう。
一秒でも早くここから逃げ出したい。だけど、それは出来ない。今ここで逃げたら皆がどうなるかくらい、想像しなくてもわかるからだ。
「僕? 僕は……そうだね、ウルトルとでも名乗っておこうか。魔王の復活を悲願とし、この地に蔓延る人間どもを粛清する者さ」
「魔王だと? 魔王は遥か昔に」
「そうだよ、君たち人間に滅ぼされた。滅ぶべき存在は人間だと言うのにね、全く」
ずん、とその場を支配している重圧がとてつもなく膨れ上がる。
警鐘が鳴り止まない。鼓動の音がうるさいくらいに聞こえる。誰かが凄く荒い呼吸をしている。それが自分だと気付くのにそう時間はかからなかった。
もう立っていることすらできない。がくりと膝を折り、せめてもの抵抗で荒削を突き刺し、凭れ掛かるようにして体勢を保つ。
不意に、帯が動く気配。おそらくクエルを守るように帯が展開したようだ。
そんな僕たちを嘲笑うかのように笑い声が響き、ふっと嘘のように重圧が消え去った。
重圧が消え去ったと共に、ゆらゆらと闇の中で蠢くそれが、続けざまに言葉を投げかけてくる。
「そんなに怯えなくてもいいじゃないか。言っただろ? 今日は見物に来たって。今のうちに仲良しごっこでもしてるといい。それと―――人間の癖に、分不相応のものを持つ者ではないよ。それは人の手に余るものじゃない。まあ、いずれ身を滅ぼすことになるだろうし、それまで後生大事に抱えてるといい。君たちにはお似合いかもしれないしね」
闇の中で木霊する笑い声が段々と遠のいていき、それが完全に消え去ったと同時に―――僕ははっと我に返った。
ばっと左右を見回しても何もない。ぱちぱち、と木が爆ぜる音がした。
―――火が、消えていない。
どっと押し寄せてきた疲労感に、僕は大きく何度も深呼吸する。未だに震えが治まらない。珠の汗が顎をすっと伝い、ぽたぽたと地面に落ちていく。
今のは、何だ? 冗談にしては笑えないし、悪夢としか呼びようがない。今のは一体―――と、そこで背中に何かの感触を感じた。
「―――クエル?」
「……私は……あれを知ってる……嫌……何かが、来る……寒い……怖い……助け……」
「っ、クエル! クエルッ!」
背中にぎゅっとしがみついていたクエルは明らかに尋常じゃない震え方をしていた。
譫言のように何事かを呟き―――そして、倒れた。
僕は倒れたクエルを抱え起こし、必死に声を張り上げることしかできなかった。
いつもありがとうございます。仕事の都合で書置きが出来ず、更新が滞っております。随時追加していきますので何卒ご容赦を……。
2017/1/25 プロローグを修正、30話を加筆修正しております。




