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「テレシアさん? どうしたんです、そんな完全装備」
「聞こえなかったか? 剣を抜けと言ったんだ」
しゃん、と刃が鞘を走る音と共に、目の前で火花が散る。
「なに、を……」
「―――忠告はしたぞ」
茫然とする僕を他所に、テレシアさんは一瞬で抜刀し、帯の盾に阻まれた鎧通し の剣を即座に引き戻し、その身から凄まじい殺意を叩きつけてきた。
それを皮切りに、テレシアさんの目に留まらぬ突きの雨が降り注いだ。
―――疾すぎる。
クエルと同等……いや、それ以上の疾さだ。目が、帯が、僕自身の反射が―――まるで追い付いていない!
一撃目を囮にして、帯が防いだ衝撃すらも利用して腕を引き戻し、二撃目を加える。回数を重ねる度、緩急をつけて速度を上げていくその様はまさしく驟雨。
雨は水、水は流体。帯の隙間を、僕の意識の合間を縫って鋭く突きこまれる刃は忽ち僕の肉を穿っていく。
「くっ……! ちょ、テレシアさん! 話を!」
「敵と話す舌など持たん。貴様も剣士の端くれならば剣で語って見せろ。それとも何か―――」
あれだけ猛攻を見せていたテレシアさんがぴたりと攻撃の手を止めた。初動から全開まで持っていけるその技術の高さ、実力の高さにぞっとする。
いつでも殺せる。そんな余裕を見せつける彼女はエストックを胸の前に構え、凛とした佇まいのまま、
「口先だけの腰抜けか?」
にやり、と唇を三日月に歪めた。刹那、先程とは比べ物にならない殺意が向けられる。
咄嗟に荒削を抜き、降り注ぐ銀の雨を捌く、捌く、捌く。
「そらどうした。まるで腰が入っていないぞ。人を斬ることが怖いか?」
「がっ……⁉ う、ぐうううう……!」
クエルの時以上に防御で手一杯の僕に向かって、テレシアさんが余裕綽綽と話しかけてくる。
実際刃を交えて理解した。確かにクレイヴさんより強い。クレイヴさんほど力はなくとも、その鋭さ、速さは貫く事に特化しすぎている。
もともとエストックは鎧の隙間、鎖帷子の隙間を縫って刺し貫くことに特化した武器だ。
それを騎士団長であるテレシアさんの実力が合わさり、変幻自在の太刀筋、常人離れした速度を生み出している。
剣道で突きは何度となく見ていた。けれどこれは次元が違う。雨―――まさしく避けることも、見切ることも敵わない雨。
意識の隙間を縫って突きこまれた刃が、僕の太腿をいとも簡単に貫いた。ダメだ、と思った時にはもう既に膝を着いていた。
歯を食いしばって足に力を入れる。が、すぐに力を失って今度は倒れ込んでしまった。
人を斬るのが怖いかだって? そんなもの怖いに決まってる。日本で生まれ育った僕にとってそれは、犯してはならない禁忌だ。
ましてや相手は僕の恩人であるテレシアさんだ。どうして刃を向けられようか。戦いたくない。どうして戦わなければいけないんだ。
「その程度の覚悟で守るだと? 笑わせるな、この程度で何が守れる。貴様が思っている以上に敵は強大で、残忍で、狡猾だ。半端な覚悟でその場凌ぎの言葉を吐いたのなら……せめてもの慈悲だ。私がこの手で引導を渡してやろう」
言葉の後、テレシアさんが目を閉じたと同時に、ざわざわと大気が騒ぎ始める。
この感覚を僕は知っている。この見えない何かが蠢く現象を、僕は知っている。
大気に溶け込んだ魔素に、精霊に呼びかけ、奇跡を起こすこの現象は―――。
「―――魔法⁉」
僕は目を剥いた。そうだ。僕に魔法が使えないからと言って失念していた。
この世界の人々は誰しもが魔力を持つ。魔力を持つと言うことは、魔法を使えると言うこと。
そして、僕がこの世界で誰よりも劣る存在であると言うことを、まざまざと見せつけられた瞬間だった。
「あまり私を失望させるな、フサオ。言葉にせねばわからんか。これだけお膳立てしたと言うのに気付かんか。貴様が背負い込んだものの重み、その覚悟を私に示して見せろと言っている!」
愕然とする僕に、エストックに風を纏わせ、その切れ味と鋭さを遥かに高めたであろうテレシアさんが怒りを滲ませて声を荒げる。
その青い瞳は僕を捉えていない。視線の先にあるのは―――ナナリー、エメロッテ、クレイヴさん、そして―――。
「が、あああああああああああああっ‼」
「―――いい気迫だ。クレイヴから一本取ったと言う話、あながち嘘でもなさそうだな」
獣染みた咆哮を上げ、自らを奮い立たせる。貫かれた負傷は決して軽くない。動く度に激痛が走り、動きに支障を及ぼすほどだ。
それでも僕は立ち上がった。気迫だけで立っているような脆いものだとしても、僕は立って、証明する必要があった。
だって、僕は―――仲間を守るための、英雄なんだから。
「敢えて踏み込む……良いだろう、付き合ってやる!」
元よりテレシアさんに勝てるわけがない。クレイヴさんにだって一度しか勝ったことがない。あの突きの疾さを見切れる自信もない。
だったら。今持ちうる全て。僕の必殺技をぶつけるのみだ。
「―――胴ォォォォォォォォォォォォッ‼」
突きこまれる刃をいなし、返しの太刀で甲冑に荒削を叩き込んだ。
―――つもりだった。
「お前の剣は良くも悪くも真っ直ぐすぎる。お前自身を表しているようにな。だから、こうなる」
きぃん、と高い音を奏で、宙を舞う荒削。何が起こった? 確かに僕は抜き胴を完璧に決めたはず。なのに何故―――。
がすっ、と音を立てて地に荒削が突き刺さった音で、僕はようやく自分が敗北した事実を認識した。
テレシアさんは初めから打たせるつもりで突きを放った。それも風を弱めて、僕が見切れる程度の速度にまで落として。
僕の刃より速く腕を引き戻し、甲冑と刃を縫うようにエストックを捻じ込み、風を纏わせた刃で斬り上げたのだ。
―――次元が違う。重ねた経験が違う。これが―――騎士団長である所以なのか。
「少しばかり目が良いようだが……それに頼りすぎている嫌いがある。その仮面が補っているようだが、いつか必ず綻びを生む。早々に改善しろ」
「へ? え、あ」
「返事が聞こえん。腹から声を出せ」
「は、はい!」
こつん、とエストックの柄で小突かれ、僕は思わずぽかんとしてしまった。
すぐに聞き慣れた怒声が飛んできたのでびしっと背筋を伸ばし、威勢よく返事したところでぶっ倒れた。
緊張が一気に解けたせいで太腿が痛み出したのだ。おうっふと呻く僕に、テレシアさんはエストックを鞘に納めながら深々とため息を吐いた。
そこでナナリーとエメロッテ、クエル、おまけでクレイヴさんがこちらへ向かってきた。
多分クレイヴさんは三人を押さえるためにあそこにいたんだろう。僕の覚悟を見極めるためとはいえ、本気で死ぬかと思った。テレシアさんの太刀筋全然見えないんだもん。
ナナリーに初級治癒術をかけてもらっていると、テレシアさんが徐に口を開いた。
「お前が人に対して不殺を貫くと言うのなら、不条理を捻じ伏せる圧倒的な力を身につけろ。今のままでは遠からず死ぬ。それは揺るぎない」
何も言えなかった。僕は弱い。仮面の力があってこそクエルを助けられたけど、テレシアさんには手も足も出なかった。
多分というかほぼ確定だろうけど、テレシアさんはあれでまだ本気を出していないはずだ。本気を出していたのであれば、僕は開始早々喉を貫かれて即死しているだろう。
それだけ疾く、強かった。手加減してくれた理由は、考えるまでもないことだけど。
「旅に出ろ。どのみちもうファンターハンに滞在することは難しい。そも、冒険者は言うなれば渡り鳥だ。一つの地に長く滞在するなど基本的にあり得ん。ギルドに依頼され、常駐冒険者として契約しない限りは……な」
突然の提案に、僕は勿論、ナナリーとエメロッテまでも目を丸くさせた。クレイヴさんはまあ妥当だわな、と言いたげに顎髭を弄ってるし、ちょっと話の展開に頭がついていかない。
クエルの件もあってファンターハンにはもう居られないとは思っていたけど、旅に出るとは一体どういうことか。
僕の言いたいことを察してくれたのか、テレシアさんがまあ待て、とばかりに軽く手を突き出してそのまま話を続けた。
「お前の人は殺したくないという甘っちょろい信念と、それを押し通そうとする力量は推し量れた。まだまだ粗削りで改善すべき箇所は在りすぎるが……まあいい」
話が長くなりそうな気がしたところで、クレイヴさんからお前話なげえんだよ、と言いたげな視線がテレシアさんに向けられる。
それに気付いたテレシアさんは少しだけ口を尖らせ、可愛らしい表情を作ってからすぐに話を戻した。
「アジーンへ向かえ。あそこならどの国の息もかかっていない。しばらくそこで身を潜め、来るときに備えて力を付けろ。あの過酷な土地での経験は、きっとお前の力になるだろう」
アジーン。アジーンとはどこだろうか。少なくとも僕は知らない。クエルも知らないと見える。
ナナリーとエメロッテはそこを知っているらしく、少しだけ表情に陰を落としていた。
勇気を振り絞ってそれどこですかと聞いたらクエル以外に呆れられた。いや、僕が知ってるのって言ったらファンターハンとハーメル、スイセンぐらいしか知らないもん……。
「コホン……私は敵を許すつもりは毛頭ない。だがお前が違うと断じ、教えると言うのなら……私を唸らせる戦士に鍛え上げて戻ってこい。その時はまあ、なんだ。歓迎しないこともない」
「相変わらずぶきっちょなこって。素直に心配だから忠告しに来たって口で言やあいいのによ。戦う必要あったか? だから脳筋って言われんだよ」
「いちいちいちいち一言多い男だなお前は! 私がこの目で実力を見ておかないと不安だったんだよ! これでいいかもおおおおおお!」
毎度のことながら余計な茶々を入れるクレイヴさんに、テレシアさんが久方ぶりに見る地団太を踏んだ。
あんなに凛とした佇まいなのにクレイヴさんの前だと年相応の女性に見えるから不思議だ。騎士団の中でいろいろあったんだろうと推測できるけど、突っ込んで聞くような野暮な真似はしない。
僕に踏み込んでこない優しい人たちに、そんな無粋な真似はしたくない。
……いつか、僕の事も話せる日がくればいいんだけど。それはまだまだ先のことになりそうだ。
「ま、言いたいことは殆どお嬢が言っちまったから俺からはそんなに言う事ねえが……これから先、辛えぞ。わかってんな?」
「はい!」
最初に出会った時のような、穏やかで、優しくて、それでいて見守ってくれるような視線。
僕は迷わず頷いた。この人を、この人たちを裏切るような真似はしない。
いつか必ず、恩返しをするんだ。この人たちが認めてれる、立派な英雄になって。
「いいツラするようになったじゃねえか。んで、この中で誰がお手付きだ? やっぱりナナリーちゃん?」
「なんでいっつも茶化すんですかねえ⁉」
いい雰囲気をぶち壊す一言。
名指しで呼ばれたナナリーはお手付きってなんですか? と首を傾げてるし、エメロッテはエメロッテで嫌悪感剥き出しでドスケベ連呼しながら杖でどついてくるし。
クエルはどうしたらいいかわからないようでおろおろしてた。ちょっと可愛いと思ってしまった。
和やかな空気で締められると思っていた。そんな甘い幻想は―――怒れる獅子のカミソリキックで打ち砕かれることになった。
「てめゴルァフサオォォォォォォォォォッ‼」
「ぴぎゃあああああああああああああ⁉」
それはもう見事な飛び蹴りだった。スカートの奥地、パンティストッキングの下から覗く黒い三角地帯が見えた気もするけどあかんこれ死んじゃうやつや!
「てめーここ出ていくのにこのあたしに挨拶なしたぁいい度胸してんじゃねーか、ああ⁉ 旅立ちの前に埋めるぞ、ああん⁉」
「ぷぷぷぷぎぇぇぇぇ……僕も今それ知ったんですぅぅぅぅ……」
凄い勢いで転がった僕の胸倉を掴んで引き起こし、見目麗しいご尊顔が台無しになるほど三白眼で僕を睨みつけるルルさん。
どこでそれを聞きつけたのかとかなんで怒ってるんですかとかいろいろ聞きたいけど誰か助けて! 土葬されてまう!
僕の必死の言い訳が通じたかどうかは定かではないが、ルルさんがぱっと手を離して僕を開放してくれた。
そしてその足でクエルへと近付き―――。
「っ」
ぱしん、と乾いた音が響き渡った。叩かれたクエルは何が起きたかわからない、と言った顔で目を丸くしている。
「これは落とし前だ。お前がやったことはどうやっても消えねー。たとえそれがお前が望んだものじゃなくても、だ」
「……私、は……」
「だから今はそれで勘弁してやる。こいつの元でしっかり常識やらなんやら覚えてこい。少しでもおかしかったからこいつをシメる。あと、ついでにいけすかねーアスガルドぶっ潰してこい。以上」
「ルルさん……」
「言った以上、投げ出すんじゃねーぞ。お前を信用して、これだけで済ましてんだからな。あとアスガルドぶっ潰してくるまで帰ってくんな。帰ってきたら埋める。マジで埋める」
言うだけ言ってそっぽを向くルルさん。心なしか耳が赤い。どうしてこう、僕の周りは優しい人しかいないんだろうか。
ふ、と短い息が零れ、目頭がかっと熱くなる。
「素直じゃねえ女ばっか。素直で従順な方が可愛げがあるぜ? なぁナナリーちゃん?」
「は、え、な、なんですか?」
ぽん、と頭に手を置かれたナナリーは訳がわからない、と言ったように困惑していた。治療の邪魔をしないでください。あと余計な茶々を入れないでください。
そんな感じでじろりと睨みつけていると、可愛げがない、と言外に言われた四人もじとっとクレイヴさんを睨みつけていた。
ははっ、ざまあないぜ! とか思ってたら何笑ってやがると一番負傷の酷い太腿を思いっきり踏みつけられた。そしてナナリーに怒られていた。ざまあないぜ!
「ま、なんだ。ちょっくら旅してこい。こっちはこっちでなんとかやれっからよ」
「いいな、アスガルド潰してくるまでぜってー戻ってくんじゃねーぞ。戻ってきたら埋めっからな。あ、爺が作ってるモンは出来あがったら送ってやっからタグで連絡よこせ、いいな?」
「この私が目をかけたんだ。簡単に死んでくれるなよ?」
「―――行ってきます」
恩人たちに心からのお礼を告げて、僕たちはファンターハンから旅に出た。
僕たちが目指す場所は広大な砂漠が広がるオプトレライアス大陸の首都、アジーン。
僕は弱い。弱いからこそこうやって人に頼ってばかりだ。それに甘えないためにも、僕は前に進む。
こうして僕は、クエルを仲間に加えてまだ見ぬ世界への旅立ちを告げた。
―――いくつかの決意と。いくつかの疑問を残したまま。
【奇面英雄 第三章:偽りの仮面 完】
ようやく三章が終わりました。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
これからもより面白い暇つぶしを目指していきますのでよろしくお願いいたします。2017/1/20 ぬるぬるしたナマモノ




