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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第三章 偽りの仮面
23/37

22

「うーん……頭痛い……」

「あれはフサオさんが悪いです。あんなにまじまじと見なくてもいいじゃないですかっ」

「いや、そんなこと言われても……ア、ハイゴメンナサイ」


 不可抗力じゃないか、と喉まで上がっていた声は絶対零度の眼差しの前に黙殺された。

 どう言い繕っても僕のギルティ認定は覆らないようだ。それでも僕はやってない……やってないんだ……!

 悲しみに暮れる僕の前を、憎きペリカンもどきがコケッコッコッコッコと鳴きながら横切って行った。

 その後を小さな子供たちがわーわー言いながら追いかけていく。なんとも緩く、なんとも穏やかな時間の流れだろうか。


「……エメロッテ、遅いな……」

「そうですね……どうしたんでしょうか……」


 しばらく子供たちの追いかけっこをぼーっと目で追っていたが、やがて沈黙に耐えかねて待ち人の名前をぼそりと呟く。

 どうやらナナリーも同じ気持ちだったようで、待ちくたびれたように小さくため息を吐いた。


『ちょっとハーメルに寄ってちょうだい。セバスと話したいことがあるの』


 別に急ぐ用事もないし、スイセンからファンターハンまではハーメルを必ず経由するので寄って行こうと言うことになった。

 ハーメルに着くや否や、エメロッテは脇目も振らず真っ直ぐ屋敷に戻って行った。

 僕とナナリーはお留守番。以前エメロッテを泣かせてしまい、ダレンさんが激怒して追い出されたことがまだ後を引いていた。

 エメロッテは当然気にすることないわよと言っていたけど、慎んで辞退させていただいた。エメロッテはダレンさんに僕の仲間パーティーに加わったことを多分と言うか、絶対話してない。

 率先して揉め事を起こす気はないし、セバスさんの気苦労を少しでも減らすために僕たちは広場のベンチでぼーっと時間を潰していた。


 ちらちらと奇異の目を向けられるが気にしない。ナナリーには申し訳ないと思っていたけど、ナナリーもナナリーでもう慣れてしまったのか、わーわー走り回る子供たちとギーグを微笑ましく見守っていた。

 平和だなあと和む反面、どうしても暇を持て余してしまう。今思えばここのところゆっくりした時間を過ごすことがほぼなかった。たまにはこういった時間も必要となのかなあと思いはすれど、どうしても落ち着かない。

 素振りでもして待ってようかなとナナリーに断りを入れたら子供じゃないんですから大人しく待っててくださいと却下された。子供だから待てない! と言おうとしたけど無言で睨まれたので黙って待つことに徹する。


「暇だ……」

「……そんなに私といるのが暇ですか?」


 予想外の言葉にえっ、とベンチからずり落ちそうになった。

 それを見たナナリーが冗談ですよ、とからかうように小さく笑った。

 むう……何か釈然としない。そもそもこんな冗談言うキャラだったっけ? まあ、可愛いから許すけど。可愛いは正義だ、うん。


「そういえばさ、ナナリーの故郷ってどんなとこなの?」

「私の故郷……ですか」


 決して会話が続かなくて、間が持たなくなったから聞いたわけじゃない。前に田舎から出てきたとは言ってたけど、具体的なことは聞けずにいた。

 お互い距離感が上手く掴めなくて、余所余所しいところがあったけど今は違う。今ならきっと、少しだけ踏み込んでいいはずだ。

 ナナリーはほんの少し考える素振りを見せて、懐かしむようにふっと微笑んだ。そして微笑みをそのままに、ゆっくりと故郷について話し始めた。


「ひとことでは言えば田舎ですね。ここから馬車を使っても三日はかかる場所にあるので……魔道具すらまともに普及されてない辺境の村で、夜になるとランタンや松明の明かりだけが頼りですね。なので就寝時間が王都に比べるとびっくりするくらい早いです。最果ての村……なんて言われてもいます」

「ふーん……じゃあ、星がとても綺麗に見えそうだね」


 えへへ……と恥ずかしそうに小さく笑う。ナナリーは田舎だから、と卑下して言っているけど、僕は田舎だからってなんとも思わない。

 都会だろうと田舎だろうとそれぞれに良いところはあるし、悪いところもある。僕個人としては田舎の方が好きだ。

 空気は美味しいし、虫たちが奏でる大合奏オーケストラを聞きながら雲一つない星空をぼーっと眺める時間が、僕はとても好きだ。

 色んなしがらみを忘れて、ただただ星の瞬きを眺め続ける。これほど贅沢な時間があるのだろうか。いや、ないと断言してもいい。

 それくらい僕は星空を眺めるのが好きだ。まあ、基本的に人と関わることなく静かな時間を過ごせることが好きなんだけど。


「星……ですか?」

「うん、ここでもすごく綺麗に見えたけど……都会で見る星空と、田舎で見る星空って全然違うからさ。きっとものすごく綺麗なんだろうなって」

「ふふ……意外とロマンチストなんですね」

「あ、ごめん何言ってんだって感じだよね。ほんとごめん」


 つい調子に乗ってしまったようだ。僕みたいな奴がこんな気取ったことを宣うべきじゃなかったと反省した。

 きっとナナリーも引いているに違いない。そう思ってちら、と横目を向けてみると。


「私は素敵だと思いますよ?」

「……そっか、ありがと」


 それしか言葉が出てこなかった。ナナリーは慈愛に満ちた目を細め、静かに微笑んでいた。

 そよ風が肌を撫で、木々を揺らす。町の喧騒がどこか遠くに聞こえる。

 少しだけ、ほんの少しだけこの時間がいつまでも続けばいいなあと、そう思った。


「……いつか」

「はい?」


 広場で楽しそうにギーグと戯れる子供たちを眺めながら、ぽつりと言葉を呟く。

 隣から首を小さく傾げる気配がした。僕は意識だけをそっちに向けて、今度ははっきりと言葉を滑らせた。


「いつか見てみたいな。ナナリーと一緒に、ナナリーの故郷の星空を」

「……はい」


 こんなことを言って、ナナリーは気持ち悪いと思わないだろうか。嫌悪感を抱かないだろうか。

 そんな小さな恐怖の念を胸中に押し込めて、ゆっくりと隣に顔を向ける。

 ナナリーは頬を微かに赤く染め、はっきりと頷いてくれた。こんな歯の浮くような台詞、僕の柄じゃないことは一番僕がわかってる。

 でも、この気持ちを伝えたくなったのは、彼女と一緒に見たいと心から思えたのは、何故だろうか。


 肌を撫でる風がひんやりとして気持ち良かった。

 ちょっとだけ頬が熱い。鼓動も少しだけ速く鳴って、うるさいくらいに耳に響く。

 なんだろう、今日の僕はちょっと変だ。頭を強く蹴られたせいだろうか。きっとそうだ。そうに違いない。


「今の言葉、忘れないでくださいね。約束ですよ?」

「うん、わかった」


 嬉しそうに顔を輝かせ、息を弾ませるナナリーを見ているとこっちまで嬉しくなって、ついにやけてしまう。

 約束、と僕が小指を立てて差し出すと、ナナリーはきょとんと目を丸くした。

 指切りを知らないナナリーにこれはおまじないだよと言ってやり方を教えてあげた。

 おずおずと小指を絡め、僕の言葉に従って一緒に指切りを交わした。針千本飲んだら死んじゃいますよ? と困惑されたけどあれはあくまで例えであって、本当に飲ますわけじゃない。

 それくらい酷い目に遭わすよって言う比喩だから、ちゃんと守ってねって意味も込めてあるみたいだけど。そのことを伝えるとほっと胸を撫で下ろしていた。


「……ふふ、すっごく楽しみにしておきますね」


 指切りした小指を大事そうに掌に包み込み、耳まで真っ赤に染めて嬉しそうにはにかむナナリー。

 こんな嬉しそうにされちゃあ、約束を破るわけにはいかない。いつになるかわからないけど、必ず見に行こう。きっと一番綺麗な星空が見えるに違いないはずだ。

 それから僕らは照れ臭くなって、小さく笑い合った。そう、すぐ傍まで来ていた待ち人の存在も気付かずに―――。


「なーんかこのへん甘ったるぅぅぅぅぅぅいんですけどぉ? あーあーこんなことなら余計なことしなければ良かったかなー?」

「ひゃあああああああああああっ⁉」

「うわあああああああああああっ⁉」


 ベンチの後ろからぬうっと出てきた不機嫌丸出しのエメロッテの登場に、僕とナナリーは飛び上がって驚いた。

 揃って驚いた事に益々機嫌を損ねたエメロッテはぷくーっと頬を片方だけ膨らまし、ぎろりと僕だけを睨みつけ、無言でナナリーの腕を引っ掴むと。


「人の気も知らないで……ふーんだバーカバーカ! 行くわよナナリー!」


 半ば引きずるようにナナリーを連れて、肩を怒らせながらどこかへ歩いて行った。


「ええ……ちょ、ええ……?」


 ぽつんと一人残された僕はエメロッテの残した言葉の意味も、なんで怒っているのかもわからずにただただ困惑することしかできなかった。

 そもそもどこに向かっているのだろうとかそういうのを差し置くにしても、何で僕はここに取り残されたのだろうかとひたすらに首を捻った。

 どんどん遠ざかるエメロッテの背中を茫然と見つめていると、急に振り返って何してんの、ファンターハンに戻るんでしょ⁉ と何故か怒鳴られた。

 もう何もかも訳が分からないまま、これ以上怒らせてはいけないと僕は慌ててエメロッテたちの後を追って駆け出した。

 追いついた時に何故か杖でどつかれた。何でどつくのさと言ったら今度はフルスイングで叩かれた。何でだ。訳がわからないよ。



           ◇



「おうお帰り。それと……おめっとさん」


 ファンターハンギルドに戻った僕たちを出迎えてくれたのは、もはや擬態すらしなくった美人受付嬢ことルルさんだ。

 遠慮がなくなった素の表情の方がらしい(・・・)というかなんというか、上品に微笑む姿も勿論綺麗だなあと思うけど、こうやってにかっと歯を見せて笑うルルさんの方が見慣れてるし、何よりポイントが高い。

 そんなことはさて置き、おめでとうと何故か祝福された。何のことだと首を傾げていると、ルルさんまでも首を傾げていた。


「したんだろ? 昇格・・


 言われて気付いた。僕は水蹄幻馬フォボスカバーナの討伐、つまり緊急依頼(クエスト)を達成したことにより九ツ星(ニオテラ)に昇格したのだ。

 エメロッテも同じく九ツ星(ニオテラ)。ナナリーは元々ランクが一つ高かったので八ツ星(セキズテラ)

 基本的にランクの二つ上までの依頼クエストしか受けれないため、今の僕たちは六ツ星(アルトゥラ)依頼クエストまで受けることができるようになった。

 まあランクが上がったからってどうと言うことはないけど、今まで受けることの出来なかった依頼クエストを受けれるようになるのは有難い。


八ツ星(セキズテラ)までは割とサクっと上がるからよ。ま、問題はそっからだ。精々気張りやがれよ?」

「はい。頑張ります! ありがとうございます!」


 ルルさんの言葉に、僕とナナリーは素直に頷いた。エメロッテがやけに大人しいのが気になったけど、特に何かをする気配はないので放っておくことにした。

 ルルさんが言った通り、八ツ星(セキズテラ)まではすぐに到達できる。が、問題はそこ(・・)からなのだ。

 一般的に八ツ星(セキズテラ) までが駆け出し冒険者ハンターとされ、八ツ星(セキズテラ)までの壁は予想以上に高い。

 八ツ星(セキズテラ)になると鋼殻熊ドルトガ水蹄幻馬フォボスカバーナクラスの魔物モンスター単独ソロで倒せる程度の実力がないと上がれないらしい。

 一度討伐したことのある魔物モンスターだけど、単独ソロで戦って勝てるかどうかは正直わからない。多分無理かと思われる。


 八ツ星(セキズテラ)から七ツ星(スィエテラ)になるのは運だけでは当然成し得ない。それ相応の実力がなければ壁を乗り越えることは不可能。

 中には八ツ星(セキズテラ)止まりの冒険者ハンターも数多くいる。それほどまでに駆け出し卒業の壁は高く、そして分厚い。

 まあ、自惚れでもなんでもなく、僕はこの仲間パーティーならすぐに越えられると確信に似た自信を持っている。

 急いで上げる必要もない。だからゆっくり確実に、堅実に力をつけていけばいいんだ。


「んで、揃いも揃ってどうした? 向こうのギルドで手続きしてもらってるだろうから、わざわざここに来る用事もねーだろうに」


 そう言ってルルさんが僕たちを順繰りに見ていく。エメロッテの時だけ微妙に眉を潜めたが、すぐに元に戻ったので深くは追及すまい。

 おそらくエメロッテとルルさんは相性最悪なのだから、触らぬ神になんとやら、だ。

 用事もないのに何故来たのか、と言われると答えに困ってしまう。暇さえあれば素振りかギルドに寄る習慣がついてしまっているので、気付いたらギルドにいることが多い。

 まあ、ルルさんに無事戻りましたよーと報告する目的もあったので用事がないってわけじゃないんだけども。


「ははぁん。旅の疲れを癒すためにこの美人で優しいお姉さんであるあたしの顔を拝みに来たってわけだな? フサオにしちゃあ殊勝な心掛けじゃねーか」

「いえ、全然違いますけごふぉっ⁉」


 そうだけどそうじゃない。どうせ同じ女性に癒されるなら僕はナナリーに癒されます。見てる分には問題ないけど、ルルさんは素行がすこぶる悪いし、何より怖い。

 何言ってんだこいつと即答すると、全くのノーモーションで腹に拳が叩き込まれた。

 その一撃は荒守をまるでなかったかのように内臓にまで衝撃が貫通する、すこぶる重たいハードパンチだった。

 ほらこういうとこ! こういうとこがあるから男に逃げられるんですよ! とか心の中で叫んでいたら寸分違わず同じ場所にもっと重たい一撃がどすんと叩き込まれた。

 この内部から破壊する一撃……まさかこれが発勁か⁉


「あーん? そこは嘘でもそうですっつっとけよ。な、そうだろ? ん?」

「あっはいそうです……ぐすっ……殺さないで……」


 ぐふうと腹を押さえてよろめく僕の首に、ルルさんの腕ががっちりと回された。

 すごく顔が近いし良い匂いがするけど腕の力強い! 首の骨がミシミシ言ってます誰か助けて殺される!


「ちょっとあんた、ただの受付がフサオに対して馴れ馴れしすぎじゃない? ていうかあんた、頭おかしいんじゃないの? 十ツ星(ディステラ)水蹄幻馬フォボスカバーナの討伐とか死にに行けって言ってるようなもんなんだけど、フサオに恨みでもあんの?」

「あーん? んーだこのクソ生意気なお子様は。社会の厳しさって奴を教えてやろうか?」

「は? あんたに常識とか語られたくないわよ。あとあんた香水臭いのよ。あーらごめんなさい気付かなかったわぁ。厚化粧で隠さないと見るに堪えない肌ですものね、おばさん(・・・・)

「はっはぁよーしブッコロォス! あたしはまだ十八だコロォス!」

「やめてぇ! ナナリー、ルルさんを止めてぇ! 死人が出ちゃうよぉ!」


 主に僕だけど。紛う事なき犠牲者は僕一人と確定しているけど。

 僕がエメロッテを後ろから羽交い絞めにし、ナナリーがルルさんの腰辺りに抱き着いて止めに入る。予想していた通り、ルルさんとエメロッテは相性最悪だった。

 エメロッテ獅子ルルさんの言い争いはどんどん白熱していき、周りにいた冒険者ハンターたちがなんだなんだとわらわら集まってくる。

 見てないで助けていただきたい。このあと教育がなってないとかで絶対僕が教育される。


「ガキがナマ言ってんじゃねーぞこのまな板がぁ! その貧相な板使って洗いもん綺麗にしてやろうかぁ⁉」

「んが、ぐ……誰がまな板ですってぇ⁉ この老け顔! 男に色目使ってんじゃないわよババア!」

「誰が色目使ってるってぇ⁉ ここらのシャバ憎なんざこっちから願い下げだっつーの! てめーこそ自分が一番可愛いとか痛すぎる勘違いしてんじゃねーのか幼児体型の癖してよぉ!」

「誰か止めてえええええええええええええええええっ‼」


 人目も憚らずぎゃーぎゃー言い争う二人と、それをにやにやしながらいいぞーもっとやれーだとかはやし立てる冒険者ハンターたち。

 終いにはどっちが勝つかと賭けを始めた冒険者ハンターも出始める始末。

 僕の悲痛の叫びは誰に届くことはなかった―――かのように思えた。


「静かにせんかたわけどもが!」

「いっでぇ⁉」

「あいたぁ⁉」

「あいだっ⁉」


 雷のような怒声と共に、黒い颱風が吹き荒れた。

 すぱぱぱん、と流れるに小気味い音が連続で鳴り、軽い音とは裏腹に芯まで響く痛烈な衝撃が頭から駆け抜けた。え、なんで僕まで叩かれてるの⁉


「きゃんきゃんきゃんきゃん喧しいわ! 時と場所を弁えんか!」

「うげっ……」


 しゅたっと軽やかな音と共に地に降り立った黒い颱風たいふうは、墨色すみいろの流れるような長い髪をなびかせ、ルビーのような輝きを放つ、金色に縁どられた紅色の瞳をきりりと吊り上げた。

 その姿を見たルルさんが何事かを呻く。僕は言葉を失って、目を見開いた。

 子供にしか見えない小柄な少女が纏う衣服。確か矢絣やがすり柄と言う模様だっただろうか。瞳と同じ色模様の着物・・

 べっ甲で誂えたであろう藤色の簪。その小さな手に握られているツッコミ用として慣れ親しまれている小道具、ハリセン(・・・・)

 そして何よりも目を惹いたのが、額から天に向けて伸びている二つの角(・・・・)だ。


―――鬼。おそらく鬼であるだろう少女が、目の前にいた。


「いったぁ……何すんのこのドチピ!」

「ばっ……⁉」


 涙目で唸るエメロッテが放った言葉に、ルルさんの顔がさあっと一気に青ざめた。

 鬼の少女はエメロッテよりも背が低い。僕とナナリー、エメロッテの身長差はほぼない。皆だいたい150センチほどしかないけど、この少女はそれよりも更に低い。

 多分145センチくらいしかないかもしれない。

 ハリセンを持つ少女の口端が、ひくっ、と痙攣けいれんする。途端、ぞわりと全身の産毛が逆立った。これ(・・)は。こいつはやばい(・・・)と直感が即座に語り掛けた。


「オイ……今儂を何と言った?」

「聞こえなかった? ドチビって言ったのよ!」


 そんな空気の変化をまるで読めていないエメロッテが続けざまに地雷を踏み抜くと、少女の口端がまたもひくひくと痙攣し、ゆらりとハリセンを天高くに掲げた。


しつけのなっておらん童は躾ねばならんなぁ? なぁに死にはせんよ。死ぬほど(・・・・)痛いがの(・・・・)?」


 さっきと比べ物にならない程の、めちゃくちゃ小気味良い音。そして訪れる洒落にならない衝撃。

 視界がチカチカする。ぐわんぐわんと世界が揺れる。まともに脳天からハリセンチョップを受けた僕はそのままあふん、と情けない声を出して倒れ込んだ。


「ほ。身を挺して女子おなごを守るとは、なかなか見上げた童よの。かかっ」

「ちょ、ババアなにしてやがる!」

「誰がババアじゃ。ギルドマスターと呼ばんかたわけ。それと言葉遣いがなっとらんぞ。また躾ねばわからぬか?」


 ルルさんの放った言葉で、エメロッテとナナリーがぎょっと目を剥き、遠い世界に旅立とうとしていた僕でさえも即座に飛び起きた。


「ギルドマスター⁉」

「かかっ、いつもこの瞬間ときは愉快でたまらんのう」


 三つの声が重なり、どれも同じような顔を向けているであろうことが見ずともわかった。

 その反応を見た鬼の少女―――ギルドマスターはてしてしとハリセンで肩を叩きながら、からからと快活に笑った。


「そうとも。儂こそがこの王都ファンターハン、ギルドマスターのサワラビじゃ」


 これが僕たちの、各国に支部を持つギルド本部、王都ファンターハンギルドマスターを勤めるサワラビとの邂逅だった。―――その胸は豊満であった。

本日はここまで

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