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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第三章 偽りの仮面
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27

「―――面を上げよ」


 威厳に満ち溢れた、低い声が静かに響き渡る。

 隣から顔を上げる気配がした。僕もそれに倣い、足元に敷き詰められた、いかにも高級そうな赤の絨毯から視線を外す。


 玉座から弓のような眼差しで僕たちを見下ろす、初老の男。

 限られた者しか着ることを許されない、最高級の素材のみで誂えた気品に満ちた衣服を纏うその人は、王都ファンターハンの最高責任者―――レギン・フォン・タハン国王陛下。

 僕は国王との謁見を許された。通常、九ツ星(ニオテラ)冒険者(ハンター)が王と謁見するなどあり得ない事だ。

 ではなぜ僕はここにいるのか。それは国家反逆罪の大罪人(・・・)としてここにいる。


 僕の隣には銀髪の少女がいる。昨夜までの彼女なら、この場にいたとしても表情一つ、眉一つ動かさずにそこに在り続けていただろう。

 けれど今僕の隣にいる彼女は違った。紫紺の瞳を不安げに揺らし、王の言葉を固唾を飲んで見守っている。

 その目に見える変化が嬉しくて、僕はそんな状況ではないとわかっていても頬が緩んでしまった。


「あー……んっ! んんっ! 失礼、喉の調子が」

「クレイヴ副隊長、王の御前だぞ。無礼な振る舞いは控えよ」


 と、突然すぐ横に立っていたクレイヴさんが不自然な咳払いをして注意を引く。それを諫めるように、少女の隣に立つテレシアさんがじろりと三白眼で睨みつける。

 音に釣られてそちらを見ると、今そんな状況かよ、と嗜めるような視線が左右から突き刺さった。

 慌てて表情を引き締めると、高い位置の玉座からじっと僕たちを見下ろしていた国王陛下がゆっくりと口を開いた。


「フサオ・キワタよ」

「はい」

「此度の襲撃。其方の尽力はクレイヴから報告を受けておる。九ツ星(ニオテラ)とは思えぬその働きぶり、実に大儀である」

「……勿体ないお言葉です」


 上から降ってくる厳かな声に、間髪入れず返事する。

 国王は少しだけ表情を柔らかくさせ、労うような視線を向けてきた。

 褒められることに慣れていない僕は少しだけむず痒くなり、それを誤魔化すように頭を垂れた。

 柔和な表情はあくまで一瞬。今日呼び出されたのは賛辞の言葉を贈られるだけじゃないと理解している。

 おそらく本題に入るだろう国王は、王に相応しき威厳と貫録を湛えた表情を浮かべて僕と少女を真っ直ぐ見つめた。


「……が、それゆえに分からぬ。其方はこの国を守るために命を賭してまで戦いに身を置いた。何故、その者を庇い立てしようとする? 反逆罪は極刑、加担した者も例外なく……だ」

「確かに、彼女がやったことは許されることじゃありません」


 王の言葉の後、重苦しい沈黙が謁見の間に訪れた。

 罪を犯したものは法の下に裁きを受け、償わないといけない。それはごくごく当り前のことで、異論を唱えるつもりはない。

 だけど、と思った時にはもう口が勝手に動いていた。

 息を呑む気配を感じる。すぐ隣と……僕の後ろにいるはずの、大切な仲間たちから。


「でもそれは彼女の意思じゃない。呪いを施し、裏で操っていた黒幕がいるはずです」

「では彼女を許すと? 住処を、安寧を、家族を奪われた人々に涙を飲めと? それこそあり得ぬ話だ」


 国王が言っていることは正論だ。至極真っ当な、この上なく正しい正論。

 僕がもし逆の立場なら間違いなく彼女を恨むだろう。憎むだろう。恨んで憎んで、殺したいとも思うだろう。それは絶対に間違いない。

 だけど、僕は彼女を知っている。あれは彼女が望んでやったことじゃないと、誰かに強要されたものだと知っている。

 それで納得できるかと言えば、正直わからない。納得はしないけど、理解・・は出来る。

 理解して、その大元を叩こうと静かに怒りを燃やすだけだ。


「その者が奪ったもの、失った人々は二度と戻って来ぬ。たとえ傀儡の身であろうと、その者が犯した事実はどうあっても覆ることはない。極刑に処し、民の怒りを少しでも鎮めるべきだ」

「彼女は知らない。何も知らない。言ってみれば生まれたばかりの赤ん坊です。確かに彼女がファンターハンを襲った。それは事実です。けれど、一番罪を問われなければいけないのは姿を見せず、裏でこそこそ汚い真似ばかりしている奴らじゃないんですか。人を道具のように使い捨て、命をモノみたいに扱う、奴らの―――」

「無礼が過ぎるぞ。少し黙れ」


 無礼とわかっていても滑り出した言葉は止まらない。自分でも一国の王相手に何を、と真っ青になっている。だけど止まらない、止まれない。

 言葉にしていくうちに、激しい怒りが込みあげていくのがはっきりわかった。僕の感情に呼応するように、仮面の帯が激しくうねる。

 

 刹那、視界が真っ赤に染まった。


 組み伏せられたと知ったのは、上から小声で落ち着け、やりすぎだと囁かれたからだった。


「―――僕は彼女に教えるって約束したんだ!」


 それでも尚、僕は叫んだ。

 ぎりぎりと上から押さえつける力が強くなる。クレイヴさんが小声で何かを怒鳴っているが、もう耳に入っちゃいない。

 感情が溢れ出し、激情が口を突いて出ていく。


「彼女は何も知らない! 知らないから教えるんだ! この世界の事を、自然の美しさを、人の温もりを! 生まれた意味も分からずに死ぬなんて、そんなの悲しすぎるじゃないか!」

「黙れと言っている!」

「誰にだって自由に生きる権利がある! それを誰にか強要されたり、強要するなんて間違ってる! 間違ったら何度でも正せばいい! 人ってそういうものでしょう⁉」


 クレイヴさんならず、テレシアさんまで僕を止めようと動いた。

 上から頭を踏みつけられても尚、僕は止まらない。首だけを持ち上げ、国王を睨みつけ、何故わからないんだと怒りと悲しみをぶつける。

 たった一度の過ちで死んでいくなんてあまりに惨い。彼女は僕と違う。彼女は真っ白だ。真っ白で、何もなくて、これから彩で飾っていけるんだ。

 僕のように醜く(・・)ないのだから。誰もが嘲り、罵り、嘲笑うものは何一つない。彼女は美しい(・・・)。その輝きをこんなところで失わせたくない。

 ただそれだけ、それだけなんだ。


「……最早、酌量の余地はないか。この者どもを極刑に―――」

「おうおう吠えよる吠えよる。威勢が良いのは結構じゃが、その頭でっかちにはまるで通用せんぞ、わっぱ


 国王の言葉を遮る、かかっ、と独特な笑い声。一拍遅れてかららん、と軽やかで優雅な音が響き渡る。

 ふわりと紅色の着物を靡かせ、墨色の髪を振り乱しながら僕と国王の間に降り立ったその人は―――。


「また……ギルドマスターともあろうものが無断で城に忍び込むとは……」

「ほう? 随分と偉そうな口を利けるようになったな、レギンよ。赤子の頃から貴様を知る儂に対して、なあ?」


 咎めるような視線を受けてもサワラビさんはどこ吹く風か、やれやれと肩を竦めながら玉座にゆっくりと歩み寄っていく。


「大きくなったらお姉ちゃんと結婚するー! とかほざいておったあの頃の可愛いお主はどこへ行ったのやら……嗚呼、悲しいのう……」

「ヴォッホンゲホゴフォッ!」


 嘆かわしい、とばかりに大仰に、これ見よがしに盛大なため息を吐いて落胆っぷりを見せつける。

 今の今まで威厳たっぷりだった国王陛下の表情が一瞬にして情けないものに変わり、誤魔化しきれない咳払いを何度も行った。

 そして何とも言い難い空気が謁見の間に流れた。アルフレッドさんの時にも思ったけど、サワラビさんって一体何歳なんだろう。

 鬼は皆長寿と聞くけど、国王陛下、アルフレッドさんを見る限り、五十年近く前からあの姿のまま変わってないらしい。


「陛下……?」

「な、なんでもない。なんでもないぞ」

「ほぉう? 背中を流してやったとき、これ(・・)をちらちら盗み見ておったろう? それも余さず、嘗め回すように……なあ?」

「「いや、それは仕方ないような」」


 玉座に寄りかかり、ここぞとばかりに胸を強調させるサワラビさん。

 その扇情的で、悩殺的なそれ(・・)を前にした僕とクレイヴさんはうんうんと深く頷いて同調する。

 分かってくれるかと目を輝かせる国王。僕たちは今、一つの同士として繋がり合った。

 目と目で通じ合っていると、突然背筋にぞわりと悪寒が走った。

 そっと見上げるとテレシアさんが変態は死ねとばかりに底冷えする眼差しを向けていた。同じく謁見の間にいるであろうナナリーとエメロッテからも似たような気配を感じる。


「「アッハイスミマセン」」


 僕たちはあっさり王を見捨てた。女性陣の目が怖いもん。なんでか銀髪の女の子まで軽く睨んでくるし。なんでだ、男の子の浪漫じゃないか……。


「な、なにが目的だ……!」

「何、ちょいとあの小娘を借りるだけじゃよ。本当に白か黒(・・・)か、儂が確かめるだけじゃ。他ならぬ儂が自ら確認するんじゃ。文句はなかろう?」

「し、しかしそれでは民に示しが……」

「だからお主は頭が硬いと言っておろう。硬いのは下半身だけで良いと何度言えば」

「ヴォッホォォォォン!」


 きりっと表情を取り繕い、真面目な会話が続く。


―――と思いきや、サワラビさんが投下した爆弾がまたも大爆発を起こした。


 国王陛下の誤魔化しきれてない咳払いがまたも響く。ん? 何、どういうこと?


「む? ああ、こやつを男にしたのは他ならぬ儂じゃからのう。ま、それっきり関係は持っておらんが。そうそう、それで嫁を満足させれたのか?」

「ギルド長、話がこじれてます」


 もういっそ殺せと言わんばかりに両手で顔を覆い、ぷるぷると小刻みに震える国王。

 一国の王の、触れられざる黒歴史を赤裸々に、心底楽しそうに語り弄り続けるサワラビさんはそれはもう生き生きしていた。鬼だこの人……あ、鬼だった。

 これ以上話が脱線してはかなわんとテレシアさんが止めに入り、国王弄りに終止符を打たれた。

 ちなみにこの後、国王が王妃に浮気を疑われて呼び出されたことは言うまでもない。


「示しも何も、あの小娘の素顔はここにおる者以外知らんじゃろ。アスガルドの襲撃……それだけしか伝わっておらん。なれば握り潰すことも容易い」

「しかし……!」

「じゃから言うとるじゃろ。儂が調べると。黒であれば儂が縊り殺してやるわ。いや、久方ぶりの女子の柔肌。じっくりと味わってから喰ろうてやるのも乙だわなあ……」


 妖艶な笑みを浮かべ、艶めかしい流し目を銀髪の少女に送る。びくっと小さな肩が跳ね上がった。

 僕が見られたわけじゃないけど、あれ(・・)は卑怯だ。あんな顔で迫られたら理性が持つ自信が―――テレシアさんにぎっと踏みつけられたので絨毯と熱い接吻を交わす。痛い。と言うかそろそろ開放して欲しい。クレイヴさんとか完全に僕を椅子にしてくつろいでるし。


「レギン、儂に任せてくれぬか。悪いようにはせぬさ。他ならぬお前が愛し、育て上げた国じゃ。儂もこの国が好きじゃからの」

「……承知した。ではこの者たちの処遇はギルドマスター、サワラビ殿に一任する」

「かかっ。あい任された。ではレギンよ、少しこの者どもを預かるぞ」


 絨毯に押し付けられているので二人の表情は見えない。けれど、きっと二人はアルフレッドさんの工房で見た時と同じような表情をしているだろう。

 銀髪の少女に関しての処遇がサワラビさんに任されたことで、この謁見は終了を告げた。

 僕と銀髪の少女、ナナリー、エメロッテはサワラビさんに連れられて、ギルドに向かうことになった。

 道中、二人からこっぴどく怒られたのは言うまでもないことか。サワラビさんになんとも締まりのない男じゃの……と呆れられもした。

 いやもう歯止めがきかなかったんです。ところでサワラビさん、あなた何歳ですかと聞きそびれたことは今となっては後の祭りだった。

本日はここまで。遅くなって申し訳ありませんでした。次は金曜に更新予定です

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