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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第三章 偽りの仮面
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「今日は色んな事がありすぎて……疲れたな……」


 湯浴みをしてさっぱりした僕は、いつもの固い安物のベッドではなく、ちょっと質の良いふかふかのベッドにもふっと体を投げ出した。

 エメロッテが来てから少しだけ宿泊する宿のグレードが上がったのだ。上がったのは女子だけで、僕は相変わらず安い宿かアンガスさんの空き倉庫生活だけど。

 レンタルじゃなくて売ってやろうか? と言われて本気で悩んだのは言うまでもない。


 元々お嬢様のエメロッテからして、ナナリーが泊まっていた場所は年頃の女の子が泊まる場所じゃないと本気で心配するほどの場所だったらしい。

 なんでも扉も窓も鍵がないため安全性が皆無。しかも受付の人も年配の人らしいので管理がザル。受付をスルーして部屋に入ろうとしても何も言われないんだとか。


 流石にそれはまずいと僕もエメロッテに同意し、ほんの少しだけ宿のランクが上がっている。と言っても、一般的に見ればごく普通の宿になったってだけの話なんだけど。

 この宿も各部屋にきちんと鍵はかけれるし、そこそこの防音性もある。受付もきちんと管理をしてくれるためこれなら安心だろう。


 そして今僕は個室に一人で泊まっている。その隣にはエメロッテとナナリーがいるはずだ。

 ナナリーが一緒の部屋でも平気だったのでエメロッテもそうなのかなと一応聞いてみたら「は? 同室とかあり得ないし。何するつもりよ、ドスケベ」と本気でドン引きされた。

 これが普通の反応だけど、そこまで言わなくて良くないですかねえ……?


「む……う」


 ダメだ、頭がぼーっとしてきた。瞼がずり落ちてきて、もう目を開けられないくらいに眠い。

 僕はもぞもぞと布団に潜り込み、静かに微睡に落ちていった。












「っ⁉」


 いきなり体がびくりと硬直して目が覚めた。

 目の前には仮面から伸びているであろう見慣れた帯の束。

 その帯が伸びている方へと目を向けると―――きらりと月の光に反射して妖しく輝く白刃。

 その侵入を拒絶するかのように、帯が僕の胸の上―――ちょうど心臓辺りに束になって折り重なっていた。


「―――っ!」


 それ(・・)を頭が理解したと同時に、体が動いた。ぼうっと闇に浮かび上がる髑髏の面―――漆黒のマントを身に纏うそれ目掛けて、僕は思いっきり蹴りを叩き込んだ。

 ごすっと鈍い感触がしたと共に、きぃん、と鈍い金属音も響いた。またも帯が刃の侵入を拒んだのだ。

 いいの(・・・)が入ったと確かな手応えを感じたのだが、迂闊な攻撃では通用しないと今の攻防で明確に判明した。

 あの一瞬で膝で蹴りを防ぎ、反撃でその足を斬りつけようとするだなんて普通じゃない。しかも斬りつけようとした場所は太腿と腱(・・・・)。狙ったのは間違いなく動脈と靭帯だろう。


 ちらりと目の端で確認する。ダメだ、武器が遠い。となれば仮面の防御性能を頼ってなんとかするしかなさそうだ。


「どこの誰かは知らないけど、生憎と僕には命を狙われる覚えがないんだけど?」

「……」


 窓から差し込む月の光を背後に、髑髏の面を付けた人物は沈黙を貫く。

 言葉の代わりにふっと姿が掻き消え、銀の煌めきが幾度となく軌跡を描いた。


「くっ……は、や……!」


 髑髏面は帯が自動で攻撃を防ぐ事を知った上で何度も仕掛けてきた。

 その攻撃の速度が徐々に上がっていき、やがて帯の反応速度が追い付かなくなってくる。否、追い越さ(・・・・)れていく(・・・・)

 一発一発はそう大した威力はない。けれど、その研ぎ澄まされた集中力、あらゆる体勢から攻めに転じる事の出来る身体能力の高さから繰り出される一撃はとてつもなくはやく、鋭い。


 僕の抜き銅も力ではなく、速さと鋭さに磨きをかけた自慢の技だけどこれはレベルが違う。

 僕が一撃に重きを置いたものだとすれば、これは確実に殺すためのものだ。

 人体の至る場所に存在する急所を的確に削ぎ落し、殺す(・・)事に特化した殺人剣。


「ぐ、づあっ……⁉」


 どんっ、と衝撃が走ると共に、左腕に鈍痛が走った。

 帯の反応速度を完全に見切った髑髏面が咄嗟に首と心臓を庇った左腕、二の腕に深々とナイフを突き立てたのだ。

 ぐりっとナイフを捩って苦痛を与えようとする髑髏面に、帯の束が引き剥がそうと殺到する。

 だが髑髏面は頭上を一瞥もせずにその場で素早くバク転し、迫る帯の攻撃を容易く回避した。


「―――あ、ぐ、あ?」


 どくん、と胸が高鳴った。ばくばくと鼓動が早鐘のように鳴り響いていく。

 視界がぐにゃぐにゃと歪んでいき、呼吸することすらままならない。最早立っていられないほどの眩暈が襲い掛かり、僕は成す術なくどさりと倒れ込んだ。


「……」

「ぐ、う、あ……」


 こつ、こつと静かに歩み寄る死神の足音。

 僕は胃の中のものをぶちまけながら、そっと忍び寄ってくる死神の足音を聞き届けることしかできなかった。

 息が、できな、も、いしき、が―――。


「……さようなら、名前も知らない人」


 そして、静かに振り下ろされる白刃が背中から心臓を一突きする―――。


「風精よ、連なる刃となり彼の者を切り裂け―――疾風の刃(ウインドカッター)!」


 頼れる仲間(エメロッテ)の声と共に、扉をぶち抜いた不可視の風の刃が髑髏面に襲い掛かった。


「……」

「どうして入ってこれたかって顔してるわね? あんなちゃちい結界、私にかかれば御覧の通りよ」


 寸でのところで見えない風の刃を踊るようにひらりと躱した髑髏面が、初めて感情らしきものを見せた。

 髑髏の仮面の眼窩―――暗い闇の奥に潜む紫紺の水晶(・・・・・)が、僅かに見開いた。

 それをエメロッテが気付いたかどうかは定かではないが、得意気に鼻を鳴らし、渾身のしたり顔でどう? と誇らしげに薄い胸を張る。 

 しかしそれでも決して油断はしていない。杖の先端を謎の髑髏面に突き付け、いつでも魔法を撃てる状態を保持している。


「ナナリー、フサオをお願い」

「フサオさん! しっかりしてください、今解毒します! 神よ、導きの光、不浄を清め給え―――浄化の光(リカバー)!」


 ちらりと倒れている英雄ふさおを一瞥し、背後のナナリーに治療を促すと、ナナリーはすぐに英雄ふさおに駆け寄ってまず解毒から治療を始めた。

 ナナリーが治癒魔法を唱え、淡い光が英雄ふさおを包み込む。

 すると意識が朦朧としていた英雄ふさおの目にはっきりと力が宿り、呼吸も段々と落ち着いていった。

 

「随分と手の込んだことしてくれてるけど……貴方はどこのどちら様かしら?」

「……」


 髑髏面をきつく睨みつけ、怒りを露わにしたエメロッテの言葉にも髑髏面は沈黙を貫く。

 ただただ紫紺の水晶にエメロッテを映し、微動だにせずただそこに佇んでいる。


「だんまり、ね。まあいいわ。とっちめて吐かせればいいだけの話―――ね!」


 静かに詠唱を終えていた複数の炎、氷、風、雷の矢が髑髏面に降り注ぐ。

 瞬きすら許さぬ凄まじい物量の矢が、髑髏面の体を撃ち貫いていく。

 背後には窓。まるでエメロッテの魔法を利用するかのように、髑髏面は複数の属性の矢をその身に受け―――窓を粉砕しながら外へと飛び出した。

 

「……必ず殺す。何があっても……必ず」


 落下が始まる刹那の時、素顔を禍々しき仮面で覆い隠す謎の人物は、確かにそう呟いた。

 そして重力に従って落下を始め、その破壊された窓枠の下から見えなくなる。


「……ちっ、逃げられたか……」


 ここは三階。流石に落ちれば無事では済まない。しかしエメロッテは撃ち込んだ魔法の手応えのなさに気付いていた。

 無駄と分かりきっていても念のために窓から下を見下ろし、闇の中を疾走する影を睨みつけて小さく舌打ちする。

 この暗闇の中では追尾は困難を極め、闇討ちを仕掛けるような相手に無謀な追撃はしようとも思わない。

 闇は奴ら(・・)の独壇場であり、迂闊に踏み入れば瞬きの間に命を刈り取られる。

 面倒な事になった、とエメロッテは顔を歪めてまたも小さく舌を打った。


「フサオ、平気?」

「あ、うん……まだちょっと気持ち悪いけど、動けるし、喋れる、よ」

「あんた、あんなのに狙われるって一体何したのよ」


 幾分か回復した僕に気付き、エメロッテが窓際から離れ、こっちに歩いてくる。

 正直言って、何で襲われたのか見当もつかない。

 なら何故……と目で訴えかけてくるエメロッテに、僕は小さく首を左右に振った。


「わからないよ、そんなの。僕が聞きたいくらい―――」


『素顔を見た。生かしておく理由はどこにもない』


「まさか……あの時の……?」


 そう、あの時、あの場所にいた褐色の少女。どうしていきなり殺しに来たのか疑問に思っていた。

 彼女は素顔を見たと言っていた。僕も素顔を見られたくない理由があるが、別に相手を殺すほどのものじゃない。

 

 なら、何故? どうして彼女が。だって、あの子はあの時―――。


「フサオ?」

「フサオさん?」

「あ、いやなんでもない。それより―――も?」


 急に黙り込んだ僕を不審に思ったのか、エメロッテとナナリーが心配そうに顔を覗き込んできた。正確には仮面があるから仮面を、だけど。

 つい考え込んでしまったと慌てて顔を上げて―――固まった。

 見てはいけないものが見えてしまったようで、思考が停止した。

 ナナリーは一度見たことのある寝間着姿だけど、隣で僕を見下ろしているエメロッテはと言うと。


「なによじっと見つめ……て」


 ようやく自分がどんな格好をしているのか視認したエメロッテの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。

 そう、エメロッテはきちんと服を着ている。ただし服の機能を全く果たしていない、スッケスケのネグリジェ。

 つまり上も下も透けて見えていると言う事だ。ぴったりと肌にフィットした、微かに凹凸のある麻の肌着と、黒のレース。意外とおませさんのようだった。


「こっち見んなドスケベぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」

「え、僕のせいじゃアギッ⁉」


 当然の如く僕がギルティ認定され、綺麗な踵落としが脳天に叩き込まれた。

 この仮面に空気を読む機能も搭載されているらしく、帯が拘束し、しっかりと保護されているはずの部分に落とされた踵の衝撃は全く緩和されることなく、僕の意識を綺麗に刈り取ったのだった。

いつもありがとうございます。次は21時に更新致します。

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