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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第三章 偽りの仮面
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26

 幾重もの銀の煌めきが虚空に軌跡を描き、交差し、火花を散らしながら甲高い音を奏でる。

 幾度となく斬り結び、幾度となく重なった刃の応酬。剣士たるものなれば、その刃を交えた相手の何かをその一瞬で感じ取る。

 無慈悲なまでに正確で、寸分違わず急所を狙ってくる精密機械のような鋭さの刃は何一つ語らない。


 ただただ無機質で、機械的で、凍てついた氷のような感覚イメージ

 これほどまでに暗く、冷たく、同じ人としてのものを一切捨て去った剣は初めてだった。


 辛うじて目で追えるほどの速度まで上がった短刀の一撃を、持ちうる全てを使って防ぎ、いなし、弾き、鎬を削る。

 万全のコンディションとは程遠い。解毒されて体は動くとは言え、背中の傷が激しい動きに合わせてずぐずぐと痛みを増していく。


「君は……どうしてこんな事をするんだ?」


 答えは返ってこないとわかっていても、口から感情が滑り出ていた。

 目の前で連鎖して火花を散らす刃の乱舞を前にして、自分でも驚くくらいに冷静な声を発していた。

 

「君は僕を必ず殺すと言った。それはどうして? なぜ殺す? 人を……命を奪うことを、何とも思わないのか?」


 答えは無い。あるのは耳朶を叩き続ける金属音のみ。

 刃を交えれば交えるほど違和感は膨れ上がっていく。

 どうして彼女はこんなにも―――何も無い(・・・・)のだろうかと。


「命を奪う事に躊躇いがないのなら、どうして」


 ずっと心に引っかかっていた。どうして彼女は非情に徹しようとしているのか。どうして殺戮人形として自分を貫こうとしているのか、わからなかった。

 あの時、水棲の湖で見た彼女は僕に気が付くまでじっと足元を見つめていた。

 それは取るに足らない小さな命だ。踏み躙られてしまえばそこで終わり、いつかは枯れ果て尽きる、儚い小さな小さな命。

 それでも強く芽吹き、蕾を開き、美しく咲き誇る命をじっと見つめたまま、彼女は確かにそうしていた。

 

「どうして―――小さな花を見つめて、微笑わらっていたの?」


 そよ風に吹かれ、静かに揺れ動く紫紺の花弁。それを慈しむように見つめ、そっと微笑んでいた彼女は紛れもなくそこ(・・)に存在したんだ。

 だからこそわからない。

 そんな顔が出来る人が。自然を慈しむ事の出来る人が。

 どうして奪うことに慣れようと泣いているのか―――いくら考えても、わからない。


「……っ」


 何事かを呟いた彼女が初めて見せた感情の機微。それは彼女の振るう刃に如実に現れた。

 正確無比を貫いていた刃が僅かに鈍り、僕如きでも簡単に弾き返せるほど単純な突き。

 そのまま猛攻を続けるかと思いきや、彼女は大きく飛び退ずさり、頭を押さえて小さく呻いた。


「どうして……? それが私の役目だから。それが私の存在価値だから。与えられた命令を確実にやり遂げる。ただそれだけ」

「そんなの……そんなの!」

「……っ、う、貴方は私の役目を奪うもの。私の存在価値を奪うもの。だから殺す。必ず殺して、やり遂げる」


 仮面の奥に潜む紫紺の瞳に僕を映して、淡々と告げる。

 違う、と僕は断じる。根拠があるわけじゃない。確信があるわけでもない。僕は彼女を何一つ知らない。

 決して言葉を交わした回数は多くない。見知った顔がすれ違う時に挨拶を交わす……そんな程度のものだ。

 僕は彼女じゃない。彼女は僕じゃない。そんなことは当たり前だ。そんなものわかりきっている。

 だけど、彼女の言葉を間違いだと断じるのは、そんなものは違うと否定できるのは、この胸の奥底から湧き上がる熱いもの(・・)は、一体何だろうか。


「違う、違うよそんなの! だって君は―――!」

「あ、あああ……あああああああ……」


 声を張り上げ、まさしく魂の叫びをそのまま声に乗せ、目の前の少女にぶつける。

 彼女は両手で頭を抱え、痛みに悶え苦しむように呻き声を上げた。


「貴方の声が、貴方の存在が、使い捨ての駒(わたし)の存在を狂わせる……! 殺すことだけが私の役目! 私の存在価値! それだけ、それだけだ! それ以外はいらない……必要ない! それ以外―――私は知らない(・・・・)! 」

「ぐ、うお……!」


 感情が爆ぜた。言葉通り彼女は声を荒げ、怒り(・・)を露わにした凄まじい猛攻を仕掛けてきた。

 たった一つの踏み込みで懐に潜り込み、荒々しく、されども確実に殺意を乗せた鋭い刃が猛然と襲い掛かる。

 帯の反応速度がまるで追い付かない。自動防御オートガードを容易く突破してくる短刀の一撃を目を凝らし、瞬きすら惜しんでひたすら見続ける(・・・・)

 剣を使い、盾を使い、時には敢えて鎧で受け止め、苛烈を極める殺意の嵐をギリギリのラインで凌いでいく。


「違う……君は、君は……!」

「ぐ、ああ……! うるさい、うるさいうるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい‼」


 僕が声を上げる度に、彼女の動きが一瞬だけ鈍くなる。本当にほんの一瞬だけ鈍り、すぐさま勢いを増した嵐が吹きすさぶ。


「違う、違うんだ! 君は君だ! 人は道具なんかじゃない! 誰にだって、自由に生きて、自由に笑える権利がある!」

「あ、ぐぁ……! うる、さい……黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ‼」


 僅かな隙を作れば彼女の刃が肉を抉り、骨を断ち、命を刈り取るだろう。そんな状況でも僕は声を張り上げた。

 声は確実に彼女に響いていた。一際大きな頭痛が走ったのか、彼女の動きが止まった。

 その隙を見逃すはずもなく、僕は盾を素早く押し出し受けた刃は無論の事、彼女そのものを弾き飛ばし距離を稼いだ。


―――ここしかない(・・・・・・)


 激情を剥き出しにして猛然と襲い掛かる彼女の短刀(・・)に狙いを定め、僕は深く腰を落とした。

 一の太刀で右を弾き返し、二の太刀で左を払い落す。これしかない。ここしかない。

 極限まで精神を研ぎ澄まし、その瞬間を待ち構える―――。


「―――え?」

「……あ……」


 目を疑った。今しがた起こった事を理解できなかった。

 彼女は確かな殺意を持って、僕に向かってきていたはず。

 なのにどうして―――彼女は自らの手で(・・・・・)自らの胸に(・・・・・)短刀を突き(・・・・・)立てて(・・・)いるのか(・・・・)


 何が起こったかわからない、と言った様子の彼女がこふっ、と小さく咳き込み、吐血する。


『君、もういいよ(・・・・・)。お疲れ様。ここまでやって落とせないんじゃもう無理だよ。潮時って奴さ。大事な竜を失うわけにもいかないしね。まぁ、最後くらいは一花咲かせて見せてよ。とびっきり綺麗な、赤い花びらをさ?』


 どこからともなく声が響いた。音も気配もなく、何の前触れもなく、それは頭の中に響いてきた。

 声の主はまるでいらなくなったモノ(・・)を捨てるように、彼女を不要だと短く告げた。そして最後にくつくつと喉の奥で笑い、ゆっくりと声が遠ざかっていく。


「……わ、たし、知……」


 よろよろと後退り、何事かを弱弱しく呟いた彼女が―――天を仰ぐように膝から崩れ落ちた。

 直後、彼女の体からドス黒い靄のようなものが吹き出し、周囲に巻き散っていく。

 靄が触れたもの全てを腐敗させていき、ボロボロと朽ち果てていく。


「……っ!」

「馬鹿野郎! 死ぬ気か⁉」

「クレイヴさ……っ、離してください! あの子が!」

「ありゃあ呪印だ! それもとびっきりの、周りを巻き込んで自爆するタチの悪いタイプのなぁ!」


 即座に体が動いた。あれはダメだ。何がダメかなんてわからない。けど、ダメなんだ。行かないとダメだ。

 駆け出した僕を、後から誰かが引き留めた。

 耳元で怒鳴られ、それが誰かを把握した。肩越しに見えたクレイヴさんは酷い怪我を負ってるものの、まだ健在のようだった。

 それを理解したと同時に、後ろから羽交い絞めしているクレイヴさんを引き剥がそうと力一杯体を揺する。

 どうして邪魔をするのか理解できない。今行かないとダメなんだ。僕が、僕が行かなきゃダメなんだ。邪魔をするな。離せ。呪印なんて知った事じゃない。

 

 今彼女が欲しているものは―――寄る辺となる存在そのものなのだから。


「駄目だ……!」

「がっ……オイ、待て馬鹿野郎!」


 背後で切羽詰まったクレイヴさんの声が聞こえる。

 知った事か。今、今なんだ。たとえこの体が腐り落ちて、ここで朽ち果てようとも、ここで行かなきゃ僕じゃない(・・・・・)

 そう心が叫ぶと同時に、何かが(・・・)妖しく輝いた。それはほんの一瞬。だけどその一瞬で、周囲を黒く浸食していたはずの靄が跡形もなく消え去っていた。


「君は知らないんだろ⁉ 生きる意味を、喜びを知らないんだろ⁉ 本当は知りたいんだろ! 自分の意味を、命を、存在を!」


 ぐったりと横たわる彼女の小さな体を抱え起こし、仮面の奥で揺れ動く紫紺の瞳を真っ直ぐ見つめて、叫び続ける。


「僕が教えてやる!」


 ぴし、と小さな音が鳴った。それを気にすることなく、僕は絶えず声を枯らし、絶叫にも似た声を上げ続ける。

 彼女に届くと信じて。違うんだとわかってもらうために、ただひたすらに声を枯らした。


「僕が君に生きる喜びを教えてやる! だから―――生きて、僕を見ていろ!」


 ぱきっ、と音を立てて、彼女の素顔を覆い隠していた髑髏の仮面が砕け散った。

 改めて見る彼女の素顔はまるで―――あの時に見た小さな花のように可憐で、儚くて―――とても綺麗な微笑みを湛えていた。

 彼女は涙を流し、ゆっくりと目を閉じ―――微笑みを浮かべたまま小さく頷いた。


「……おいおい、夢でも見てんのか俺ぁ……。どうなってやがる。呪印が消し飛んだ(・・・・・)だぁ? ありゃあ上級クラスの司祭が数人がかりで一個一個丁寧に、それも針に糸を通す感覚で解除するレベルの呪いだぞ?」


「……ちっ、仕留め切らなんだ。まあいい、あれだけ手傷を負わせればしばらくは大人しくなるじゃろうて。さて、下は片付いたかの……?」


 クレイヴさんが事の顛末を終始茫然と見つめていたことも、遥か上空に浮かぶサワラビさんが闇夜に消えていく竜の後姿を睥睨し、ため息と共に地上ぼくたちを見ていたことを、僕は知る由もなかった。


 この笑顔を取り戻すことが出来た―――その喜びを噛みしめて、僕は名前も知らない少女の手を強く強く、握りしめていた。

仕事の都合で書きだめできなかった分を仕上げました。起きたらまた更新致します。

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