23
「なんじゃ亡霊でも見るような顔しおってからに。ギルドマスターがギルドにおって何か可笑しいことでもあるか?」
「いえ、その……想像していたよりずっとお若いので……」
本当はこんな子供がと言いかけたけど、咄嗟に言葉を濁した。
鬼と言うものは人と比べ物にならない怪力を持っているとされている。多分、本気でやれば僕なんかトマトみたいにべしゃっと潰されるはずだ。
ハリセンであれだけの威力が出せる相手に、わざわざ喧嘩を売りに行くほど僕の肝は太くない。
しなければいい想像をしてしまい、ぶるりと体が震えた。まだちょっとくらくらするけど、何とか生きてる。多分、相当手加減してくれたのだろう。
「見てくれに惑わされては物事の本質は見抜けんぞ? まあ、若いと言う世辞は受け取っておくがの。かかっ」
そんな恐怖に怯える僕を知ってか知らずか、ギルドマスターことサワラビさんは独特な笑い声をあげ、本当に楽しそうに笑う。
笑った時にちらりと見えた、口内にずらっと並ぶ犬歯。あれで噛まれたらと思うと、ぞわりと悪寒が走る。ダメだ、悪い方向にしか考えがいかない。
「……ほう? 儂が恐ろしいか、童よ。恐れを抱くと言うことは、儂とお主の力の差をわかっておるからじゃ。力量を測り、迅速に行動に移せるか否かで生存率が天と地ほど変わってくる。恐れを抱くことを恥と思うな。恐れに呑まれ、無様に死に行くことを恥と知れ。足掻け。足掻いた末に生を勝ち取ってこそ、真の強者よ」
「ババア、いつもなっげーんだよ話があっづぁ⁉」
「今儂良い事言うとろうが。余計な茶々を入れるでないわ」
からん、と耳障りの良い音を奏でる、ここらじゃ見慣れない独特な履物。あれは確か木履と言う女性用の下駄のはずだ。
名前も早蕨と言っていたし、もしかして僕と同じなのだろうか。
「あの、サワラビさん。もしかして―――」
僕と同じように、違う世界から来たんですか?
そう言おうとして、はっと息を呑んだ。
僕は今何を言おうとしていた? とんでもない過ちを犯すところだったんじゃないか?
だってサワラビさんは、どう見たって―――。
「ああ、この衣服が珍しいんじゃろ? これは遥か東の島国の伝統衣装だそうじゃ。確か火ノ国……じゃったかの? むかーしそこにいたことがあっての。その時に誂えた自慢の一張羅じゃよ。この朱塗りの履物を見よ。雅じゃろ? ん? ん?」
危なかった。やっぱり僕の勘違いだった。
同郷の人ではないとわかって寂しい反面、違っててよかったと安心した自分がいた。
ほっとため息を吐き、気持ちを切り替えてほれほれと指さして自慢してくるサワラビさんの履物をじっと見つめる。
「確か木履って言うんですっけ、それ」
その瞬間、空気が固まった。あ、やばいこの空気非常にやばい。完全にやらかした。
やっちまった、と言葉を詰まらせた僕を、その場にいた全員が訝しむように見つめている。
どうして知っている。四人の目が確かにそう物語っていた。
やばい、どうして知ってるかなんて説明できっこない。
火ノ国なんて知らないし、もし知ってる振りをしても、そこにいたことのあるサワラビさんの前じゃいずれボロが出る。
「ほぉ……お主なかなかの通じゃな? お主も火ノ国 の文化に惹かれたクチじゃろ? あー良い良い皆まで言うな。儂にはわかる。儂にはよーっくわかるぞ。ならばこれは何と言う?」
「え、か、簪……?」
何とも言い難い空気を変えてくれたのは火ノ国を良く知るであろうサワラビさんだった。
手を突き出し、うんうんとしたり顔で何度も頷いて、今度は艶やかな黒髪に彩を与えている藤色の簪を指さしてほれほれと答えを急かす。
正解を口にすると、目を閉じて喜びを噛み締めるようにうんうんと何度も頷いた。どうでもいいけど胸の下で腕を組まれるとすごく強調されて目のやり場に困ります。
多分ナナリーよりおっきい。僅かな振動でも結構揺れるので視線が引き寄せられる。いかんぞ僕、鋼の意志を貫くんだ……!
「ではこれはなんと言う?」
「おっぱい? おっぱい!」
「どこを見とるかたわけがぁ!」
「あいだぁっ⁉ せ、扇子です!」
ものの三秒で意思の弱さを暴露してしまった僕に、ハリセンがまたも振り下ろされる。良い音はすれどそんなに痛くない。
怒られたので帯の上にででん、と鎮座する二つの実りに目を奪われつつ、口元を隠すように広げられているものの名前を口にする。
それでもぐさぐさと視線が突き刺さった。ルルさん、エメロッテ、ナナリーが身を寄せ合って何事かを囁き合っている。
僕の信頼度が地の底まで落ちていったことは言うまでもない。いや、だって得意気に胸張ってたしすっごいぷるぷる揺れてたし絶対おっぱいと思うじゃんかよう……。
と言うか身長に対してほんと不釣り合いなくらいおっきいな。何カップあるんだろうか二人とも。とか思ってたらハリセンをすちゃっと構えられたのでキリッと表情を引き締めた。
「うむ。儂以外に火ノ国文化を嗜む変わり者がおったとは……かかっ、長生きしてみるもんじゃ。ルルやテレシアはこの雅さがわからぬようじゃからのう……」
「確かに見た目は華やかかもしれねーが動きづれーし歩きづれーし何より着るのがメンドくせー。誰が好き好んでんーな手間しかかからねーもん着るかよ」
「まあ、お主の場合着物に着せられとるからのう。寸胴に短足とまでくれば救いようがないしの。かっかっかっ!」
「くびれてんだろーが! 見ろこの引き締まったウエストをよぉ!」
「余計短足が目立つじゃろうが、見苦しい。ああ、それとフサオとか言ったの」
と、サワラビさんがふっと相好を崩し、何気ないように、されども僕だけにしかわからないように、
「儂は違うから安心せい。儂はここにずっとおるよ」
真紅の瞳を真っ直ぐ僕に向けて、そう告げたのだった。
かっと目を見開いた。動揺を見せないように取り繕うことで精一杯だった。
ナナリーやエメロッテ、ルルさんにはわからない、わかり得ないことであろう言葉。
けれど僕にははっきりと伝わった。
この世界の住人だ。
彼女は僕だけに伝わるように、はっきりとそう告げたのだ。
すうっと真紅の瞳が細められる。
扇子の裏に隠された唇は、きっと笑っているだろうことが感じ取れた。
「……それは、どういう……」
「……まあ良い。して、今日は何用なのじゃ? もし仕事しに来たのであれば、生憎ともうほとんど依頼が残っておらぬぞ」
「あ、いえ……あれ? 何しに来たんだっけ」
「私のローブを作りに来たんじゃなかったの?」
本気でド忘れした僕を、エメロッテが胡乱げに見つめる。
そう言えばそうだった。ルルさんにまたアルフレッドさんの仲介を頼みに来たんだ。
「あん? それならここじゃなくて爺んとこに直接行けばいいじゃねーか」
「いや、一応断りを入れてた方がいいのかなと……」
それはごもっともなんだけど、挨拶も兼ねて念のための確認でギルドに来ている。
あと僕たちだけで引き受けてくれるのかって不安もあったので、ついてきてくれないかなーと思ってたり。
なんだかんだでルルさんは面倒見がいいのでしゃーねーなと文句言いつつも付き合ってくれる。
「かかっ、律儀な童じゃのう。一度アルに作ってもらったのであれば、もう遠慮はいるまいて。あやつは気に入った相手にしか腕を振るわんからの」
「あ、そうなんですか。お騒がせしてすみません」
「あの程度日常茶飯事、可愛いもんじゃて。報酬が少ないとゴネて、不当に値を吊り上げようとするゴロツキもおるくらいじゃしな。まあ、躾を施すだけの話じゃが……」
ぱしーん、ぱしーん、とハリセンを手に打ち付けながら、サワラビさんがにんまりと唇で三日月を描く。
そうなんですねーと首から上は平然を装っているが、首から下、特に膝が恐怖でガクガク踊り狂っていた。
そんな僕を見てサワラビさんはかかっ、と独特な笑い声をあげて器用な真似をするでない、とハリセンでぺしっと叩いてきた。
「ふむ。ちょうど儂も暇が出来た事じゃし、久し振りにアルの小僧の顔を見に行ってやるかの」
「えっ」
「む、なんじゃ。同伴が不満か?」
「滅相もございません!」
「何出しゃばろうとしてやがる。あんたが行くならあたしが行くに」
「お主は始末書を書いて提出せんかたわけが」
「……うぐう……」
完全論破されたルルさんはぐうの音も出ないようで、しばらく悔しそうに唸っていたが、やがてがっくりと項垂れた。
後からわかったことだけど、ルルさんは僕たちに優先して依頼を斡旋していたらしい。
本来であればギルド職員としてあるまじき行為として厳重な処罰を受けるのだが、サワラビさんの温情で見逃してもらえていたらしい。
けれど、今回の水蹄幻馬討伐の件は勇者一行のお目にかかった依頼なので、今回だけはさすがに大目に見れんと体裁を整えるために始末書を書かせることとなったようだ。
僕たちのためにそんなことをしてくれていたとは露知らず、慌てて謝ると「あたしが専属担当ってーのにお前が雑魚だと示しがつかねーだろうが」と何故か凄まれた。
クソザコナメクジですみませんと言ったらいっぺんあいつと戦ってみてから言えと怒られた。ん、なんか既視感? この世界のナメクジってそんな強いの?
「おい気をつけろよフサオ。このババア、気に入った相手とあらば男でも女でも見境なく食っちまうからな?」
「えっ、何それ怖い」
こそっと耳打ちしてきたルルさんの吐息が耳にかかり、ぞわぞわと鳥肌が立った。良い匂いもするし、無駄に心拍数が上がってしまう。
相手があのルルさんとわかっていてもやっぱりドキドキする。性格はアレだけど見た目は良いから残念極まりない。
と言うか、食べるって頭からマルカジリにされるってこと? 見た目幼女に頭からガジガジされる姿を想像してちょっと和んだけど、薄い唇の隙間から覗く、鋭い犬歯が恐怖のどん底に叩き落とした。あれ絶対骨まで噛み砕けるやつだよ。せんべいみたいな良い音を立ててボリボリムシャムシャされちゃうやつや……。
「いくら儂が鬼じゃからと言って、今は見境なしに人を喰ろうたりしとらんわ。人間より美味い飯がたらふくあるでな。……ああ、確かに食べごたえのありそうな娘もおるなあ」
「ひゃっ⁉」
「ふむ、安産型だのう。これなら子を沢山産めそうじゃな。かかっ」
「ちょっと、どこのセクハラオヤジですかっ⁉」
「む、お主は……と」
ぺろん、とナナリーのなだらかな曲線を描く臀部を撫でつけ、うんうんと満足そうに頷くサワラビさん。
お尻を撫でられたナナリーは可愛らしい悲鳴を上げてぴょんと飛び上がり、首まで真っ赤に染めて金魚みたいに口をぱくぱくさせた。
すかさず間に割って入ると、今度は僕を捕捉したらしく、右手を僕の左腕を掴み、自分のその豊満な胸元に押し付け。左手を僕の股間に持っていき、さわさわと感触を確かめるように撫で回し。
―――一瞬、何をされているのか分からなかった。
「きゃああああっ⁉」
「ふむ。ちゃんと反応するし硬さも上々。あとは濃度じゃが……む、なんじゃその反応は。お主もしや童貞か?」
「だったらなんだって言うんですか⁉」
もう何がなんだかわからない。なんで童貞だとかおっぱいの柔らかさとかふっかふかだったとか人前でやることじゃあないッ!
僕は否応が無く前屈みのままやけくそ気味に叫んだ。全ての視線が僕を憐れんでいる……! え、あいつまだ童貞なの? 童貞なのが許されるのは何歳までだよねーとか絶対思われているに違いないッ!
くそおおおおおおおお鎮まれ荒ぶる土地神よおおおおおおおおおおおおおお!
「ほぉう……? どれ、儂が手取り足取り教えてやろうか? 極上の世界に連れてってやるぞ……?」
「おいババア、見苦しいから外でやれ外で。つーか豚野郎、ババアの乳揉んだくれーでおっ勃ててんじゃねーぞクソが。やっぱ男は乳かよ死ね」
「なんか私怨が混じってませんかねえ⁉」
「ねえフサオ、行くの? 行かないの? 私疲れてるんだけど?」
「イくとかイかないとか女の子がはしたない言葉使っちゃいけません!」
「は? 何言ってんの馬鹿なの死ぬの?」
その絶対零度の眼差しと底冷えするドスの効いた声ですっと冷静になれた。
疲れてるんだから早くしてくんない? と尊大な態度を崩さないエメロッテにイラっとしつつも感謝し、始末書を書くルルさんと別れ、では参るかと意気揚々のサワラビさんを連れて当初の目的である、アルフレッドさんの工房に向かった。
その道中、ナナリーが一切話しかけてくれなかったことが僕の心に深い傷を残すことになるのだった……。
◇
「相変わらずきったないのー。狭いし臭いしきちんと掃除しておるのか?」
「随分なあいさ……つ……」
サワラビさんは工房に着くや否や、かんかんと槌を振るう音が聞こえているにも関わらず中へ入り、開口一番でそんなことを言い出した。
知り合いなんだろうとはわかったけど、いくらなんでもそれはやりすぎだと慌ててすっ飛んでいくと、予想通り槌を振るう手を止めて怒鳴り散らそうとしていたであろうことが見て取れるアルフレッドさんが、サワラビさんの姿を見た途端、言葉を詰まらせてぴたりと動きを止めた。
それは初めて見る表情だった。いつも仏頂面で黙々と槌を振るう姿しか見ていないせいかもしれないけど、確かにアルフレッドさんは驚き、困惑し―――微かに笑った。
「おうおう、久しく見ぬうちに随分とまあ老け込んだのう。元気そうじゃな、アルよ」
「姐さんこそ元気そうじゃねえか。それにしても、いつ見ても変わらねえな。ガキの頃から全く変わってねえぞ」
「鬼じゃからの。たかだか数十年で代わり映えはせぬさ。そう、あの頃から背丈は一ミリたりとも伸びておらんぞ……ふふ」
「自分で言って自分で落ち込んでいたら世話ねえな。背が伸びねえのは全部胸に行ってるからじゃねえのか」
「む……言われてみればそうやもしれぬ……。あれからまたサイズが上がったからのう……」
「珍しい客が来たかと思えば……肩こり解消の下着でも頼みに来たのか? だったら裁縫屋に頼め。俺は鍛冶屋だぞ」
「む、儂は顔を見に来ただけじゃ。用があるのはこやつらじゃ」
「ど、どうも……」
完全に二人の世界に入り込んでいたので、声をかけるタイミングが掴めず僕たちは空気と同化しかけていた。
サワラビさんが促してくれたおかげでアルフレッドさんもようやく僕たちの存在に気付いたようで、見てやがったのか、と言いたげに目を見開き、やがて小さく首を振ってため息を吐いた。
「……くそ、今日は厄日か何かか……」
「あ、あの、なんかすいませんでした」
申し訳なくなって謝ると、アルフレッドさんはまたもため息を吐いて、ゆっくりと首を左右に振った。
「まあいい。何を持ってきたんだ?」
「水蹄幻馬の鱗と蹄です。あとは一角兎の角と毛皮、ウルフの爪と毛皮ですね」
僕が持ってきた麻袋を渡すと、アルフレッドさんは中身を鉄床の上に綺麗に並べていき、ひとつひとつを手に取り、矯めつ眇めつ見る。
そしてすべての素材を見終えると、僕をちらりと一瞥し、かんかん、と槌で鉄床を叩いた。
「相変わらず剥ぎ取り方が雑すぎる。使えないことはねえが、もっと上手く剥ぎ取ってこい。わからなきゃ姐さんに教えてもらえ」
「儂が教える? 構わんが大抵消し炭にするか挽肉にするかしか出来んぞ?」
あっけらかんと言い切るサワラビさんに、その場にいた全員が唖然とする。まあ鬼だし、ハリセンであれだけの威力があるなら当然そうなるよねと納得してしまう。
と言うか、そもそもサワラビさんはギルドマスターだ。ギルドマスターに九ツ星である僕たちが教えを乞うなど悪目立ちしてしょうがない。
ここに来るまでもギルドが騒然としていたのだから、仮に教えてもらうことになれば……その先は想像したくもない。
僕が苦笑していると、アルフレッドさんが俺が馬鹿だったとばかりに頭を振ってそれを打ち消していた。
「……ルルかクレイヴ辺りに聞け。姐さんがそういった細かいことが出来ねえと忘れてた俺が馬鹿だった」
「まあ儂鬼じゃしなあ。そういえば昔、ちょいと遊んでやるつもりがお主を半殺しにしたこともあったのう。かっかっ、いや懐かしいの」
「俺としては、笑い事じゃねえんだが」
からからと愉快そうに笑うサワラビさんに対して、アルフレッドさんは苦虫を噛み潰したような顔で深い深いため息を吐いた。
「まあいい。何が欲しい?」
「荒削の強化とナナリーの武器、ナナリーの防具。エメロッテのローブですね。行けそうですか?」
「行けなくはねえが、諸々と素材が足りねえな。急ぐのか?」
「いえ、特に予定もないですし、水蹄幻馬討伐の報酬もあるので少しゆっくりしようかなと」
「なら少し待て。別の仕事が入っててすぐには取り掛かれそうにねえ。必要なものを纏めたらルルにでも伝えておく」
「あれ、お金は……?」
「手も付けてねえ、何を作るかイメージすらしてねえ、素材もねえのに値段を決めれるか馬鹿野郎」
今この場で決められるものじゃないとわかり、素材だけを渡してアルフレッドさんからの連絡待ちとなった。
前はクレイヴさんに足りない素材をわけてもらっていたけど、今度は自分で集めて来い、とのことらしい。
エメロッテはすぐできるものと思っていたらしく不満気な顔だったが、冒険者たるもの自力で素材を集められなければこの先やっていけない。まだまだ駆け出しに過ぎない僕だけど、それだけはしっかりと理解している。
仮面のことはまあ横に置いとくとして、鋼殻熊に始まり、棘翼火竜、水蹄幻馬との戦闘で十二分に活躍してくれた自慢の相棒たち。
これらがなければ僕は今こうして立っていないかもしれない。一つの積み重ねがいずれ実を結び、まだ見ぬ世界への旅をしっかりとサポートしてくれるはずだ。
「ああ、アル」
「……なんだ?」
ひとまず今日は解散、と言った流れで工房から出ようとした時、サワラビさんが思い出したかのように声を上げ、顔だけを後ろに向ける。
するとあのアルフレッドさんが既に槌を振るい始めていた腕を止め、ちゃんとサワラビさんの方を向いた。
早く要件を言え、と無言で促してくるかつての教え子に、かつての先生は変わらぬ男よな……と苦笑いを浮かべ、
「暇になったら連絡しろ。お主の好きな酒とつまみをたんと用意しとくでな」
「……俺は構わんが、そっちの体が空かんだろうに」
「かっ、たまにはマスターの特権を使ってもよかろう。そのためにルルをこき使ったのじゃからな」
「なら、近いうちに連絡する。あいつらの仕事で終わりだからな」
「かかっ、なら首を長くして待っておるぞ。では、仕事中邪魔したな」
「……あまり、根を詰めすぎねえようにな」
今度こそ工房を出ようとする背中に向けて、ぶっきらぼうに言い放たれた言葉。
その言葉のすぐ後に、槌を振るう音が響き始めた。
返事はいらない、と行動で示しているアルフレッドさんに、サワラビさんはお互い様じゃろうて、と小さく呟き、微笑むのだった。
そして僕たちはそろそろギルドに戻ると言うサワラビさんと別れ、ちょうど夕食時と言うこともあって一緒に夕食を済まし、解散となった。
相変わらず僕はアンガスさんの廃倉庫暮らしなんだけど。慣れると意外に住み心地が良くて、やっとマイホームに戻ってきたと言う安心感も込み上げてきた。
まずどんな素材が必要なのか、どこに行くのかも決まってないんだけど、新しい装備が出来ると言う高揚感でなかなか寝付くことが出来なかった。
荒削の強化もできるみたいだし、次はどんなすごいのが見れるんだろうと子供みたいにわくわくしていた。
色々あれこれ考えていたけど、久し振りにマイホームに戻ってきた安心感からか次第に意識が微睡んでいき、そのまま眠りに落ちていった。
―――王都に未曽有の災厄が降りかかろうとしていることも知らずに。
21時ごろにもう一話更新予定です。いつもありがとうございます。




